576 スパルタ教育、各自の持ち場、人選




 その後、脱走した騎獣たちは順番に教育を施された。

 最初は聖獣が指導係として、次にシウとブランカが加わる。時々フェレスも交ざった。

 終わった後、騎獣たちは「死ぬほど追いかけられた」と恐怖を語ったけれど、その代わりにルールを守る大切さを覚えた。人間の指示にただ従うのではなく、本当にそれが正しいのか「考える」ことの必要性を彼等は知った。

 ちなみに、騎獣たちは聖獣に懇々と説教されたのも恐怖であったが、何度やっても追いつかない脅威のスピードマニアたちが一番怖かったらしい。追いかけっこを交代したら今度は逆にあっという間で捕まる。その勢いたるや、もう思い出したくないと震えるほどだった。

 騎獣たちの話を《感覚転移》で聞いてしまったシウは「ブランカが張り切ったもんね……」と彼等に同情した。あのフェレスが「かわいそー」と言うぐらいである。

 ブランカは後輩に嬉々としてスパルタ教育を施すタイプのようだ。ジルヴァーの調教が始まった時にどうなるのか、シウはほんの少し不安を覚えた。


 当のブランカはスッキリした様子でシウに甘えてくる。

「よしよし。今日は頑張ったね」

「ぎゃぅん~」

「ぎゃ……」

「ぎゃぅ~!」

 聖獣や騎獣が見ていても平気でゴロゴロしているブランカに、スウェイが「甘えすぎでは」と注意した。それに対する返事が「いいんだもーん」だ。

 ククールスはスウェイを呼び戻した。どうやら彼が「注意してやって」と指示したらしい。スウェイは、役目は果たすとククールスの下へゆっくり向かう。

 入れ替わるように、アントレーネがシウのところに来る。

「シウ様、あたしらは今日このまま獣舎本棟で過ごすのかい?」

「シュヴィがどうするかにもよるけど、うーん」

 辺りは暗くなってきている。

 夜になれば間諜も動きやすい。

 ベニグドは再度捕縛し、今度は頑丈な地下牢に入れたと連絡があった。魔法使いが五人も必要になったとヴィンセントに愚痴を零された。他にもあちこちに手を取られて大変だったようだ。その分はまたシーカーからの増援で賄った。そうなると、シーカーの防衛にも皺寄せが行く。

 シウは少し考えてから、口にした。

「シーカーで避難中の生徒や参加者も学校で夜を明かすと思う。一部は宿に移動できるかもしれないけれど、護衛の数が足りないから全員は無理だろうね。となると一箇所に集まりすぎる。魔法を無効化する魔道具が相手側にあるとしたら、レーネたちに行ってもらう方がいいかもしれない」

 彼女たちなら臨機応変に対処できる。

「あたしらがかい? だけど、あたしらは部外者も部外者、しかも冒険者稼業だよ?」

 シーカーのような貴族出身の生徒が多い場所に護衛として入ってもいいのかと不安げだ。

「フェレスを連れていたら問題ないんじゃないかな。それにカスパルもまだ学校にいる」

「カスパル様か。それは心配だね」

 アントレーネは頷いた。


 もちろん、勝手に動くつもりはない。シウはヴィンセントに連絡を入れ、許可を取った。もちろんウゴリーノにもだ。

「上が良しとするなら、あたしは構わないよ。そうだ、ククールスもいれば『エルフだ~』って喜ばれるかもしれないね」

「俺もかよ」

「あんたの知り合いもいるじゃないか」

「プルウィアが皆に紹介してくれるなら動きやすくなるんじゃないかな」

 というわけで、二人にはシーカーの応援に行ってもらった。

 アントレーネはフェレスに乗り、ククールスとスウェイ、それからクロと共に向かう。

 クロを付けたのは、彼が学校内をシウと一緒に走り回っていたからだ。皆に広く存在を知られている。

 フェレスも今でこそ学校に通っていないが、以前は生徒と同じように廊下を歩いていた。彼は誰もが知る騎獣だ。名前は知られていなくとも、姿を見れば一発で「あのフェーレースか」と気付いてもらえる。

