571 シュヴィの様子とアルフレッドの活躍
ラトリシア国でも聖獣は国が保護する。その上で、上位貴族や優秀な騎士らに下賜しているが、最近は「健康診断」などと称して頻繁に里帰りをさせているようだ。それもあり、また全ての希少獣を我が子のように思うシュヴィークザームのこと、ほぼ全ての聖獣を見知っている。心配する気持ちは理解できた。
「それで、シュヴィは無事に切り抜けたんですね?」
「ええ。我々も慌てていたため、どうやったのかは分からないのですが。シュヴィークザーム様は結界の魔道具だと申しておりました。シウ殿は結界の魔道具を幾つも開発し、特許を取られていますよね?」
「あ、はい」
なるほど、咄嗟に「結界の魔道具を使った」と言い訳したのだろう。
シュヴィークザームの姿が消えたというのなら、シウは「《転移指定石》を使った」と考えられる。場所を聞けば温室に近い廊下だった。シュヴィークザームが温室にも《転移礎石》を設置していたのなら、そこに一旦「転移で避難」し、ごたごたの最中に戻れば「結界を解除して現れた」ように見えるかもしれない。
シウは以前から、咄嗟の場合に転移を使う練習をした方がいいと彼に勧めていた。その成果と言えるだろうか。
シウが内心で安堵していると、近衛騎士がまた続けた。
「不審者は取り押さえましたが、どうやら洗脳されていたようです。悪人どもの仲間ではないため、尋問しても詳細は分からないでしょうね」
「その不審者の件とは別に聖獣たちが襲われたんですか?」
「はい。ほぼ同時期に起こっています。とはいえ、全くの無関係ではない。全てが関係していると考えるのが妥当です」
現在、シュヴィークザームはヴィンセントの執務室にいるという。
シウが向かっている先だ。
執務室の扉は開け放たれていた。ひっきりなしに人が出入りしている。ピリピリしたムードの中、シウは誰の咎めもなく部屋の奥に招き入れられた。
シウ以外のメンバーは手前で止められる。
「申し訳ありませんが、お連れ様や希少獣はこちらでお待ちください」
「はい。皆はここで待っててくれる?」
「おう」
「ああ、助かったよ」
次期国王のヴィンセントに会うのは気が進まないらしい。ククールスもアントレーネもホッとしている。その気持ちはシウにも分かった。
控えの間には顔見知りの近衛騎士や従僕のアルフレッドもいた。彼等が目交ぜしたので、安心して後を任せられる。
シウは会議室らしき場所を通って奥の部屋に入った。
「来たな、シウ。ここへ」
ヴィンセントは一瞬だけ顔を上げるとシウを近くに呼んだ。手は多くの書類を捌いている。集まる情報の読み込みだろうか。時々走り書きし、傍に侍る秘書官のジュストや従者らに渡している。
シュヴィークザームの姿はない。気配を探ると隣室にいるようだった。
少しして、ヴィンセントが口を開いた。
「悪いが、お前はシュヴィに付いてやってくれるか」
「護衛ですか?」
「というよりは、宥め役と見張り役に近いな。アレが『囮をやる』と言い出して困っている」
「あー。狙われたのが自分なら、餌としてちょうどいいと考えたんですね」
「短絡的だが気持ちは分かる。アレは仲間意識の強い生き物だ。自分一人でなんとかなるならと考えたのかもしれん」
「そういうところは本当に『聖獣の王』なんですよね」
「無駄にな。この忙しい時にアレを止めるのも面倒だ。人手も足りん。やりたいようにやらせることにした」
その代わり確実に守れる人間が必要だ。それが可能なのはシウだと、ヴィンセントは判断したらしい。
「シュヴィの我が儘を聞き流せるのが僕だけだったんですね」
「そうとも言う」
「分かりました」
「アランを連れていけ。絡んでくる貴族避けだ。権限もある。それから、ベニグドだが――」
そちらの方が気になる話題だった。シウが視線を向けると、ヴィンセントも書類から顔を上げて見返してきた。
