570 上流の偵察結果と王城に呼び出し




 シウはクロからの報告をそのままヴィンセントに告げた。

「(流木と魔獣の数が減ってきているようです。この調子なら、一時間ほど耐えれば解消できると思います。念のため、もう少し上流まで警戒範囲を広げてみますが――)」

「(待て、飛竜を出す。ニーバリ領に飛ばす予定だった隊列の一部を割けばいい。偵察させているお前の希少獣は小型だったろう? 無理はさせるな)」

 ヴィンセントの思わぬ優しさに、シウは一瞬言葉に詰まった。

 彼に見えていないとは思うが、つい頭を下げて礼を言う。

「(ありがとうございます、そうします)」

 その上で、飛竜たちが現場に到着するであろう時間を逆算し、こう告げた。

「(では、クロは半時間後に撤退させます)」

 それだけあれば見逃しもない。大河の監視は大事な仕事だ。なるべくなら目を離したくなかった。

「(いいだろう。こちらはベニグドをもうすぐ捕縛する手筈だ。手引きした人物の洗い出しは終わっていないが、魔法使いたちが総力を挙げている。ああ、追加でシーカーからも応援が来る予定だ)」

「(シーカーから?)」

「(セサル=ハッセだ。『後輩が優秀だから指揮を任せられる』そうだぞ。防御魔法に長けた魔法使いもいるようだな。今いる者だけでシーカーは守れるらしい。こちらの方が人手が足りないから応援に来てもらう)」

「(そうですね。あそこは今どこよりも安全でしょう。揃い過ぎと言えるぐらいです)」

 通信の向こうでヴィンセントが小さく笑ったようだった。


 クロが戻ってくると、今度は連絡係を頼んだ。ついでにフェレスや下流に向かった冒険者たちの様子を見てきてもらう。万が一飛行系魔獣と間違えられては困るので、クロにも目立つよう大きな白たすきを掛けた。

「飛びづらくない?」

「きゅぃ!」

 大丈夫だと答えるや張り切って飛んでいく。クロもまた自分の仕事に誇りを持っている。

 それは魔獣討伐に勤しむ人々も同じだ。

 シウの作った壁に向かって追い立てる騎士や冒険者たち。シウが倒した魔獣を端に寄せ、どんどん片付けていく兵士らも一心不乱に頑張っている。

 流れの速い川面ギリギリで魔獣と戦うククールスやアントレーネ、対岸に渡った冒険者もそうだ。

 魔撃隊は余裕が出てきて、堰き止めようと張った網を擦り抜ける魔獣を崖の上から討ち取る。死骸は流れてしまうが、下流で待ち構えている冒険者や応援に向かった兵士なら対処できるだろう。

「そろそろ落ち着いてきたかな」

 今まで経験した魔獣スタンピードと比べると数は圧倒的に少ない。

 しかし、今回は「オスカリウス」といったスペシャリスト集団がいなかった。戦力を分散させなければならなかったのも痛い。

 王城にいた騎獣も多くを解き放たれた。まだ全部は連れ戻せていない。

 更に、師団ほどではないにしろ、多くの兵を王都外の森や草原に潜ませていたのもマイナスに働いた。

 皆がベニグドを警戒していたのに、何故か大河については誰も気にしていなかった。シウもだ。

 大河の広さ、流れの速さに誰も彼もが安心しきっていた。

 そこから「人が王城攻めをする」とは誰も思っていなかったのだ。何故なら、兵を大量に、しかも安全に運び込むには大型船が要る。ましてや大型船の建造には莫大な費用が掛かるだろう。それ以前に、大型船建造の情報は隠しておけない。逆に隠れて建造できるであろう小型船では、大河の航行は無理だ。よしんば船着き場に到着できたとしても、階段を封鎖されたらお仕舞いである。切り立った崖を素早く登れる兵士は少ない。

