584 朝の連絡と各所の様子




 朝の準備運動はストレッチだけで終わりとし、朝食の準備をしてくれたというので席に座る。カレンがなにくれとなく世話を焼いてくれるから、シウは優雅な気分で過ごせた。

 そのためか、睡眠時間は少なくとも気持ちがリセットされる。昨日はとにかく忙しい一日だった。今日も忙しさは続くだろう。

 ベニグドやウルティムスの間諜らに対する事情聴取は済んでいない。学校に避難したままの生徒や客人も多くいる。大河に集まった魔獣の後始末は進んでいるだろうが、他に何があるかも分からない。

 それらは国の管轄だ。ベニグドの件もシウの手を離れた。彼がシウに執着しようと、もう関係ない。

 シウにとっては学校が気になる。友人たちが多く残っているのだ。とはいえ、寄る時間はない。ヴィンセントに朝一番で来るよう言い付けられているからだ。仕事は山のようにあって、シウも手伝い要員として期待されている。

 その前に、まずは連絡だ。


 ロトスは起きていた。夜中にぐずってしまったジルヴァーやエアストをあやしたぐらいで、他に問題はなかったという。

「(カスパル様からも連絡があったぞ。護衛もちゃんと二人いるから安全だってさ。ファビアン様とも一緒にいるらしい。本が存分に読めて、むしろ快適だーなんて言ってたぜ。話を聞いたロランドさんが怒ってた)」

「(目に浮かぶなあ。まあ、元気そうなら良かった。ロトスも引きこもっているのは疲れると思うけど、もう少し頑張って)」

「(おう。俺は大丈夫だよ。ちょっとだけ養育院が気になるぐらい)」

「(そちらには兵士だけじゃなくて騎士も寄っているはずだから大丈夫)」

 シウの《感覚転移》でも安全なのは分かっていた。ロトスは通信の向こうでホッとしたようだった。

「(ネイサンも『いつも通りですよ』って言ってたけどさぁ。やっぱ気になるじゃん)」

 王都の人々はもう何かがあったと知っている。兵士が走り回っているのだ。騎獣と兵士の組み合わせも王都内を駆け回った。情報通なら「大河から魔獣が上がってきた」話もすでに耳へ入っていることだろう。

 もしも昨日の段階で押さえ込めていなかったら、夕方までに非常事態宣言が出される予定だった。

 ただ、想定よりも早く片付いた。それに、夜に非常事態宣言を出してしまうと暗い中でパニックになる。人間のスタンピードは怪我が怖い。それもあってヴィンセントは様子見していた。

 もっとも、王城内の方がスタンピード状態だったのかもしれない。貴族たちが挙って集まったからだ。

 とにかくも、想像以上に王都の人々は落ち着いているようだ。

「(ネイサンのところにも近所の人が聞きに来たってさ。説明したら分かってもらえたそうだぜ。兵士の説明じゃ納得しなかっただろうし、やっぱ神官だな)」

「(そうだね)」

 おしゃべりが続いたのはロトスの不安の表れだ。屋敷には使用人も残っているけれど、そうではなく、冒険者パーティーのうち自分一人だけが動けないことに歯がゆさを感じている。

 ロトスが、レオンとも通信したという報告を終えたところで「ごめん、忙しいのに長話ばっかして」と言う。

「(ううん。ロトスのおかげで頭の中がまとまった。ありがとう)」

「(……ちぇ。俺、いつまで経ってもシウには敵わないや)」

「(僕はロトスがいてくれて助かってるけどなあ)」

「(へぅぅ。そうかよ。くそ、俺もだよ! とにかく、気を付けてな!)」

 妙な口調で答えると、ロトスはシウの返事も待たずに通信を切った。相変わらずロトスはロトスだ。

 シウは笑いながら、次にククールスへと通信魔法を掛けた。


 ククールスとアントレーネの報告によると、学校内をくまなく探したものの間諜の存在はなかったようだ。

 もちろん気を抜かずに警戒し続けている。

 更に、学校に残る生徒の護衛から有志を募って見回りもしたそうだ。

 兵士を王城に回したため手薄になったこと、避難場所がまとまっていたため護衛が余分にあったことで「お願い」したらしい。生徒会長の発案だという。

 シーカーから多くの優秀な魔法使いが王城に行ってしまい、まとまりが悪くなるのではないかと憂えた事態もなんとかなった。さすがは生徒会長だ。残された教師や生徒だけで上手く回している。

