579 オスカーという男




 オスカーは契約魔法を受けることに「いいですよ、さあどうぞ」と、あっさり了承した。

 むしろ「こんな面白い話に巻き込んでくれて感謝しかない」と積極的だ。

「でもまだ、彼が本当に自分の体を餌にしたかどうかは不明ですよ?」

 落ち着かせようと告げるシウに、オスカーは笑顔で首を振る。

「構わないさ。それに、わたしはシウ殿の勘を信じているからね。予測にも外れがない。古代帝国時代のみならず、あらゆる時代の書物をよく読まれているようだ。だからこそ立てられる予測だろう。祭壇跡の件も然り。迷宮に関する知識も豊富だった。そんなシウ殿の考えだ。外れていたとしても些細なものだと思うよ」

「はあ」

「とにかく、詳細をお伺いしたい。さあ、早く契約魔法を!」

 と急かすので、事前に用意していた書類に目を通してもらって魔法を掛ける。立会人は、急遽呼び出した王城内勤務の神官だ。書類はヴィンセントも目を通してある。読んだかどうか不明なほどの速さでシウの手に戻ってきたが。

「はい、終了です」

「それにしても、シウ殿は契約魔法まで使えるのだねぇ」

「シーカーでは複合魔法の研究をしていましたから」

「ほほう」

「あ、ヴィンセント殿下が呼んでいます。先に挨拶だけしておきましょう」

「おっと、そうだね」

 オスカーは興味津々だった気持ちを隠し、貴族らしい表情になった。


 ヴィンセントはかろうじて書類を机に置いていたが、指示出しは続けたままだ。通信がひっきりなしに届くのをどうやって捌いているのか、シウには不思議だった。

「あなたがオスカー=クナイスルか。シウ・・が推薦したのだったな。他国の人間だと聞いているが、問題はないか?」

 これは「ラトリシア国として招聘したわけではないが構わないか」と問うている。

 オスカーはにこりと微笑んだ。

「はい。シウ殿のお手伝いができるのです。これほど光栄なことはございません。その上、わたしが『個人的に』研究している内容と関わりがあるようです。大変興味深い。呼んでいただき有り難く思っております」

 あくまでも「個人として手伝う」のだから問題はない。

 オスカーの返事に、ヴィンセントは「そうか」と短く答えた。満足そうだ。

 シウは契約魔法を掛けたという書類をヴィンセントの机の上に置き、口を開いた。

「今からベニグドのところに行ってきます」

「ああ。だが、お前はすぐに戻れ」

「えっ」

「ベニグドの企みに『シウと話す』が入っているかもしれん。彼を連れていく間に詳細を説明するのは構わんが、お前には別件を頼みたい。ジュストもまだ戻らないからな。俺の手伝いも要る」

「はあ、分かりました」

 シウがチラリとオスカーに目をやれば、ヴィンセントは分かっているとばかりに頷いた。

「ベルナルド、彼に魔法耐性の強い騎士を付けてやれ。地下牢の移動の件は進んでいるな?」

「はい。そろそろハッセ伯爵が現場に着く頃です」

 セサル=ハッセは第一級宮廷魔術師だ。空間魔法のレベルも高い。彼が直々にベニグドの移動と結界を施すようだ。オスカーの方がレベルは高いが、他国の人間に犯罪者の移動までは任せられない。そもそも、オスカーのスキル構成についてはまだ話していなかった。

