581 消えた四人を追う、ハイエルフ対策の魔法
風属性魔法と空間魔法の複合技で匂いを集め、鑑定魔法を使用する。
「研究室の場所と移動ルート、彼の同僚が最後に見掛けた場所を考えれば――」
誰がどこで攫われたのかが判明した。
四人全員の消えた場所が確定すると、次に魔法の痕跡がないかを鑑定魔法で細かに視ていく。
そして、地面に手を当て考えた。
魔法の痕跡、魔術式を追跡できるハイエルフ対策として、シウは魔素遮断魔法を開発している。対抗策が講じられたということは、その大元である魔法を理解したという意味でもある。追術魔法と名付けたこの魔法は、本来ならハイエルフにのみ現れるという種族特性のユニーク魔法だ。
もちろんシウは、アポストルスのように「他種族の血が混じった同族を見つけ出して殺す」つもりで開発したのではない。人を助けるために使う。
それが今だ。
「よし、尻尾を掴んだ」
間諜は、闇属性魔法で若者らの意識を一瞬で刈り取ったようだ。
小さな痕跡だったが、魔法を使用したことで追術魔法が使える。シウは普段は使わない魔力庫を解放した。
目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。
図らずも、シウの実父を捜していたハイエルフと同じ格好だ。神様が見せてくれたであろう夢の中で、その男は冷や汗を流しながらイオタ山脈に魔法を放った。方向を決めて場所を絞ったのだろうが、必要な魔力はいかほどか。
件の男は術の行使後、自力では立てないほど消耗していた。
シウは違う。
魔力庫があるからというのも自信の一つだ。けれど、もっと自信になるものが今のシウにはあった。
これまでのシウは細々と魔法を使ってきた。全方位探索という常時発動中の魔法もそうだ。感覚転移も然り。どの魔法も魔力を細く広げて使った。魔力庫に頼りすぎてはいけないと考えたからだ。「もしものこと」がこの世にはある。シウは前世でそれを学んでいる。だから、神様からのギフトとはいえ「魔力庫が消えるかもしれない」を大前提に行動した。
その結果、元々の少ない魔力だけで普段は過ごしている。節約志向のシウには合っていたから生き生きと節約に励んだ。
しかし、ある日、それではダメだと気付いた。大きな魔力を使うのも大事だと古代竜イグとの付き合いで悟った。
自分の想定する以上の強い敵が現れた時、もしくは自然の脅威に晒された時、細々と魔法を使っていては間に合わない。一気に強大な魔法を放つということは膨大な魔力を吐き出すということでもある。その魔力の通り道を太くするためにシウは自分自身を鍛えた。
大きな魔力を一気に使う、というやり方でだ。
以前のシウなら倒れていただろう。今は問題ない。イグとの訓練は確実にシウを成長させた。
もちろん、莫大な力が外にバレないよう《隠蔽》はしている。空間魔法を使って不自然にならないように囲んだ。まるきり閉鎖してしまえば「何もない空間」が出てくる。もしもアポストルスの一派がラトリシアの王城を見張っていたとしたら異変に気付く。だから、適度に小さな穴の空いた空間で囲んだのだ。
「実戦で使うのは初めてだけど、こんなに魔力を食うなんて」
魔力庫からの流用量を調べるためにメーター魔法も発動させている。どんどん数値が上がった。
魔力が多いと言われるハイエルフが倒れるぐらいだ。よほどだろうと思っていた。
「でも、やっぱり水晶竜ほどはないか。水竜と同じ魔力量かもしれない」
以前にも何度か試算はしているが、今回の実測でより現実に近付いた気がする。魔法の消費量を予想しておくのは大事だ。
「一回で大体三百。あの時のハイエルフが使用したのは範囲的にも五百から六百ぐらいと想定して、となると一度の最大使用限度は六百か」
それだけの魔力を即復活させるとなると最上級の高価なポーションしかない。魔道具も然り。そもそも体に負担がかかるだろうし、頻繁に使えるほど気軽に揃えられる素材でもない。
過小評価にならないよう、シウは何度も脳内でシミュレーションはしていた。
今回の件で断定できそうだ。
