583 寝る時間、おやすみとカレンの実力




 アラフニは宮廷魔術師や多くの騎士の手で運ばれていった。

 倒れたままの四人はシウのポーションで目覚めたものの、精神的に参っていた。幻惑魔法を掛けられ、意識を刈り取られてもいる。しばらくは休養が必要だ。

 事情聴取の前に少しは休ませてもらえるだろうか。シウは念のため、四人に精神安定のポーションを渡した。眠り茸を刻んでヘルバに漬けただけの簡単なものだが、ないよりはマシだ。

 彼等を見送った後、シウは残った宮廷魔術師らに大型転移門の件は内密にと釘を刺された。ヴィンセントの直属の部下なら大丈夫だろうが、とも言われる。部下ではないが、なにしろミスリルカード持ちである。何も言わずに頷いた。

 宮廷魔術師が残ったのは大型転移門に問題がないか点検するためだ。一から見直すのは大変な作業である。手伝いたい気持ちもあるが、間諜を捕らえたシウには次の仕事が待っていた。宮廷魔術師にはアラフニが落とした紙を渡しておく。術式を改変したかどうかは不明だが、何をしようとしたかは分かるだろう。


 呼び戻されて執務室に入ったシウに、ヴィンセントは「よくやった」と一言告げた。すぐに次の仕事を振られる。

 が、それも十数分で終わった。ジュストが戻ってきて「君はもう休みなさい」と言ったからだ。彼はヴィンセントの不機嫌そうな視線を受けても平然としていた。というより、もう感情が作用していないのかもしれない。

「殿下、彼はまだ子供です。そして今は寝る時間です」

「そんな時間か」

「ポエニクス様もお待ちではありませんか?」

「ああ、そうだったな。あれの催促が来る前に帰すか。シウ、もういい。朝には来てくれ」

「はい。あ、誘拐事件の報告書ができたので置いていきますね」

「助かる」

 手を振るので、もう行けという意味だろう。あっさりとしている。切り替えの早さがヴィンセントらしい。シウはジュストに会釈し、執務室を後にした。


 シウがシュヴィークザームの寝室に入ると、チラリと目を開けたのは部屋の主だけだった。ブランカは眠りこけている。聖獣の王が傍にいようとも臆することがない。

「まだしばらくは拘束されるかと思っていたぞ」

「ジュストさんが『子供はもう寝る時間だ』と言ってくれて」

「あやつか。ふむ、褒めてやらねばなるまいな」

 そう言うと、シュヴィークザームはブランカとは反対側のベッドの上を指差した。

「お主はそちらで寝るといい。ブランカはどうにも寝相が悪い。我でないと潰されてしまう」

「ああ、うん、そうする」

 シュヴィークザームは自分の大きなベッドにブランカを招き入れたばかりか、シウにも勧めてくれた。ソファでも良かったのにと思いながらも、彼の心遣いが嬉しい。シウがゴソゴソとシーツに潜り込むと、それに合わせてシュヴィークザームも動いた。完全に目が覚めてしまったようだ。

 小声で他愛ない話を始め、流れで間諜の話になった。

「王城の奥深くまで入り込むとはな」

「出入り口の魔道具さえ何とかしてしまえば、王城内は気軽に歩けるからね」

 貴族らが一気に集まった時間帯に紛れて入ったのだろう。貴族の多くが魔道具を身に着けているからチェックが甘くなった可能性もある。

「間諜はもういないと思うか?」

「王城内にそれらしい人はいないと思う。ただ、人数が多くて完全鑑定を使えないから断言はできないね。一つの区画ごとに簡易鑑定を掛け続けているけど追いつかないんだ。端の方は特にね」

「頭が変になるであろう?」

「うん。だから、そろそろ諦めようかと思ってる。主要な場所には掛け終わったよ。ただ、人は動くしなあ。それに他の間諜が今もなお王都内にいるかどうか」

「いないと思っているのか?」

「うーん。さっき捕まえた間諜は、他国の王城地下に忍び込むっていう大きな賭に出た。彼は若かったし功を焦ったのかもしれない。でも間諜ってそんな人ばかりじゃ務まらないよね。指揮官がいると思うんだ。間諜が敵国に掴まるのは悪手だし、普通は逃げると思う。しかも立て続けに失敗して仲間が捕まっているからね」

