578 目的の変更と専門家招聘、仕事の割り振り




 シウは低い声で告げた。

「ベニグドを貴人用の牢ではなく強固な結界に入れましょう。彼の計画から彼自身を守るためにも」

 そして。

「ウルティムスの間諜はベニグドを助けには来ないでしょう。もう、ほとんどが逃げ出しているかもしれません。ただ、何も持たずに出るとも思えない」

 ヴィンセントがジュストを見る。

「聖獣の守りは固めたのだったな?」

「はい」

「宮廷魔術師には騎士を付けている。魔法使いも複数で行動させ、点呼も欠かしていない」

 ジュストが頷いた。

「行方不明になった者はいません」

 シウは少し考え、ハッとなった。ベルナルドがソファから立ち上がった姿を見て思いだしたのだ。シュヴィークザームと共に王城内を走った際、多くの人が溢れているのを見た。その中に、騎士のような格好の若者もいた。ような、というのは服装が簡素だったからだ。装飾が少ないのも階級が低いせいだと思っていたが、それにしては格好が違う。

「……騎士院や技術院、魔法使いの卵を育てる機関がありますよね?」

 全員が固まった。シウの言いたいことに気付いたようだ。

 すぐに動けたのはヴィンセントだ。

「ガリオ、院長に連絡を入れろ」

「はっ」

 ヴィンセントの従者が通信魔法を飛ばした。


 その間に、シウはベニグド対策としてある人物を王城に招きたいと頼んだ。

「シーカーには今、魔獣呼子や迷宮核について研究する専門家が来ています」

 ただし、シャイターン国の人間だ。シウはヴィンセントに告げた。

「オスカー=クナイスル一等魔法兵です」

「シャイターンの軍属か」

 さすがに渋い顔だ。他国の軍人を対策本部に招くのが有り得ないことだとは分かっている。

 ただ、専門家が足りないのも事実だ。ラトリシアにも研究者はいるだろう。しかし、ベニグドのような男を相手に対応できるかと問われたら難しいのではないか。オスカーは軍人でもあるから胆力はある。

 もちろん他に推薦できる研究者がいるなら構わない。残念ながらジュストのリストにはなかったようだ。さりとて他国の軍人は受け入れがたいのだろう。迷っている。

 シウは苦肉の策として、ある提案をした。

「契約魔法を受けてもらうのはどうでしょう」

「……相手にそれを受ける旨味があるか? 俺ならば断る」

「研究が好きな方です。軍に属しているのも研究のためじゃないかと思っています。実は、アドリアナの魔獣スタンピードにも関わっていて、その際に契約魔法を掛けさせてもらった経緯があります」

「お前は一体、何をしているんだ」

 ヴィンセントが呆れ顔でシウを見る。

「秘密主義になる理由が分かるというものだ。お前は事件を嗅ぎつけるのが趣味なのか? ああ、安心しろ。俺はお前が引き起こしたとは思っていない。そうした人間がいるのは分かっている。神に愛された者に多い事例だからな」

 当たっているだけに、シウは何とも言えない顔になった。

 ヴィンセントもそれ以上は追及しなかった。呆れ声のまま話を元に戻す。

「時間があれば別の手も取れただろうが、今はとにかく人手が欲しい。専門家として招聘しよう。ウゴリーノを間に入れるか?」

 ジュストが眉を顰めた。招聘という形なのも、ウゴリーノを通すことでヴィンセントが他国の軍人を呼び出す事実についても思うところがあるのだろう。シウは手を挙げた。

「僕を挟んだ方が、後々を考えると楽ではありませんか」

「いいのか?」

「説得も僕がやります。なんだったら、彼を引き抜いてもいいなと思っているので」

 とは、キリクの顔を思い出したからだ。キリクはオスカリウス領に優秀な人材を集めるという趣味、もとい使命がある。オスカーを引き入れる件も案外、喜んでくれるかもしれない。



 オスカーはシウの通信を受け、二つ返事で了解した。

 事情も分かるのだろう。アレンカを置いてくるとも言った。彼女は渋々ながら残ることを受け入れたようだ。

 オスカーを運ぶのはククールスだ。彼は第一陣としてプルウィアとクラリーサをフェレスに乗せてきたところだった。第二陣のエドガールとクレールを連れてくる際に、オスカーも乗せると言う。人数を考えると一頭に二人だ。

