580 研究馬鹿、行方不明者と超法規的措置




 オスカーが肩を竦めて続ける。

「シャイターンのような国にも裏切り者がいるんだ。魔法大国のラトリシアにいないわけがない」

「ああ、そういうことか」

 やり口を知っていると断言したオスカーだ。彼自身にも接触があったのかもしれない。そうであるなら、ラトリシアにはもっと多くが入り込んでいるだろう。

「……君は本当に擦れていない。真っ直ぐに物を考える、良い子だと思うよ。だけど、それは時に、答えに辿り着くまでの時間がかかりすぎる」

 今正に、同じことを考えていた。シウは今回の件で何度も後手に回っている。

 自然と頭が下がるシウに、オスカーは笑った声で続けた。

「適材適所だよ。擦れている人間には擦れている人間を。自分の体を餌にするような馬鹿には、同じく研究馬鹿をぶつければいい」

 オスカーはまたウインクした。



 セサルへの説明は自動書記魔法で記した紙を渡して終わった。不明な点はオスカーがフォローしてくれるだろう。セサルも忙しい身だ。書類の方がありがたいと言って受け取った。

 シウはほぼオスカーを紹介しただけで、一分と話さずに別れた。

 戻りは一人だ。セサルに付いていた騎士が「誰か付けましょうか」と申し出てくれるが断る。

「そちらも人数がギリギリでしょう? こちらは問題ありません。ヴィンセント殿下にもすぐ戻るよう言われていますので、マナー違反ですが走って戻ります」

 だから大丈夫だと答え、実際に走って戻った。

 幸い、気配を消していたからか誰に呼び止められることもなかった。

 そもそも今は王城内を理由もなく自由に動いてはいけない。多くの貴族が王城に集まってきたけれど、ほとんどが広間や専用の部屋に押し込まれている。帰るように伝えても帰らないから、強引にまとめたらしい。

 現在走り回っているのは役人や、仕事をする貴族だけだ。

 その一部がヴィンセントの執務室に出入りしている。彼等はシウが戻ったのを見て、ホッとした顔で道を空けた。

「どうかしましたか?」

「いえ、早く中にどうぞ」

 シウは促されるまま奥の執務室に入った。


 ジュストの姿はなく、国王に取られたままのようだ。ヴィンセントの近くには役人が数人いて、やはりシウを見ると場所を空けた。

「戻ったか。先ほど確定したが、魔術院から魔法使いが数名行方知れずだ。宮廷魔術師を目指す優秀な魔法使いたちだ、連絡もせずに無断欠勤するような性質でもない。十中八九、攫われたと考えている」

 魔法省の職員や実働部隊ではなく、宮廷魔術師として望まれているということはエリートだ。宮廷魔術師も国の大事があれば現場に出るが、基本的には研究職である。戦闘が得意とは言い難い。ウルティムスの諜報員が本気を出せば対抗できないだろう。

 宮廷魔術師の卵を誘拐する理由も分かる。シーカーのような学校で研究を続けるよりも研究費が多く割り振られるため、宮廷魔術師は人気職だ。そして採用されるのは「国のため」になる研究者である。軍事転用が可能な魔法技術を研究する者が多い。

 シウが考えている間にもヴィンセントの話は続く。

「技術院にも一人連絡の取れない者がいる。魔道具開発の得意な若者らしい。シーカーの出身者だ」

 書類を渡される。各人の経歴書だった。技術院の若者は魔道具開発科や生産科で学んでいたようだ。シウが生産科に入った頃はもう卒科していたらしく、名前を見てもピンと来ない。が、魔道具開発科には卒業した去年まで在籍していたようだ。それならディーノの先輩になる。

「友人の先輩になるようです」

「そうか」

「捜します」

「ああ、頼んだぞ。ベニグドがどこにいるのか言い当てたお前ならと思ってな。これを使え。『王族専用身分証明書』だ。急遽、発行した。超法規的措置だ。大事に扱え」

 大事にと言いながら、ぽいと投げられる。受け取った薄い板は鑑定魔法を使うまでもなく「ミスリル製」だと分かった。

 これがあると王城のどこにでも入れるらしい。というより、ラトリシア国内ならどこにでも行ける。本来なら審査を経て、あるいは忠誠を誓わなければならないもののはずだ。もっと言えば契約を交わさないと発行できないのではないか。たとえば王族専用の諜報員が持つような証明カードだ。

