573 聖獣たちの様子
途中、廊下の曲がり角で人と擦れ違う場面もあったが、シュヴィークザームはそれを華麗に避けた。なるべく天井すれすれのコースを選んでいるとはいえ、猛スピードで飛んでくる聖獣や騎獣の姿に腰を抜かす人もいる。
それでも王城の中心だ。ヴィンセントの教育が行き届いた文官や兵士、使用人らは頭を下げて道を空けてくれた。
そうではない場所もある。アランの注意もあって、シュヴィークザームは途中から別のルートを選んだ。窓から飛び出たのだ。
その直前で、シウは慌てて魔法を使った。窓をぶち破られてはたまらない。後続にガラスが飛び散る危険よりも、王城内の備品を壊す方が怖かった。アランに魔法を見られたが構わない。どうとでも誤魔化せる。
それは騒ぎに気付いた王城内の人たちにもだ。
シウが振り返ると貴族の姿が見えた。窓に張り付いて指を差している。
王城内を飛行していたと知って見に来たのだろうか。
それもあっという間に見えなくなった。
以前は建物から建物へと渡り廊下を歩いて進んだ聖獣たちの住む場所に、シウたちは空から入った。
入る前に、全体に掛けられている防御魔法を「解除する」。聖獣のシュヴィークザームなら空からでも自由に出入りできるそうだが、それ以外は弾く設定になっているそうだ。聖獣や騎獣たちも専用の場所からでしか出入りできないという。
「直前で気付けて良かったよ。本当にハラハラするなあ」
「すまぬすまぬ、忘れておったな」
こういう非常事態の時だけ発動する魔法らしい。だからシュヴィークザームも忘れていた。
ちなみに解除という言い方で誤魔化しているが、シウの持つ無害化魔法を利用している。咄嗟に空間魔法を使って全員を囲み「シウの一部」として認識させた。
なにしろ防御魔法が掛けられていると気付いたのが本当に直前だったのだ。術式が付与された場所を探し「中身を展開して解除する」という時間が取れなかったのだから仕方ない。
上手くいって良かったが、弾かれていれば無理矢理入ることになった。ハラハラしたというのはシウの本心である。
そんな調子ではあったが、渡り廊下に上がれる階段下に降り立つと、すぐさま獣舎本棟に向かう。獣舎本棟は大型体育館のような建物だ。隣には聖獣たちの個室があるため、皆が集まるならここだろう。
シウの《全方位探索》でも多くの聖獣が示されていた。
はたして。
「おお、皆、無事であったか」
真っ先に建物へ入ったシュヴィークザームが安堵の声を上げる。そんな聖獣の王に、聖獣たちが駆け寄った。
駆け寄りながら、シウたち人間の姿が多いと見て取った聖獣らが次々と転変する。全員と言葉を交わすには人型になるのが一番だ。
聖獣たちは口々に語り始めた。
「不審者は撃退できましたが、本当に追わなくて良かったのでしょうか」
「奴等、変な薬を投げてきました。騎獣なら昏倒していたでしょう。ひどい臭いだったんですよ!」
「そうだ、シウ殿の薬があったおかげで助かりました」
「シウ殿はすごいです!」
と、シウにまで集まってくる。
彼等はシーカー魔法学院を襲撃した騎獣隊の騎獣たちと同じだ。自分の知っている情報をとにかく伝えたいのだろう。
シュヴィークザームは誰も怪我をしていないか確認するのに気持ちが向いており、話を聞いていない。半分ぐらい流しているようだった。
そのため、シウとアランの二人で聖獣の話をまとめた。
ククールスとアントレーネには周辺の警戒を頼んだ。フェレスたちを連れて、妙なものが仕掛けられていないか確認に行く。彼等はフェレスがいるから自由に動けた。フェレスはここにいる聖獣たちとも顔見知りだし、誰とでもすぐに仲良くなれる特技があった。その朗らかな性格で相手が根負けし、やがて友達になってもらえるようだ。
