586 やる気のありすぎる聖獣たち




 ヴィンセントは集まってくる書類を眺めながら、続けた。

「逆にお前が思い付いたことや聖獣たちに何をさせるのか、決まっているのであれば報告を受けるが?」

 それならと、シウは朝の通信で得られた情報を簡単に説明した。

 また聖獣たちと何をするのか考えてあったため、幾つか提案する。

 許可が下りたのは二点だけだ。

「王城内と王都の見回りまでなら構わない。だが、大河への見学は却下だ」

 シウも無理だろうと思っていたので素直に頷いた。

「近衛騎士の選定はもう済んだか?」

「こちらに」

 ダグリスが紙を一枚、サッと出す。アランの選定に注釈を付けたものらしい。シウからもチラッと見えた。清書しないまま渡したのは、ヴィンセントが合理的な考えの持ち主だからだろうか。この程度の内容なら清書は不要だと言ってあったのかもしれない。

「ふむ。シウ、これが人員だ。目を通したら返せ。指揮はお前だが、直に命令するのはアランと聖獣だけにしろ。近衛騎士らへはアランから話を通す。アランの指揮練習にもなるだろう」

「はい」

「シュヴィ、お前もシウに対して希望を伝えるようにしろ。騎士らへの直の命令は『緊急』だ。聖獣の王としての威厳を保つためにも、間に誰かを挟め。今回はシウだ」

「分かっておるわ」

 胸を張るシュヴィークザームだったが、ヴィンセントは疑わしそうだ。細い目でチラッと見るも、すぐに新たな書類に手を出した。

 他に何もないようなので、シウは選定表をダグリスに渡した。アランに目を向けると頷く。準備は済んでいるらしい。

「では、行ってきます」

「ああ。シュヴィを頼む」

「承知いたしました」

「ぎゃぅ」

 何故かブランカも「まかせて」と答えたが、誰も何も言わなかった。



 獣舎本棟で全員が合流したため、そこで今日の仕事についてシウが説明した。シュヴィークザームは用意されていた専用ソファに座って合間合間に頷くだけだ。近くで護衛のような顔をしておすわりするブランカも一緒に頷いており、シウは笑いを堪えるのが大変だった。

「――というわけで、二手に分かれます。王城内の警戒では、主に大河から上がり込んだ魔獣の討ち漏らし対応と、有象無象の勝手貴族が出歩いていた場合に捕まえるという仕事になります」

 近衛騎士の数人が手を挙げる。立候補と推薦であった。貴族にもの申せる「立場」があるかないか、である。シウがアランを見ると「問題ありません」と頷くので、任せた。

 聖獣からも「魔獣討伐の経験がある」だとか「王城内なら分かる」といった自己申告があった。

「では互いに前へ出て、相性が良さそうだと思う相手を探すように」

 シウがアランに告げると、彼が指示を始めた。まるで集団お見合いのようだ。照れる近衛騎士と真面目に吟味する聖獣たちがウロウロし合う。

 微笑ましいような、見ていられないような気持ちになる。

 アランも同じ気持ちだったのか、目を逸らしながらシウの横に来た。

「残りが王都の警邏でよろしいでしょうか」

「そうですね。そちらは聖獣が多くなるので、人間との組み合わせ以外にも聖獣同士で行ってもらいましょうか。カリン、一人が人型になって乗るというのはアリかな?」

「大丈夫だと思います。その、シュヴィークザーム様がブランカに乗ると知って、皆も興味津々ですから」

「ああ、なるほど」

 聖獣の王のやることを真似したいらしい。

「わたしも行きます。王都の警戒はお任せください」

「獣舎本棟が手薄になるけれど、大丈夫?」

「王族専用の聖獣が残っていますし、彼等が守ると請け負ってくれました。良い機会です。少ない数で守れるよう、訓練したいと思います。魔道具も強化されましたしね」

「そう」

「シュヴィークザーム様をお守りするのはシウ殿にお願いいたします」

「うん」

 アランもいる。それにシウたちは王城から出ない。王都とどちらが安全かは不明だが、ヴィンセントに近い場所の方がシュヴィークザームも安心できるだろう。

「あ、そうだ。カリン、シーカーにも寄ってもらえる? ククールスやアントレーネがいるんだ。生徒たちも頑張っているから、聖獣が応援してくれるだけで気持ちが浮上すると思う」

