582 誘拐犯との会話、強さの種類




 無理矢理、視ようと思えば視えたのだろうと思う。

 シウはそれを選ばなかった。相手に気付かれて慌てさせるのは本意でない。間諜一人が逃げるのならともかく、傍には無辜の若者がいる。彼等を危険にさらすわけにはいかない。それに間諜の細工が不完全なまま発動するのも恐ろしかった。

 転移門は危険だ。

 膨大な魔力を使って多くの人や物資を移動させるのだから、当然それだけの緻密な術式が組み込まれている。少しのミスも許されない。最悪の場合、王城が一発で吹き飛ぶほどの力があるのだから。

 もちろん、全体に結界や防御魔法は組み込んであるだろう。それすら改変されたらと思うと慎重になるしかない。

 シウは無理をせず、現場に走った。

 とにかく目の前で見えさえすれば状況が分かる。そう思って、大型転移門が設置された大広間に辿り着いた。


 そして安堵した。

 ――これなら、解除できる。

 シウは不自然にならない程度に気配を消し、膜に手を触れた。パチッと、痛みのない静電気のような感覚の後に膜がスッと消える。

 痛みはなくとも、直接攻撃があったと受け取ったシウの体が無害化魔法を発動したらしい。

 あまりにも静かな解除だった。

 だからか、間諜の男は少しの間、シウに気付かなかったようだ。

 シウは先に、倒れたままの四人を《鑑定》した。生きていると分かった瞬間に強力な結界魔法で囲む。

 ほぼ同時に、本体でもある転移門を魔法で囲った。内側は空間魔法で、外側は多重結界魔法だ。

「……誰だ?」

 間諜の男が振り返る。その顔に感情らしきものは見えない。けれど、目は口ほどにものを言う。不快さと苛立ちが現れていた。

「ここまで追えるような人間がいたのか。宮廷魔術師、じゃないな。若い」

「そちらも見た目は若いね」

 シウが返せば、男はハッとした様子で立ち上がった。そして手に持っていた魔石や紙を投げ捨てる。紙には術式が描いてあるようだ。

「お前がシウ=アクィラか」

 警戒色が強くなった。ただ、強さに自信があるのか冷静だ。会話に応じる余裕もありそうだと分かり、シウは話を進めた。

「ベニグドから僕の人相まで聞いていた?」

「ああ、要注意人物だとな。聞けば聞くほど疑わしかったが、奴の話が本当なら攫うべきはお前だとも思った。……奴には止められたがな」

「どうして?」

「自分が見付けた玩具を横取りするなら協力はしない、と言われたからだ」

「素直に従うんだ?」

 不思議に思えば、男はふっと鼻で笑った。

「いかれ野郎の『大事な玩具』に手を出すことの危険について、俺はよく知っている」

 男は細い目でシウを見た。感情はない。

「奴は力では、お前に敵わないと知っていた。だが、自分の用意した場所に誘導できれば『動かせられる』と思っていたようだ。いかれ野郎の考える手段はともかく、ああいう手合いの執着物には近寄らないに限る。それに冷静に考えれば、お前を攫ったところで上手く使えるとは思えなかった」

「ふうん」

「不思議そうだな。だが、俺は負け戦はしない」

「おかしいな、間諜がそんなに甘いとは知らなかった。それに時間稼ぎのお喋りにしては『まとも』だ」

 男は不自然に笑った。

「ははっ、そうだな。やりようはある。お前の大事にしている騎獣を攫ってもいい。四頭目がいるんだったな。まだ幼獣だ。あるいはもっと簡単に、下宿先の貴族を狙ってもいい。手足の一つも切ってやれば、反抗せずに従うだろう?」

 シウは肩を竦めた。

「その対策をしていると気付いたからこそ、攫うのに相応しくないと思ったのでは?」

 今度は男が肩を竦めた。やれやれと、息を吐く。

「お前みたいな奴は頑固だ。考えを変えない。精神魔法で従わせることもできない。魔法使いとしてのレベルが高かろうと、使えなければ意味がないのさ」

「だから、使えるレベルの若者を攫おうとしたんだ?」

「そうだ」

 シウは大きく息を吐いた。鑑定した結果を口にする。

「名はアラフニ。姓はなし。狐系獣人族、擬態が得意。空間魔法のレベルはそこそこ。隠密魔法は最大値。闇属性も高い。幻惑魔法で人を操れる。人族の振りもできるのかな」

「お前――」

「空間魔法のレベルは高くない。それなのに転移ができるのはブースター系の魔道具を持っているからだ。魔術式の改変もできる。研究系の間諜かな。そうそう、物理特化のカンタロスは問答無用で襲ってきた。どちらも動きはスマートじゃないね」