もしも当時の追術魔法の範囲がシウの想定よりも広かったとしたら、アポストルスは各地に散らばるハイエルフの子孫らをすでに見つけ出しているだろう。実際はいまだにゲハイムニスドルフの村は見付かっていない。
かといって「もしものこと」はある。シウは、トイフェルアッフェという厄介な猿型魔獣と戦った時を思い出した。特別に強かった緑の個体は、ハイエルフと同様に魔力が多かった。一度に大きな魔法攻撃を幾つも放つのだ。魔力の通り道が太いのだろうし、人族の持つ器官とは違うのかもしれない。それこそが種族特性だ。
シウはハイエルフの先祖返りである父の血を引いているとはいえ、基本的には人族と同じ体だ。元々の通り道が細い。だから訓練しなければならなかった。
ともあれ、ハイエルフや魔法について深く考えるのは後だ。なにしろ――。
「見付けた」
まずは攫われた人を奪い返す。
シウは立ち上がると、急いで王城の奥にある宮殿に向かった。その地下が目的地だ。
ミスリルカードは王城の奥深い場所であろうとシウを通してくれた。
シウの目的地は、王族の住む宮殿の横にひっそりと建てられた離宮だ。元は後宮があった場所らしい。昔は大勢の妃を住まわせていたのだろう。最近は妃を多く娶らないため、本宮とその周囲に建てられた宮殿だけで十分らしい。
この元後宮に入る際、シウは正規ルートを通った。
間諜のように隠れ進めば楽に入れた。シウには空間魔法もある。レベルは最大値の5を超えているはずで、魔法でガチガチに守られた地下の壁でも問題なく転移できたはずだ。間諜もそうしたのだろう。
シウはあえて真正面の扉から入った。
そうでなければ、誘拐された人たちを「空間魔法を使わず」に助けられないからだ。
使用していない元後宮なら普通は警備が手薄になる。ところが地下には多くの騎士が守りを固めていた。壁にも防御魔法が張り巡らされている。
何故か。
そこに大型転移門があるからだ。すでにシウの《全方位探索》で判明している。空間の大きさや形からして間違いない。断定できるのは、シウがオスカリウス家で通常サイズの転移門を見知っているからだ。今回はその大型版になる。
当然だが、転移門に至る地下の入り口は簡単にパスできなかった。精霊魂合水晶を使った魔道具にカードを翳して本物かどうかを確認する。更にシウのギルドカードもだ。
中に入る理由まで問われた。ただ、それに答える時間がない。
「緊急事態です。理由はヴィンセント殿下に。それと応援もお願いします」
シウは早口で告げると、返事を待たずに階段を駆け下りた。
急ぐのには訳がある。数人の塊に動きが見られないのだ。
よく視ようにも、シウの感覚転移魔法がおかしい。《全方位探索》では塊のある場所を示せているのに、視覚を飛ばすと砂嵐のような邪魔が入る。
これまでの間諜の動きは追術魔法で分かっていた。元後宮の死角となる庭で一度消えたのは転移だろう。すぐ近くに同じ反応が浮かび上がった。
間諜が使う転移魔法は短距離のみだ。少しずつ、移動を繰り返す。地下に入ると、彼等は階段をひたすら下りた。
そこまでは誘拐された四人も自力で移動していたと思われる。おそらく魔法で操られていたのではないか。成人男性四人を一人で移動させるのは難しい。まして転移門のような重大施設を前にすれば騒ぐはずだ。操られていると考えるのが妥当だ。
その四人が動かなくなった。ハッキリと視えないのは何かに邪魔されているからだ。攻撃魔法ではないだろう。それなら、シウの持つ無害化魔法で消せる。
外側から《探知》する限りでは、間諜が施設内に二重の空間を作っているようだった。内外からの干渉を遮断するための妨害魔法ではないか。
あくまでもシウの予想だが、間諜は転移門を使って自国に戻ろうとしている。今は行き先を書き換えるのと同時に、何らかの小細工をするための時間稼ぎ中だ。そのために攻撃や防衛機能が働かないよう一時的に全ての魔法を解除している。その際に妨害魔法も用いた。それならば、矛先がシウに向いていないこともあって無害化魔法は作用しない。
どちらにせよ、魔法に関する禁書を盗もうとしたことからも間諜はかなり上位の魔法使いだ。
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