 何より、このメンバーがいれば魔獣が現れても心強い。冒険者は魔獣討伐の専門家だ。魔法使いは魔法を封じられたら一般人より弱いが、冒険者なら物理で戦える。

 それに騎獣に乗って縦横無尽に動き回れる彼等なら皆の助けになるはずだった。



 夜になると、騎士が率いた騎獣隊員がやってきた。洗脳されていた隊員は外されている。連れてこられたのは非番だった者など、洗脳された形跡のない兵ばかりだ。彼等に騎獣を引き渡すと、シュヴィークザームは一度ヴィンセントの下へ戻ることになった。

 獣舎本棟が安全だと判明した上、聖獣らのやる気も知れた。更にシウが完全結界を掛け直したことで安心したようだ。《魔道具探知機》といった便利な魔道具もカリンに渡した。

「ひとまず、皆は『しっかり寝て英気を養うように』。明日の朝、体調が万全でなければ仕事は与えません」

 シウが告げると、聖獣たちがピシッと整列した。

「はいっ!」

「分かりました!」

「休みます!」

 何故か、ブランカのスパルタ教育の延長のようになっている。聖獣たちが張り切って返事をするせいか、お世話係の人たちがシウに変な視線を向けた。

 違うんですと言い訳したかったけれど、ブランカの主はシウだ。諦めた。

 シウは聖獣たちに曖昧な笑みを返すと、ブランカを連れてシュヴィークザームの後を追った。ヴィンセントが心配になったのだろう、歩く速度が速い。

 この聖獣の王はなんだかんだで相棒が好きなのだ。


 ヴィンセントは夜になっても忙しそうだった。相変わらず、指示を仰ごうとする人の出入りでひっきりなしだ。もちろん通信魔法による連絡も入った。秘書はおろか従者も協力し合って情報を一つにまとめている。

「戻ったか。どうだ、納得したか? 安全であっただろう」

「うむ。安堵した。カリンがよくやってくれている」

「そうか。アランよ、お前の目から見てどうだ?」

「聖獣の王の姿を目にしてからの彼等のやる気には目を見張るものがございました。カリンが聖獣をまとめられたのも、聖獣の王が無事と分かったからです」

「ふむ」

「……恐れながら今少し報告を続けさせてください」

「なんだ?」

「シウ殿の存在も彼等に影響を与えたと思われます」

「そうか」

「聖獣の王のご友人であることはもちろん、カリンが信用しているから、という気持ちもあるのでしょう。またシウ殿の指示をよく理解し、受け入れておりました。散らばった騎獣を集める際にも方法をよく考えて動いてます」

 ヴィンセントは顎を撫で、小さく笑った。

「それで、明日は聖獣も出ると言い出したか」

「はい」

「契約者がいる聖獣は動かせないが、それ以外なら構わない。アラン、近衛の中から幾人か乗れる者を推挙せよ。聖獣への騎乗を許可する」

「はっ」

「近衛のリーダーはお前だが、実際に聖獣を動かすのはシウだろう。それに従える者を選べ」

「承知いたしました」

「シュヴィはシウと行動を共にせよ。シウを乗せても構わんが――」

「いや、我はブランカに乗る。ブランカ、我とシウを同時に乗せられるな?」

「ぎゃぅ!」

 執務室まで一緒に付いてきてしまったブランカが「乗せる~」と元気に答えた。シウは周囲の視線から目を逸らした。

「そうか。その方がいい。お前が契約者以外を乗せていると、こんな状況でも一々抗議に来る馬鹿がいる。あれを追い返すのは面倒だ。クソ忌々しい」

 全員の視線がヴィンセントに集まる。シウも目を丸くして彼を見た。本人は気にした様子もなく、手を振った。

「もういいだろう。下がれ。部屋でおとなしくな。ああ、シウは残るように」

「あ、はい」

「えぇー! どうして――」

 何か言いかけたシュヴィークザームの言葉を、ヴィンセントは最後まで聞かなかった。

「シュヴィの部屋までは近い。護衛はアランとブランカがいれば問題ないだろう」

 執務室はおろか、シュヴィークザームの部屋までも、近衛騎士らが厳重に警戒している。

 だからシウの護衛は必要ないと、一刀両断だ。ヴィンセントは最後までシュヴィークザームに喋らせなかった。

 シュヴィークザームは昼間に自分が我が儘を言ったという自覚があってか、それ以上は反論しなかった。「夜には休ませてやってくれ」と言い残し、とぼとぼ部屋に戻った。

 後を追うブランカの尻尾は楽しそうに揺れていた。


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