 シウが挑発すると、アラフニは「ちっ」と舌打ちした。

 別働隊の間諜カンタロスは物理に、彼と共にいたエヴシェンは魔法に特化しており、連携が上手とは言えなかった。だから、あっさりと捕縛された。

 アラフニも知っていたようだ。舌打ちする。

 仲間なら、芋づる式に捕まることを恐れて逃げ出す。アラフニは別働隊だから大丈夫だと思ったのだろうか。逃げなかった。ところが、計画はことごとく潰えた。

 聖獣は攫えず、宮廷魔術師もガチガチに守られていて手が出せなかった。図書館に行けばアルフレッドの機転で本を盗むこともできない。最後は若者四人の誘拐だ。

 欲を掻いたのか、あるいはそうせざるえを得なかったのか。手ぶらで帰れない理由があったとしても、段取りが悪い。

 本人は自信があったのかもしれないが、シウにはそう見えた。

 はたして。

「お前、俺をここまで虚仮にして楽に死ねると思うなよ」

 苛立ったらしいアラフニが魔道具を起動させようとした。残念ながら、それはもう解除してある。

 会話で時間稼ぎをしていたのはシウの方だ。数分あれば良かった。その間にアラフニの持ち物全てを鑑定し、魔道具は解析と解除を済ませる。妨害のために使われていた魔道具も再起動される前に壊しておいた。

 アラフニが落とした紙も魔石も《引寄》で空間庫に取り込んである。彼は気付きもしなかった。シウの挑発を真に受けていたからだ。

「これで終わり」

 無詠唱でアラフニを拘束する。彼も時間稼ぎをしていたのだろうが、細工をしていた転移門はもう空間魔法で遮っていた。稼働はしない。

 エヴシェンはアラフニを「上」のように語っていたが、単純に上司的な立場としてのことだろう。もしくは魔力の高さか、使える魔法の多さか。そのため最大限で警戒していたが、スキルレベルはシウの方が高かったようだ。

「何をやった! くそっ、水晶竜のアイテムだってあるのに、どうして」

 シウは首を傾げた。

「手の内を明かすと思う?」

 水晶竜の鱗を使用した魔道具は、解放しなければ作動はしない。攻撃を受ければ発動したのだろうが、シウは「解析」し空間魔法で囲んで「解除」しただけ。触れもしなかった。鱗の効能は空間内に留まった。

 これはシウの空間魔法のレベルが上限を突破しているからでもある。

 アラフニを拘束したのも同じく空間魔法だった。

 動きを押さえてしまえば、後は固定魔法で十分だ。

 物理での拘束を加えると尚良い。蜘蛛蜂の糸を使ったロープでグルグル巻きにした。

 体の内部に仕込まれた毒も取っておく。魔道具は全て取り出して結界魔法の機能が付いた専用の箱に入れた。

 鑑定魔法では男に精神魔法の痕跡はない。間諜として幼い時分から教育を受けていたのだろうか。

「むぐっ、がっ」

 口にも拘束具を付けたため、アラフニは何も言えない。

「そうだね、答えを少し。魔道具の使い方は僕の方が上手だったってことだ」

 意味ありげに笑って、手に持った四角い箱を見せる。アラフニがそちらに視線を向けた。魔道具だと思ってくれたなら成功だ。

 そのまま、シウはアラフニを昏倒させ、あえて結界の魔道具で彼を囲った。

 そろそろ応援の騎士が駆け付ける頃だ。


 アラフニはラトリシアで刑罰を受けるだろう。その後どうなるかは不明だ。政治的なやり取りの末に犯罪者が引き渡される可能性だってある。

 どちらにせよ、聴取の際にシウの能力がバレるのは避けたい。ベニグドが何を話していたとしても、具体的な証言による裏付けをされるのは困る。

 アラフニが魔道具を信じようが信じまいがどうでもいい。

 それらしきものを持っていたという事実があれば良かった。

 シウは倒れたままの四人に近付きながら、大型転移門を結界で守ったという体を見せるための魔道具を設置した。


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