「そ、そうなんですか?」

「そりゃそうだよ。君たちの存在はそれだけで尊いものだし、安寧をもたらしてくれる。喜ばれると思うよ」

 カリンがほんのりと頬を上気させ、嬉しそうだ。

「あの、養育院に寄っても構いませんか」

「もちろん」

「プリュムがよく通っていましたので、気になっておりました」

「ぜひ行ってあげて。きっと喜ぶよ」

 カリンは頷き、聖獣たちのところへ戻った。


 聖獣による見回りの提案は、ほぼ問題がないと分かっているから許可が下りたようなものだ。

 兵士らの巡回ができており、王都内に危険はない。もちろん間諜が隠れていて襲ってくる可能性はある。けれど、王都の外壁沿いにはすでに多くの兵士が展開している。

 ヴィンセントが夜中も忙しかったのは、将軍らとのやり取りを続けていたからだ。どこに何人配置するのか、敵が逃げるとしたらどこからか。そうした話を、警備部を中心に動かせられる大隊や魔法部隊、魔撃隊と調整していた。

 何かあれば各所に配置した兵士が動く。

 一番大事なのは、不安になっているであろう平民らを落ち着かせることだ。

 聖獣の警邏はパフォーマンスになる。

 だからヴィンセントも許した。さすがにシュヴィークザームを出すのは時期尚早と言われたが、もちろんシウも彼と外を見回るつもりはなかった。シュヴィークザームが皆の前に出るのなら相棒となるヴィンセントとでなければならない。

 王城内を動き回るのとは訳が違う。

 だからシュヴィークザームは王城内をのんびり移動してもらう予定だ。


 変則的な仕事だというのに聖獣たちはワクワクしていた。近衛騎士の方が緊張している。

 アランは苦笑し、皆に発破を掛けた。

「出世の機会をいただいたと思えばいい。我々に対して『戦えないお飾り木偶の坊』と誹謗する警備部や大隊所属の連中を見返す時だ。我々は、お仕えする方々を全ての災厄からお守りしようと訓練を続けてきた。騎乗訓練もだ。聖獣に乗れる機会は滅多にないが、彼等はカリン殿が指導する『人を乗せる』専門家である。飛行に関しては全て任せ、我等には我等しかできない仕事に専念すればいい。いいか、功を焦るな。しかし、臆するな」

 全員が真面目な顔で「はい!」と返事する。よく見ると若手が多い。アランの人選だ、きっと良い仕事をするのだろう。

 シウはこっそりとカリンに魔道具類を渡した。万が一の保険である。

 彼等が飛び立っていくと、今度はシウたちの番である。

「シュヴィ、アランさんと一緒にブランカに乗ってくれる? 騎乗帯を二人乗り用にするから」

「シウは飛行板に乗るのだな」

「自由に動き回れるからね。そちらは近衛騎士が後ろに乗っていれば誰も文句は言わない。護衛がいると、一目瞭然だ」

「ふむ。ブランカは二人乗せても大丈夫なのだな? アランは意外と重いぞ」

「ぎゃぅ!」

「あの、わたしは、そこまで重くないと思うのですが」

 一頭と一人から抗議を受けるも、シュヴィークザームは気にしない。

「ま、我は軽いゆえ問題ないか。なにしろ我は鳥型聖獣だ。ふふっ」

 冗談を言ったらしい。自分で口にして自分で笑う。なんとも可愛い姿に、シウも笑った。

 笑わなかったのは、もう大人の男性二人を乗せてもびくともしないと自信たっぷりのブランカと、近衛騎士として見た目も重要視されるアランだ。体重管理をしているであろうアランは自分の体を見下ろしていたけれど、シウが騎乗帯を取り付け終わるとサッとブランカに乗った。

「アランさん、どうですか?」

「大丈夫です。ニクスレオパルドスに乗るのは初めてですが、騎獣訓練は続けております。貴人を乗せる想定訓練も行いました」

「なに、我がいるのだ。問題あるまい。さ、ブランカよ、ゆくぞ」

 本獣が言う通り、シュヴィークザームは鳥のようにふわりとブランカに飛び乗った。そして前方を指差す。

 聖獣たちもそうであったが、やる気がありすぎだ。

 シウはほんの少し心配になりつつも、飛行板に乗って彼等の後を追った。


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