574 違いの分かる子供と聖獣たちの暴走
アランにはお世話係たちと情報交換をしてもらい、その間にシウはシュヴィークザームとカリンの三人で話し合った。
話し合う、というよりは報告だろうか。
「聞きたくない話かもしれないけど、いいかな」
「なんでしょう」
「カリンの前の主、チコ=フェルマーが今回の件に関わっているみたいなんだ」
「そうなんですか?」
あまり驚いた様子ではなかったため、シウも淡々と説明した。
カリンが驚いていないのは、もしかするとシュヴィークザームのおかげかもしれない。彼の手がさりげなくカリンの腕を掴んでいる。時折、撫でるように触れていた。
本性の姿であれば、きっと彼等は身を寄せ合っていたのだろう。人型になっているから、人間のように手で触れる。シウがそうしたように、シュヴィークザームもカリンの気持ちに寄り添いたいのだ。
「有り得る話ですね。今思うと、あの人は欲に塗れていました。贅沢を禁止され、部屋に軟禁された状態で我慢できるとは思えません。親族もおとなしい方々ばかりでした」
だから押さえ込めなかったのだろうと語る。
「カリン、よく『見える』ようになったんだね」
「ええ。あれから勉強しました。時々、人に交じって仕事もするんですよ。人は本音と建て前があって、嘘もあるし、心を読み解くのは難しい。けれど、面白いところもあります。良い人も多い。もちろん、心の昏い人と一緒に居続けるのは耐えられませんが……」
チコを思い出しているのだろうか。ほんの少し視線が下に向かう。
シュヴィークザームがカリンの肩を撫でた。
カリンはふと笑顔になって、シュヴィークザームを眩しそうに見つめた。
「わたしたちには王がいます。王が癒やしてくださった。だから、大丈夫です」
カリンは、シウの心配する気持ちに気付いていたようだった。
話が終わった頃に、フェレスたちが見回りから戻ってきた。
「にゃにゃにゃ」
「ぎゃぅ」
「大きな異変は見当たらなかったな」
「踏み荒らした跡はあったけどね。あれは人の足跡じゃない。聖獣たちだろうと思うよ」
「ウェルティーゴのせいだろ。フェレスやブランカが嫌そうな顔をしてたし」
「そうだね。そう言えば、クロやスウェイは平気そうだったじゃないか。なんでだい?」
アントレーネに聞かれた二頭が首を傾げる。
「きゅぃ?」
「ぎゃ」
さあ、何故だろう。そんな様子でスウェイがシウを見る。
フェレスとブランカが特別に鼻が利くというのもあるだろうし、クロとスウェイは魔法の使い方が上手いので風で散らしたとも考えられる。あるいは子供の方が空気の変化を感じ取りやすいのかもしれない。子供といってもフェレスとブランカはもう成獣だが。
どちらにせよ、彼等に何事もなくて良かった。
シウは二頭と同じ仕草で首を傾げながら、そう告げた。労りの言葉も掛ける。
「確認作業お疲れ様。皆、ありがとうね」
「だが、全員揃っていないのは問題であるぞ」
とはシュヴィークザームだ。いつの間にかシウの横に来ていた。
「え、誰かいないの?」
「プリュムがおらぬ」
シュヴィークザームがほんの少し顔を顰める。それを見たカリンが、ずいっと前に出た。
「プリュムはスヴェルダ殿下に付き添っていたいと申しまして、例の襲撃の直前に抜けておりました」
「そうだったか」
「大河の件で皆が騒いでおりました。主のいる聖獣は心配だったでしょう。幸い、人間側も気にしてくれたようです。全員ではありませんが、代表者が聖獣の様子を確認に来てくれました」
中には契約していてもここで暮らす聖獣がいる。話しぶりから相手は王族だろう。王族なら、誰も彼もが今は忙しいはずだ。それでも代表者を寄越した。聖獣らは主が無事だと聞いたからこそ今こうして落ち着けている。