おかげで「こっちに抜け道があるよ」と教えてもらっていた情報を思い出し、人が入ろうとは絶対考えないような茂みを潜っていく。
「マジかよ、本当にここに入るのか?」
「にゃにゃー!」
「ククールス、早く進んでおくれよ」
「ぎゃぅ!」
「ぎゃ……」
フェレスたちが抜け道の話を大声で話している。聖獣のお世話係たちが微妙な顔でいるが、諦めてほしい。シウは一瞬だけ「ごめんなさい」といった視線を送ったが、それよりも聖獣の話をまとめる方が大事だ。
「うんうん、分かった。なるほどね」
カリンもやってきて、シュヴィークザームに挨拶した後はシウとアランに報告してくれた。
「一帯を防御していた魔法が数秒だけ止まったんです。その間に薬が撒かれたのだと思います」
「魔道具が壊されたわけではないんだよね?」
「はい。数秒止まって、また発動しました」
「……術式の解除というよりは空間魔法かな。もしくは魔法無効のアイテムを持っているのかもしれない」
「魔法を無効にする? ですが、そういった魔道具はかなり高価な品ですよね」
「国宝級でしょう」
とはアランだ。彼も聞き取りを終えてシウたちの会話に交ざった。
「たとえばなんだけど、水晶竜、クリスタルムドラコの鱗があれば魔法は無効化できるよ」
だから簡単なんだという意味で答えれば、アランが半眼になる。
「国宝級ですね」
「あー。そっか、うん、まあ」
シウは目をぐるりと回してから、苦笑した。
「でもほら、ウルティムス国なら持っているんじゃないかな」
「国宝級をそう気軽に外へ持ち出すでしょうか」
「一般的には、って言っていいのかどうか分からないけれど、普通の国は外に出さないのかもしれない。だけど――」
「あの国は一般的とは言えませんね」
アランが頷く。
「とにかく、無効化しようと思えば意外と簡単にできるって話だよ」
シウ自身も水晶竜の鱗を大量に持っている。
水晶竜関係の素材は山ほどあって空間庫の肥やしになっていた。キリクとアマリアの結婚祝いとして加工したり、隠れ住むハイエルフたちの防衛に使用したりしたが、それだけでは減りようがない。
小さな量でも効果が出るため、費用対効果があると言えるだろうか。
つまり、水晶竜一頭分を手に入れただけでもかなりの人数に行き渡る。もちろん使えるように加工するにはそれなりの手間もお金もかかるが。
ただ、歴史本にも水晶竜を倒したという話はよく出てくる。最初は一つの国が囲い込んでいたとしても、長い年月の間に散逸するだろう。
それらを密かに集めようと思えば、それが国という組織であれば尚更、簡単だ。特に金に糸目を付けないタイプの国家ならば。
「シーカーの大図書館に忍び込んできたウルティムスの間者もアイテムを多く身に着けていたんだ」
魔石、魔核はもちろんのこと、高価な素材の数々を持っていた。魔道具もだ。全ての魔道具を解析したわけではないが、技術力は高かった。
「当然、王城に忍び込むような間者なら国宝級の代物を持っていると考えた方がいい」
「……そうですね」
アランが神妙な顔で頷く。
カリンも同じような表情を見せた。
「我々も鑑定か防御の魔道具を持つべきでしょうか」
「聖獣は悪人を見分ける能力はあるんだろうけど、悪意には弱いものね」
騙されると言えばいいのか、そもそも彼等は基本的に素直にできている。疑うことを知らない。特にラトリシア国の聖獣たちは王城内で大切に育てられているせいか、人間の言うままだ。従ってしまう。
一応、人間に騙されていた経験のあるカリンが教育を見直しているそうだが、シウには心配だった。
心配と言えば、カリンの前の主についても気になる。
シウは少し考え、シュヴィークザームを呼んだ。
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