 引き上げ始めていると考えた方が妥当だ。アラフニも置いていかれたから無茶をしたとも考えられる。

「残っているとしたら元々暮らしていた人かな」

「ラトリシア人という意味か?」

「うん。市民権があれば疑われ難いよね。冒険者の線も考えられるけど、案外ギルドで見抜けるからなあ」

 とはいえ、大事な情報を持っているとは思えない。ラトリシア側に目を付けられたら今後の活動に差し障る。あくまでも連絡係や宿を提供する「協力者」程度だろう。

「問題はどこまで情報が奪われたか、だよね」

「やれ、では警護方法や防御体制も全て考え直さねばならぬのか」

「聖獣たちの住まいを守る魔法の術式も練り直さないとダメだろうね」

「我の温室まったり計画も立て直さねば」

「そうだねえ」

「菓子作りの時間も変更するか」

 冗談を言っているのかと思えば、シュヴィークザームの顔は真剣だ。

 もしかして本気で憤っているのだろうか。理由が理由だけに突っ込んでいいのかどうか迷う。こういう時、ロトスなら何か上手い返しができただろうが、シウはジョークに疎い。それに疲れてもいた。

 ふわぁと欠伸が出る。

「ああ、すまぬ。もう寝るが良い」

「うん。ちょっと鑑定のやり過ぎで頭が疲れた。おやすみ……」

 いつもは夜更かしも平気なのにと思いながら、あっという間に眠りに就いた。




 朝になり、シウはまだ眠さの残る頭を振って起き上がった。

「おはよ……」

 声を掛けるが、シュヴィークザームはまだ起きない。大の字になっている。ブランカは何故か下半身がベッドの下だ。上半身だけベッドに乗っている。涎を垂らしてシュヴィークザームの枕を占領中だ。

 シウはボーッとしたままベッドから下り、魔法で作った水球の中に顔を突っ込んだ。

「スッキリした、かな」

 首を傾げながらタオルを取り出して拭き取る。

 その後で体全体に《浄化》を掛けた。

 気配に気付いたのか、小さなノックでカレンが寝室に入ってくる。

「おはようございます。朝のお支度に参りました」

 シウは頷き、寝室から出た。

「朝早くにごめんなさい。カレンさんは休めました?」

「はい。わたしはシュヴィークザーム様より先に休ませてもらいましたから」

「そうですか」

「引き継ぎで、近衛騎士の方々がお世話したと聞いて驚きました」

「そうなんですか?」

「近衛騎士がされるような仕事ではありませんから」

 と、苦笑する。

 侍女の手は借りられなかったらしい。メイドを呼び出すには時間がかかる。何よりメイドらが精神魔法で汚染されていないかどうかなど、チェックする作業も大変だ。どちらが良いか天秤に掛けた末に、担当の近衛騎士は普段やらないお世話仕事を選んだ。

「カレンさんを起こさなかったんですね」

「ええ。驚きました。引き継ぎの際にわたしたちメイドの仕事について、それはもう丁寧に労っていただけました」

「よほど大変だったんだ……」

 シウが笑うと、カレンも笑った。

「お茶出しにシーツの用意、お着替えに手間取ったようです。わたし、それはシュヴィークザーム様だけですよとお伝えしようか迷ったぐらい。シュヴィークザーム様はお好みが細かくていらっしゃいますからね」

「あー。分かります」

「ブランカちゃんの方が扱いやすかったそうです。ふふ。そうだわ、これが昨夜の食事内容です」

 わざわざブランカに何を食べさせたのかを書き出してくれたようだ。

「シュヴィークザーム様は好き嫌いがございますし、聖獣様の中には苦手な食材で体調を崩す場合もあるそうです。それで念のためにと引き継ぎで教えてくださいました。皆さん、ブランカちゃんに癒やされたようですよ」

「ブランカは好き嫌いもアレルギーもないので大丈夫ですが、そうやって気遣ってくださるのは有り難いです」

 近衛騎士らは聖獣の王には気軽に触れられないが、騎獣であるブランカには気さくに接したようだ。ブランカも無邪気な性質である。フェレスもそうだが、人が好きだからか同じように好かれやすい。愛嬌を振りまいて、疲れた彼等を癒やしたのではないか。

 シュヴィークザームがいるから安心していたが、彼女は自分の力で安全な場所を作っていた。






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来週はお盆休みの名目で休ませてもらいます🙇

恒例のアレはなくなったのですが別件で急用が入りまして…

皆様、どうぞ楽しい夏を!





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