その聖獣たちがシュヴィークザームに訴え始めた。
「我々も魔獣討伐に向かいたいのです」
そもそも最初に「大河方面で魔獣の気配がある」と感じ取ったのは聖獣たちだ。
その報を聞き、先遣隊が大河に向かった。騎獣でだ。全部の騎獣が放たれたわけではなかったからこそ、移動に使えた。
後に続いた討伐隊が使ったのも騎獣だ。騎士の数人は聖獣に乗っていたけれど、彼等は元から一緒に暮らしていたのだろう。
ここにいる聖獣が温存された理由は、彼等が「王族専用」だからに違いない。
しかも、ほぼ同時刻に聖獣の住む場所に不審者が入り込んだ。その前には騎獣隊の騎獣らを解き放つという事件があったばかりだ。
国が聖獣の安全を図って外出禁止を命じたのも当然である。
シュヴィークザームは、自分たちも役に立ちたいと言い募る聖獣たちを宥めながら、シウにチラと視線を寄越した。その目に「場を収めてほしい」という要望が込められている。
シウは苦笑を隠し、真面目な顔を作った。
「皆の気持ちは有り難いんだけど、大河から溢れ出た魔獣の討伐はほぼ収束に向かってるんだ。それより、君たちにはもっと大事な仕事がある」
「仕事!」
「それは何でしょうか」
「我々にもできる仕事ですね!」
シウは微笑んだ。騎獣だけではない。これは希少獣全般に言えるが、彼等は「仕事」が好きだ。その仕事とは「人間の役に立ちたい」に近いだろうか。希少獣は優しくて素直な良い子ばかりだ。
シウはまず、人差し指を立てた。
「まだ飛び回っている騎獣たちを呼び戻すこと、彼等に指示を与えることも大事だね。軍にいる騎獣たちは人間の指示を違わず聞けるような子ばかりではないみたい。特に担当者たちは、不審者の精神魔法によって普段の様子と違っている。騎獣たちは戸惑っていると思うんだ」
「なるほど、不安もあって戻ってこない騎獣に活を入れるのですね!」
「あー、うん、まあそんな感じ?」
「我々が騎獣隊隊長の代わりに指示をすれば良いと。なるほど!」
「確かに聖獣の言葉なら聞けるでしょう」
「そうだ。そのまま我等が率いて不審者を追えば良いのではないだろうか」
「それはいい!」
「あー、待って、それは止めよう」
「何故だ? いいではないか」
背中から撃ってきたのはシュヴィークザームだ。シウは呆れた。
「シュヴィ……」
「我がいるのだ。敵どもも恐れおののくであろう」
「いや、あのね。一番狙われているのはシュヴィだからね?」
それまで唖然としていたアランも慌てて口を挟んだ。
「そ、そうですよ。いけません。聖獣の王ですよ。自ら動く王がどこにおりますか!」
「ふむ」
「あ、そうだね、それだ。王は泰然自若としてどっしり構えてないと」
「ふむぅ」
二人がかりで丸め込むと、元々ものぐさ系の聖獣だ、落ち着いてきた。
問題は残りの聖獣たちだった。
シウは両手の平を前に向け、皆を宥めるように続けた。
「聖獣の能力が高いのは分かっている。けど、相手は君たちが今まで出会った人間の中にはいないような、想像も付かない考えの持ち主だよ。平気であくどいことができる。そんな相手にどう立ち向かえる?」
「我等、聖獣が全力を出せば!」
鼻息も荒く答えた聖獣に、シウは真面目な顔で返した。
「以前、僕と戦って負けた聖獣がここにいるよね?」
ハッとした様子で口を噤む聖獣が数頭。
カリンも目を泳がせた。
「卑怯な人間の考え方を理解している? 僕らの予想を上回る罠を張るよ? 人間に害をなせない聖獣が、どうやって対抗するつもりかな」
皆が黙り込んだ。可哀想な気もするがハッキリと告げる。
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