 シウは呆れながらも大事に持ち直した。

「事が終われば真っ先にお返しします。あ、近衛騎士は連れていなくても構いませんよね? 僕一人で動いても?」

「構わん。足手纏いだろうからな。いや、ベルナルドたちを貶めているのではない。お前たちはよくやってくれている。シウが異常なんだ」

「はっ! 気にしておりません!」

 背後の近衛騎士らを気遣う発言が出たものの、それならシウにも気遣ってほしかったと思う。が、何か言う前にヴィンセントがまた続けた。

「人手も足りない。ここを手薄にするわけにもいかぬ」

「そうですね」

「何より、お前は秘密主義だ。隠し球を幾つも持っている。誰もいない方が実力を出せていいだろう?」

「まあ、そう、ですね?」

「自由にやれ。キリク殿にそう言われたのを思いだした」

「キリクが、いえキリク様がですか?」

 ヴィンセントが苦笑する。「親子というより親友だな」と呟き、肩を竦めた。

「オスカリウス家に取り込みたいと思っていたそうだが早々に諦めたようだ。『野の竜の中にはどうやっても人間に従えない竜がいる』と笑ってな。自由にさせておく方が能力を発揮すると分かっていたのだろう」

 シウを飛竜にたとえるのはどうか。

 もっとも、今となってはキリクを家族や友人のように思っているが、それと貴族の家に入るのとはまた違う。言い得て妙か。

「お前がカードを悪用するとは思っていない。ただ、結果は出せ。必ず見付けてこい。ああ、それはお前にくれてやるものだ。返さなくていい」

 手をヒラヒラ振る。ヴィンセントの視線は次の書類に向かった。

 シウは小さく頭を下げて部屋を出た。



 渡されたのは経歴書だけではなかった。本人らの特徴を書いたもの、また行方不明になったと思われる時間帯や場所まで絞ってある。

「ここまで分かっているのに追跡できないものかな」

 騎獣がいないからだろうか。騎獣がいなくとも、小型希少獣の種類によっては捜せるはずだ。たとえばシーミア、あるいはムースでもいい。兎型希少獣クニークルスも嗅覚に優れている。

「もしかしたら、ウェルティーゴをバラ撒かれたとか?」

 とりあえず現場に向かう。走っても誰にも止められない。兵士や文官らはもう、シウの姿に慣れたようだ。

 中心部の城を飛び出てもそれは同じ。胸の前で飛び跳ねるミスリルカードの威光があるからだ。紐を通して首から提げているため余計に目立つ。

 今後を思うと少々不安ではあるが、今更だ。シウは誰も見ていない場所では自重せず、誰かの視線がある場合は飛行板で現場まで急いだ。

 現場に着くと、まずは匂いを嗅ぐ。次に鑑定魔法も使って確かめた。

「ウェルティーゴはなし。というか、小型希少獣を捜査に使っていないんだ?」

 改めて周辺に《全方位探索》を使ってみるが、気配は一切ない。

 そうか、そうだったとシウは納得する。

 ラトリシア国では小型希少獣は貴族の愛玩動物扱いだ。シュタイバーンも似てはいるが、もう少し開放的だった。こちらは相棒として連れ歩くこともなく、よって仕事を与えることもない。

 仕事をさせることへの是非はあるかもしれないが、彼等は「仕事」に喜びを覚える性質だ。

「今、考えても仕方ないか」

 シウは溜息を吐き、隣に建つ魔術院も調べた。

 結果、こちらにもウェルティーゴを使った形跡はなかった。また争った跡もない。出会い頭に捕まったと思われる。

 まさか自分が狙われるとは考えもしなかったのだろう。

 狙われるのなら聖獣や宮廷魔術師、あるいは王族だ。

 兵士でもなければ、自分たちに迫る危険について思い至らないのも仕方ない。

 もっとも相手は王城にまで入り込むような間諜だ。警戒していたとしても抵抗できたかは不明である。


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