「(スウェイは他人を乗せても大丈夫?)」

「(こんな事態だ。我慢してくれるとよ)」

「(そう。ありがとう。助かるってお礼を言っておいて)」

「(おう。ていうか、シウの声が聞こえてるよな、スウェイ)」

 微かにスウェイの返事が聞こえ、シウは笑った。

 最終的に、呼び寄せた五人は全員集まってから執務室手前の会議室にやってきた。先に着いていたプルウィアとクラリーサが二人だけで来るのを躊躇ったからだ。ヴィンセントに挨拶すると思って尻込みしたのだろう。残念ながら、二人にとっては幸いなことに、ヴィンセントにその時間はなかった。

「仕事は殿下の筆頭秘書官であるジュストさんの従者、クリスさんから説明があるよ」

 説明はクリスだが、手伝いの四人を取りまとめるのはアルフレッドだ。

 クリスとアルフレッドは仕事ぶりが認められて従者に引き立てられている。順調に行けば次は補佐官になるらしい。やがては秘書官となれるだろう。他の王族の秘書官にヘッドハントされる可能性もあるが、二人はジュストの下で働きたいようだ。ジュストもヴィンセントの秘書官を増やしたいと考えており、部下をビシビシ育てているところだと話していた。

 そのジュストは現在、国王のところに向かっている。魔法使いの若手がウルティムスに狙われているかもしれない件で、連絡を受けた国王らが「直に説明を聞きたい」と言い出したからだ。言われたのはヴィンセントだが、彼はそれをジュストに押し付けた。

 クリスも四人に仕事の割り振りを済ませると、次の仕事で部屋を出ていく予定だ。とにかく人手が足りない。

「君たちには上がってくる各部署の報告を時系列にまとめてほしい。中には走り書きもある。報告書の内容も定型通りじゃない」

 パラパラと書類を捲っていたプルウィアが手を挙げた。

「時間が分からない場合は前後の文章や他の報告書と照らし合わせて『およその時間』を付けておきましょうか。断定はしません。付箋で、説明も付けておきます」

「……助かるよ。本当に優秀なんだね」

 クリスは感心し、これなら別の仕事も任せられると次々用意した。アルフレッドにも「大丈夫そうなら次はこれを頼んでもらえるかい?」とお願いする。二人は同年代なので気安い仲だ。「そうだね、分かった」と気軽に請け負った。

 クリスは一通りの指示を終えると、書類を抱えて出ていった。

 残されたアルフレッドが廊下を挟んだ向かいの部屋に皆を連れていく。

「僕たちは、事が終わった時に『多くの人に事件を正しく伝える』ために必要な書類を作ります。それには今から情報をまとめておかないと間に合わない。よろしくお願いします」

「はい!」

 四人は真剣な様子で応じ、近衛騎士や侍女らが見守る中で作業を始めた。


 その間、オスカーは待っていてくれた。ヴィンセントの手が離せなかったのも理由の一つだが、シウが緊張する四人のために付いていたからだ。書類仕事のやり方ならアルフレッドがいるから質問もできるだろうが、まだ学生の四人にとって「いきなり王城に連れて来られた」環境はストレスになる。

 指示に不明な点があっても問い返していいのかさえ、彼等にはまだ分からない。

 だから最初のうちはシウが間に入って「アルフレッド、ここは複写魔法を使っても?」と代わりに確認を取った。そのうち「優秀なシーカーの生徒にどこまで説明すればいいのか」と迷っていただろうアルフレッドも遠慮なく指示するようになった。

 反対に、シウがアルフレッドに対して気軽に話し掛ける様子は、四人に安堵をもたらしたようだ。積極的に質問する。

「もう大丈夫そうだね。あっちも手が空きそうだから、オスカーさんを連れて行くよ」

「シウ、ありがとう」

 アルフレッドが顔を上げる。四人もだ。

「こちらこそ。皆をよろしくね」

「もちろん」

「皆、大変だと思うけど頑張って。ここの侍女さんたちは優秀だから、遠慮せずに身の回りのことについて任せるといいよ」

 侍女たちが静かに会釈する。彼女たちは働く皆のサポート役だ。水分補給だけではなく食事や休憩を促す。特にまだ若い女性が二人もいるのだ。当たり前だが、部屋の扉は開いたままだ。プルウィアだけでなく貴族女性であるクラリーサのため、完璧なサポートをしてくれるだろう。


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