 とはいえ、二人もいればベニグドが逃げるのは無理だ。

「説明係はシウが適任だろう。途中まで付いていけ。だが、奴に顔は見せるな」

「はい」

 ベニグドを警戒する意味もあるのだろうが、他にもシウを早く戻したい理由があるようだ。シウは問い返すことなく頷いた。

 たぶん、オスカーも気付いているのだろう。笑顔で会釈し、執務室を後にした。


 騎士が二人、シウたちを先導する。その間にオスカーが空間魔法で「遮断」してくれたため、シウは急いでベニグドに関する情報を伝えた。

「なるほど、随分と危険な思想の持ち主だ。人を自在に動かし、更には困っている姿を楽しむとは、なかなかの御仁ですねぇ」

「精神魔法のレベルも高いです。レベル上限だと思っていただいた方がいいかと」

「ふむ」

「過去、彼に魔法を掛けられたと思われる人たちもいますが、痕跡が残っていません。僕の友人もその被害に遭っています」

「ほほう」

 オスカーが小さく笑った。シウが見上げると、彼は楽しげにウインクした。

「シウ殿、もう少し隠す努力をしましょう。せめて、ヴィンセント殿下のような『演技』をしてくださらないと」

「え?」

「今の話だと、まるでシウ殿が鑑定できたかのようだ」

「あ、いえ、知り合いが『視た』話です」

「ふふふ。精神魔法のレベル上限者と、その痕跡をくまなく確認できるだけの鑑定魔法持ちですか。しかも人物鑑定に長けている。となれば、どういった人物なのかが絞られてくる。わたしはこれでもシャイターン国の軍人ですよ。一等魔法兵の地位は伊達ではない。他国の、魔法スキルの高レベル保持者一覧を見られる立場にもある。と、そう言えば分かるかい?」

「あー」

「腹芸ができないのだねぇ」

 どこまでが本当の話かは分からないが、どうやらシウはオスカーに嵌められたようだ。けれど、悪意のある駆け引きではなかった。

 その証拠に、こうして教えてくれる。オスカーは苦笑した。

「大丈夫。契約魔法にもあった通り、この三日間で得た情報は秘匿すると誓おう。研究には生かしたいけれど、元ネタは明かさないよ。それに――」

「それに?」

「成果を上げたら引き抜いてもらえるかもしれない、といった皮算用もある」

 とは、ラトリシア国か、あるいはオスカリウス家にだろうか。シウは目を丸くした。

「もしかして、どこかに盗聴器でも仕掛けていましたか?」

「ほら、それだ。シウ殿はもう少し、腹芸を覚えないと」

「今のは分かっていて言った冗談です」

「ははは」

「……本当ですよ? オスカリウスに来ませんかって誘うつもりでした」

「おや」

「軍の待遇が不満そうでしたし」

「ほほう」

「オスカリウスは研究もさせてくれますよ。ちょっとブラックですが」

「ブラックとは? 確か、黒いという意味の言葉ですね」

「あー」

 シウはロトスから聞いた「ブラック企業」や「ブラック校則」の話を脳裏に、どう言えば嫌がられずに「オスカリウス」へ興味を持ってもらえるか考え考え説明した。


 話が脱線したものの、ベニグドに関してはほぼ伝わった。時間があったので大河に魔獣が溢れていた件も教えた。ウルティムスの間諜が入り込んでいる件もだ。

「ベニグドの身体を調査するにあたって、知っておいた方がいい情報でしょうから」

「そうだね。やり口を想像できるから聞いておいて良かったよ」

「やり口?」

「シャイターンは離れているけれど、ウルティムスのやり口は分かっているつもりだよ。たとえば、希少獣だ」

 シウは訝しげにオスカーを見た。

「シアン国の希少獣がシャイターン経由で盗まれているのだよ。もちろん、我が国の希少獣も少なからず被害に遭っている」

「そんな」

「シュタイバーンは隣り合っているけれど被害は少ないだろうね。一般人が自由に希少獣を飼える国だからだ。周囲の目がある。管理もされているね。オスカリウス辺境伯の目が行き届いているのも関係あるのかな。黒の森の増殖を止めようと日夜励んでいる。その影響で不審者も入り込めないとか。全くないと言い切れないのは、ウルティムスと接しているのがオスカリウス領ではないからだと思うよ」

「ああ、確かに。隣の領に犯罪者たちの抜け道があると愚痴を零していたような」

「……奴等は他国へ出向いては堂々と犯罪を犯す。小領群で戦争を起こすのもカモフラージュだと言われているよ。本心は黒の森にあるとされる過去の栄光の奪取だ」

「断言しますね」

「わたしも興味があるからだ。古代帝国時代の遺物が発掘できるとなったら、どうあっても行きたいと願う研究者は多いよ。もっとも、敵を手引きしてまで行きたいとは思わない。当たり前のことだけれど、それぐらいの良心はあるからね」

「もしかして、ウルティムスに協力する学者がいると? 僕が思う以上に多いのでしょうか」

 シウが眉を顰めると、オスカーは頷いた。


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