 普通に考えれば、城攻めに大河を使おうなどと誰も考えないはずだった。

 この先入観にベニグドは付け込んだ。

 まさか大木を流すことで魔獣の足場とするなど、想像もしていなかった。

 痛恨のミスだ。

 しかし、憂えてばかりではいけない。禍があれば即座に対応する。地道に対処するしかない。



 しばらくして警戒飛行中の飛竜から連絡があった。別便でニーバリ領に飛んだ一行からも同様に連絡があり、その結果がシウにも届く。

「(大木と魔獣はもう流れてこない。終わりだ。残党狩りには森で待機させていた大隊を向かわせた。下流の冒険者らにも交代で上がるよう伝える手筈だ。ドレヴェス領の応援部隊も大河に向かっている。それより、そこはもう落ち着いただろう? 後始末は魔撃隊や兵士に任せる。お前とその一党はこちらへ来てくれ)」

 ヴィンセントの指示に、シウは頷いた。

「(分かりました。対岸に渡った冒険者も引き上げさせますか?)」

「(いや、可能なら残党狩りを引き続きやってもらいたい。応援部隊は送るが、専門家もいた方がいいだろう)」

 ヴィンセントは王領に他領の応援を入れたくないようだ。まだ冒険者の方がいいと考えたらしい。シウは冒険者の代表に通信を入れ、その旨を伝えた。

 その後、騎士らと引き継ぎを済ませてから、シウはフェレスやククールスたちを呼び寄せて王城に向かった。


 時間は昼を過ぎていた。シウは朝からずっと動きっぱなしだ。お腹も空いていたため、今のうちに軽食を摂る。ブランカには申し訳ないが時間も場所もない。彼女の背に乗ったまま急いで食べた。クロにも果物を与える。

 ブランカとフェレスは屋敷を出る前、ロトスに「食べていけ」と言われて一分で食事を済ませたらしい。まだ大丈夫だと言うから後にしてもらう。

 そうして、ヴィンセントの許可の下、シウたちは王族専用の発着場に降り立った。そこに見覚えのある近衛騎士が待っていた。彼はシュヴィークザーム付きのはずだ。

「大変な時にどうして――」

 言いかけたシウに、彼は苦笑した。

「大変な時だからこそです。あなたの活躍を我々は知っていますが、今の王城には有象無象の輩が入り込んでいます」

「あー」

「恥と思わぬ彼等に道理を説く暇もありません。あなたが殿下の下へ駆け付ける大事な時間を邪魔されないためにも、近衛騎士の姿は役に立つんですよ」

 シウは肩を竦めた。そして彼の誘導に任せて後を付いていく。ククールスやアントレーネもだ。騎獣は《装備変更》で騎乗帯姿を解いた。建物内に入る際には《浄化》を掛けて綺麗にする。

 振り返った近衛騎士が「器用ですね」と笑った。

 それから話を始めた。

「王都内で少し騒ぎはありましたが、兵士の巡回で事なきを得ました。問題は王城です」

「はい」

「聖獣が狙われました」

「えっ」

 近衛騎士は足を止めずに話を続けた。

「ご安心を。聖獣を取りまとめているカリンが差配しています。シュヴィークザーム様もご無事でした」

 と言うからには彼にも何かがあったのだろう。シウは胸がドキリとなるのを感じた。

「先ほど、シーカーからの応援が到着して鑑定魔法の術式とやらを付与して回っています。騎士と魔法使いの組を作って不審者を追い込む作戦も実行中です」

 主要施設を守るために離れられない宮廷魔術師もいるそうだが、ほとんどの魔法使いが走り回っているとのことだった。

「今回の件と関わりのない者も捕まっているため、多少混乱はしていますが」

「関係ない人が?」

「デルフ国の諜報員もいたようです。もちろん、そうではない国内の貴族も交じっていますが」

 言葉を濁しているので貴族同士のあれこれだろう。聞いても分からないシウには、それより気になることがある。

「シュヴィは大丈夫なんですね?」

「ええ、はい。すみません、お伝えしたい話が多かったので流してしまいましたね。先に逃げてくださったので問題ありませんでした。なんでもシウ殿にもらった魔道具のおかげだとか」

 シウは首を傾げた。シュヴィークザームに不審者対策のグッズを渡した記憶がない。

 そんなシウの様子は、前を歩く近衛騎士には当然伝わらなかった。話がどんどん進む。

「急に姿が見えなくなったので本当に焦りました。ちょうど聖獣たちを心配して移動している最中でしたのでね」

 シュヴィークザームは聖獣の王と呼ばれるポエニクスだ。彼は聖獣を含めた希少獣を我が子のように大事に思っている。この騒ぎで心配になり、移動を始めたところだったという。


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