 客人らへの対応や説明は学院長や院生、生徒の中でも年上の者が担当したらしい。

 接待係の生徒も引き続き対応したというから、大変だっただろう。

 ククールスは褒めながらも「あいつら、朝から元気すぎる」とぼやいた。

「(休ませてもらおうと思ったのにさ~。みんなが張り切っているのに俺だけ休むとか無理だろ)」

「(交代で休まないとダメだよ。レーネも、聞いてる?)」

「(あたしは平気なんだけどねぇ)」

「(レーネ?)」

「(……分かったよ、シウ様の言う通りに休むさ。だけど、生徒たちが張り切っちゃってねぇ。大会に出る予定だった奴等も『合同で攻撃魔法を撃つ』だとか『魔道具を設置しよう』だなんて言い出してる)」

 どうやら優秀な魔法使いが王城に引き抜かれたことで、残された人々に火が付いたらしい。

 今日も大変になりそうだと、シウは朝の段階で知った。



 各所と連絡を取り合っているうちに、シュヴィークザームとブランカが起きてきた。

 カレンがシュヴィークザームの世話を焼いている間に、シウはブランカの相手だ。

「ぎゃぅ! ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ」

「はい、おはよう。お泊まり、ブランカだけで偉かったね」

「ぎゃぅん」

 甘えてくるブランカを受け止めて撫でる。シウは床に押し倒され、されるがままだ。

 ブランカはこれまで必ずと言っていいほどフェレスやクロと一緒だった。ジルヴァーが生まれてからは彼女と、他にも多くの仲間と過ごしている。常に誰かが傍にいた。

 それなのに昨夜はたったひとりでベッドに入った。もちろん、シュヴィークザームはいた。ひとりぼっちではない。しかし、ブランカにとってシュヴィークザームは「別の家」の子だ。たとえ聖獣の王といえども、家族ではない。

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ」

 シウを待っていたのに、どうしてベッドにいなかったのだと訴える。

「いたよ? ブランカが先に寝てたから、僕も寝たんだ」

「ぎゃぅ?」

「うん。シュヴィを挟んで反対側にいたからかな。ブランカ、ぐっすり寝てたもんねえ」

「ぎゃぅ、ぎゃぅぎゃぅ」

 ぶーたん、いつ寝たのかなと、不思議そうだ。

 寝付きも寝起きもいいブランカに笑いながら、シウは寝室を指差した。

「ベッドに戻って匂いを嗅いでおいでよ。ついでに枕を拾ってね。ブランカ、シュヴィの枕を奪って落としていたよ」

「ぎゃぅ!」

 分かった、と走って寝室に戻り、何故か枕を咥えて戻ったきた。シウの前でポトリと落とすと、

「ぎゃぅ~!」

 シウの匂いがあったと報告してくれる。

「そう。ただ、僕は枕を『持ってこい』したわけじゃないんだけどな」

 どのみち枕は取り替えになるだろう。シウはカレンの仕事を増やしてしまうことに申し訳なく思い、その場で《浄化》した。


 支度を終えると、シウはブランカとシュヴィークザームを連れてヴィンセントの執務室に向かった。

 近衛騎士も付いてくる。交代しているとはいえ、表情は明るい。王城内が落ち着いてきた証拠だ。

 執務室に入ると、こちらも少しだけ気の抜けた空気を感じた。ソファで休んでいる文官もいる。廊下を挟んだ向かいの部屋も今は静かだ。応援に駆け付けたプルウィアたち生徒は仮眠を取っているのだろうか。クリスとアルフレッドの気配しか感じられない。侍女たちもいなかった。

 さすがに執務室内には近衛騎士や侍女がいる。ジュストもまだ起きていた。

「おはようございます」

「ああ、シウ殿。早いですね」

「いつもこのくらいの時間に起きていますから」

「ジュストよ、ヴィン二世はどうしたのだ?」

 シュヴィークザームが辺りを見回す。

「あちらで強制的に休んでいただいております」

 指差したのは部屋の隅だ。なんと、床に寝ていた。さすがに、ふわふわの絨毯やらシーツやらを敷いてはいるが。

 シウの《全方位探索》で「いる」のは分かっていたが、てっきり椅子に座って休んでいるものと思っていた。だからシュヴィークザームと同様に驚いた。




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