572 優しい聖獣の王の願い




 カレンはシュヴィークザーム専用のメイドだ。家格が低いためメイドという立場にあるが、実際はもう侍女と呼んでいい。シュヴィークザームの近くに部屋を用意してもらえたなら安心である。

「お菓子、食べる?」

「……後でいい」

 珍しいこともあるものだ。それだけ聖獣や騎獣らが気になっているのだろう。自分の目で無事を確認したいのかもしれない。

 シウが微笑むと、シュヴィークザームは居心地悪そうにソファへ座り直した。

「僕が護衛として付いていくよ。アランさんも一緒だって。それなら動いてもいいそうだよ」

「あやつが許したのか?」

「うん。そのために僕が呼ばれた」

「ぐぬ。我のせいか」

 シウが大河沿いで魔獣討伐に勤しんでいた事実と、呼び戻されたことで戦力不足になったのではないかと想像したらしい。

 シュヴィークザームは我が儘を言うけれど、そこに悪意はない。欲望に素直なだけで、本心は優しい。希少獣だけでなく人に対しても慈愛を抱く生き物だ。

 自分だけ良ければいいと考えるような、そんな我が儘ではなかった。

 王城に逃げ込んできた貴族とは根本的に違う。


 優しい聖獣の王に、シウは笑顔のまま首を横に振った。

「落ち着いてきたところだったし、あっちは大丈夫だよ。冒険者も兵士も関係なく、皆で後始末の真っ最中じゃないかな」

「そうか。いや、待て。後始末だと?」

「うん。ほとんどの魔獣は討伐できたと思う。小さな魔獣は隠れているかもね。でもその程度なら冒険者が倒せる。見逃すはずがない。片付けも兵士が率先してやってくれてるし。流れてしまった魔獣もいるにはいるけど、それはドレヴェス領で網を張るしかない」

 海までは距離があるため、陸の魔獣なら大半は死んでしまうだろう。ただ、ところどころに船着き場がある。足がかりにして陸へ上がっては危険だからと、ドレヴェス領や王都から向かった兵が対処する予定だ。

「大河に現れた魔獣はそれほど多くない。最初の処置を間違えていたら『サタフェスの悲劇』の再来となった可能性もあるけれど、そこに至るまでにはもっと日数が必要だった。僕らは半日と掛からずに最初の手を打てた。だから問題はない」

 問題は王城にある。

「それより、聖獣を狙うウルティムスの排除が先だ。ベニグドを捕らえても、彼が仕掛けた内容を素直に話すとは思えない。彼は精神魔法のレベルが高いから尋問にも耐えてみせるだろうしね」

「うむ」

「だったら、聖獣を守る方が優先される。その中でも特にシュヴィだ。命に優先順位を付けるわけじゃないけれど、最も囚われてはいけないのが聖獣の王だからね」

「……うむ」

「シュヴィが捕まったらヴィンセント殿下は手も足も出ない。彼だけじゃないよ。聖獣たちもウルティムスに従うしかなくなる。その意味が分かるよね?」

 シュヴィークザームは静かに頷いた。

 シウは立ち上がり、シュヴィークザームの隣に座った。彼の手を取り、笑顔になる。

「シュヴィは強い。聖獣の王だもの。敵う相手なんて、ほぼいない。だけど、何事にも抜け道はある。今回のこともそうだった。まさか大河に、大木と魔獣を同時に流すなんて誰も思い付かなかったんだ。だから念には念を入れよう。大丈夫、僕が必ずシュヴィを守るから」

「うむ!」

 シュヴィークザームは顔を上げ、大きく頷いた。

「そうだな。シウよ、お主は我を守る盾となれ。そして、聖獣や騎獣らを悪しき者から守るのだ!」

「仰せのままに」

 シウは立ち上がり、貴人に対する最上級礼をとった。それを見たシュヴィークザームが笑う。普通の人と同じ、良い笑顔だった。



 近衛騎士のアランを先頭に、シウとシュヴィークザームが並んで歩く。シュヴィークザームが急かすため速歩だ。

 シウたちの後ろにククールスとアントレーネが続き、スウェイとブランカ、最後尾にフェレスが付いてくる。

 クロはシウの真上を飛んでいた。天井すれすれで、気配を消して飛んでいる。万が一、この一行が襲われた場合は連絡係として現場離脱を命じてあった。ヴィンセントにも伝えてあるが、味方だと分かるように白たすきは掛けたままだ。