「一度捕まえたが逃げられた。精神魔法のレベルが思った以上に高かったようだ。奴め、あっさりと洗脳してくる。兵士の持つ装備では太刀打ちできん。今、追い込んでいる最中だ。魔法使いと近衛騎士を前に出しているから次は大丈夫だろう。問題は、もう一人だ」
「ウルティムスの間諜ですね」
「そうだ。ベニグドの登城時に一緒だった男がいる。だが、門兵らは幻惑を掛けられていたのかハッキリと覚えていない。あれらは顔を覚えるのが仕事だ。それなりの魔道具も持たせているのに無効化されている。魔法スキルが高い相手だと考えた方がいい」
「はい」
「ウルティムスが狙うものは何か。欲しいものは何かを考えてみた」
「……聖獣ですね」
「そうだ。あの国には聖獣がほとんどいないと聞く。希少獣自体も少ないそうだ。だが、奴等は『機動力』が欲しい」
「あとは魔法に関する技術もでしょうか」
「そうだな。実は王城内にある図書館が荒らされた」
「えっ」
声を上げたシウに、ヴィンセントは何故か笑った。それからペンを置き、首を回す。
「図書館の話題で慌てるか。そうだな、シーカーの禁書庫を守ったのもお前だった」
「あ、はい」
「安心しろ。アルフレッドの機転で禁書庫は守られた」
「アルフレッドが?」
「ジュストに仕事を割り振られて走り回っている最中、ふと気になったようだ。ウルティムスの間者がシーカーの大図書館に押し入ったのなら、王城の図書館も例外ではないと」
ちょうど通り道から近かったこともあり、彼は護衛として付けてもらっていた騎士と共に図書館へ寄った。
そこで不審者を発見したというわけだ。もちろん、彼や騎士一人でなんとかなるものではない。そこでアルフレッドが咄嗟に取った方法が「シウと通信中の振りをする」だった。
シウの名前を出せば怯むかもしれない、そう考えたそうだ。
彼は大声で「シウ殿、来てくれるんですか? もうすぐ着く? 助かります! 僕は今、図書館の前です」と口にしたらしい。
声は少しだけ開けた扉から中に届いたのだろう。不審者は禁書庫に辿り着く前に窓から逃げた。応援の騎士や兵士らと図書館に入ったアルフレッドは荒らされた室内に憤りを感じつつも、撃退できたことに安堵したようだ。彼はすぐさま上司のジュストへ報告し、改めて図書館の閉鎖に取りかかった。
本当に大事な書物は王城の地下深くにあるそうだから安心ではあるが、図書館にも稀覯本は置いてある。アルフレッドは怒りを原動力に閉鎖の指揮を執った。
王城にある図書館は一つではない。王族の住まう宮殿にもある。貴族院や技術院といった場所にも立派な図書館があった。アルフレッドはそれら全部を閉鎖した。
「お前の活躍を聞いて発奮したのだろう。さっき戻ってきたところだ」
今は休憩を兼ねた待機時間らしい。
「ちょうどシウが来る頃だ、顔を見れば安心するだろうと待機させておいた。ああ、お前も少し休め。食事は摂ったのか?」
「先ほど、ブランカの上で」
「さすがは冒険者だな」
行儀が悪いといった指摘はない。こんな事態だ。ヴィンセントらも書類を片手に食事を済ませたのではないか。
シウはポーションの差し入れを申し出てから、隣室に移動した。
シュヴィークザームはシウの姿を見るなりソファから立ち上がり、駆け寄った。
「ヴィン二世がひどいのだ!」
「うん、心配してくれているね」
「……うむ。まあ、そうとも言うか」
「とりあえず座ろう。休憩させて」
そんな言い方をすれば、心根の優しい聖獣の王だ。すんなりと引いた。シウにソファを勧め、その向かいにシュヴィークザームも座る。
「カレンさんの姿がないけど、大丈夫?」
「あれは我の自室の横に部屋を用意させ、留め置いている。近衛騎士も一人置いてきた。問題なかろう」
「なら、良かった。あそこは奥にあるし、そうそう人は入れないからね」
メイドたちは住み込みが多いそうだが、宿舎の建物は王城の端にあるという。上位の侍女なら中央に、もしくは主の寝室近くに用意されるそうだ。
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