「離宮までが遠い! 全く、聖獣を大事に思うのなら我の近くにあればいいものを」

「こっちに場所が作れなかったんじゃない? 聖獣たちは本来の姿で過ごすのが好きだろうし。シュヴィは人型でのんべんだらりするのが好きだろうけど」

「うぐっ」

「走り回れる環境は大事だよ。あそこは木々も多いし、屋内で過ごせる専用の建物も広かった。彼等にとっては居心地が良い場所なんだよ」

 シュヴィークザームは聖獣の割には運動が好きではない。シウは彼が聖獣姿になって飛ぶ姿を数えるほどしか見ていなかった。とにかくゴロゴロしたがる。

 本来の聖獣は飛ぶのが好きだ。人型になる方が珍しいぐらいだった。

 もっとも、聖獣が人型を取るのは「相棒と同じ姿になりたい」からだと聞く。

 ラトリシアの王城に住む聖獣たちの半数以上は決まったパートナーがいない。だから本性のままに過ごすのだろう。

 つまり、シュヴィークザームが人型でいるのは契約相手が好きだからだ。

 シウはふふっと静かに笑い、彼に告げた。

「運動不足解消のためにもシュヴィが毎日飛んでいって皆の様子を確認したら?」

「そうだな! 歩くよりは飛ぶ方が楽であるからな!」

 そこでシュヴィークザームが立ち止まった。アランが慌てて振り返る。

「……飛んでいけば早いのではないか?」

 皆が動きを止めた。

 そうだ、そうすればいい。何故、思い至らなかったのか。

 先入観のせいだ。王城内での騎乗は禁止されていた・・・・・・・・・・・・・・・

 だが、今はどうか。

「アランさん、大丈夫だと思います?」

「……はい。王族に連なる方々をお助けする場合など、緊急の事態が起これば近衛騎士は自身の裁量で動いて良いとされています」

「聖獣の王は確か、王族と同等でしたよね?」

「むしろ、ポエニクス様を優先せよと命じられております」

 全員が一斉に息を吐いた。それからすぐさま動き始める。《騎獣用装備変更首輪》に魔力を流して騎乗帯を付け、ククールスはスウェイに、アントレーネがブランカに乗る。

 屋内や狭い場所では一人一頭の騎乗が推奨される。そして、知らない誰かを乗せる場合、一番慣れているのはフェレスだった。アランはフェレスに騎乗してもらう。

 シウは飛行板に乗るつもりだった。一番乗り慣れているのが制作者のシウだからだ。

 その準備をしようと取り出す前に、シュヴィークザームが転変して体を寄せた。

「[我に乗れ]」

「いいの?」

「[構わん。お主なら騎乗帯がなくとも乗れるであろう。さ、早く乗れ]」

「分かった」

 飛び乗ると、その体でどっしりと受け止める。普段の怠惰な様子からは想像も付かないが、聖獣とはこれほどまでに安定しているだ。

 シウはシュヴィークザームの首元を撫でながら、声を掛けた。

「動きを阻害していない?」

「[問題ない。それより、もっと足で挟め。お主が落ちるであろうが]」

「大丈夫だと思うよ。魔法も使うから」

 何の魔法かは言わなかった。しかし、シュヴィークザームなら分かるだろう。彼は一つ頷くと、ふわりと体を浮かせた。首だけ後ろに向け、皆に合図する。

「[行くぞ。我に付いてこい。遅れるなよ?]」

 挑発めいた物言いに、最初にやる気を示したのはフェレスだ。

「にゃっ!」

「わっ、ちょ」

 アランが慌てて騎乗帯の綱を手に取る。

「ぎゃぅ!」

 ブランカも返事がいい。その流れだ、スウェイも珍しく声を上げた。

「ぎゃう……」

 仕方なし、といった様子ではあったが皆に合わせる。ククールスは苦笑しながらスウェイの体を撫でた。

 クロは発進を待っている。いつでも出られるらしい。

 シュヴィークザームは全員の確認を済ませると、前に向き直るやスッと飛んだ。

 あまりにも自然で滑らかな発進だった。






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