569 後ろ盾の名とベニグドの居場所、皆の戦い方
シウの戦い方を知っている近衛騎士であり、ヴィンセントの指示を直接受けている彼は安堵したように力を抜いた。
「他の方にも伝言をお願いしていいですか」
少しだけ恥ずかしい気もしたが、シウはウゴリーノの台詞を思い出しながら目の前の近衛騎士に告げた。
「僕は『隻眼の英雄』であるキリク=オスカリウス辺境伯の戦い方を間近で見てきました。魔獣スタンピードの対策も叩き込まれています。それに一人で数時間、魔獣スタンピードの始まりを見守った経験もある。その際に間引きもやりました。ラトリシアではグラキエースギガスの討伐戦にも参加したんです。だから大丈夫、安心してください」
「は、はい!」
近衛騎士は笑顔で大河側に戻った。遠くに、後続組の姿が見えた。このまま彼等と合流して魔獣を追い立ててくれるだろう。
「さあ、ブランカ。やっちゃおうか」
「ぎゃぅ!」
キリクの名前を出したことで、シウが多少の無茶をしても「彼が教えてくれた」と言い訳できる。「隻眼の英雄」の名はこういう時にも役立つ。
内心でキリクに感謝しながら、シウは塊射機やら作り溜めておいた魔道具を取り出した。
魔獣の数はまだそれほど多くない。焦る必要もなかったため、シウはヴィンセントに通信を入れた。ある重大な事実を告げなければならないからだ。
「(どうした、直接連絡を寄越すということは緊急事態か)」
「(はい。先ほど王城上空を通過しましたが、その際にベニグド=ニーバリの反応を感じ取りました)」
「(なんだと?)」
「(王城の、たぶん、中央付近にいます。多くの人の気配で分かりづらかったのですが、高い位置ではないかと推測しました)」
「(何故、それが分かる)」
「(魔法使いの秘密です。それより、彼はこの騒ぎを『楽しんでいる』と思われます。また、ウルティムス国の関係者を連れ込んでいる可能性も高い)」
「(……それの裏付けについても聞くなということか)」
「(少なくともシーカーとは別件で、王都内に一人入っているのは確かです。何故知っているのかは説明できませんが)」
「(秘密主義め。いいだろう。情報感謝する。まずはベニグドを捕らえよう)」
「(お願いします)」
これで懸念事項が一つ片付く。ウルティムスの間者を見付けるのは容易でないだろうが、魔獣はこちらで対処するのだ、人間に関してはヴィンセントたちで何とかしてもらいたい。
シウは更に続けた。
「(殿下、もう一つ。こちらに冒険者の応援を頼みたいです)」
「(兵士よりもか? 兵士を送る準備は始まっているぞ)」
「(王城内を手薄にしない方がいいです。王都にも敵が入り込んでいると考えた場合、兵士の方が動きやすいでしょう。反対に、現在王都の見回りをしている冒険者を魔獣対策に回した方がいいかと思います)」
「(適材適所か)」
「(はい。王領側に上がっている魔獣もいます。散らばっているので、冒険者にはそれらを任せたいです)」
「(良いだろう。ならば、シウ、お前が直接呼べ。できるのだろう?)」
「(はい。念のため、こちらの応援だと分かるように白い布を持たせますね)」
ヴィンセントの了解を得たので、シウは次に冒険者ギルドに通信を入れた。冒険者仕様の飛行板に乗れる者を中心に集めてほしいと頼む。「王城上空を最速で飛び、王領の魔獣を討伐する」という緊急依頼に、最初は驚いていた職員も気を引き締めた。「即招集し、送る」と簡潔だ。時間的に、王都内に散開するであろう兵士と上手く交代できるのではないだろうか。
シウはククールスとアントレーネも呼んだ。二人は一度屋敷に戻ってスウェイを連れ、飛んでくると答えた。もちろんそれぞれに白い布を体のどこかに巻いてもらう。その用意は同時に連絡したロトスがしてくれるはずだ。
ロトスは一人だけ留守番なので寂しそうではあったが、ウルティムスの間者を警戒して大人しく屋敷で待っていると約束した。
そうこうするうちに魔獣の数も増えてきた。
しかし、騎士たちの追い込みが下手だ。あちらこちらへと散らばっていく。いや、多くは王城に向かっているだろうか。そこに多くの人が集まっているのを本能的に悟っている。魔獣にとってのご馳走だ。
仕方なく、ブランカに追い込みを頼む。シウは飛行板に乗り換えた。
「ブランカ、後でレーネを乗せて大河に行ってくれる?」
「ぎゃぅ!」
「また今度、ちゃんとブランカに乗るからね」
「ぎゃぅん~」
わーいと喜んで、ブランカは追い込みに飛んでいった。
彼女とペアを組む話になっているのに最近は構ってやれないでいた。今日こそはと思ったのだが、ブランカ一頭で動く方がずっと役に立つと考えてしまった。
シウの差配が上手ければ良いのだろうが他に思い付く案もない。とにかく目の前の魔獣討伐が落ち着くまでは「早く片付ける」を優先するしかない。
ブランカが追い込み班に入ったおかげで、徐々に魔獣の流れができてきた。シウのいる場所に向かってくる。
シウはそれを塊射機で倒せばいい。威力は高めてある。時に魔法を駆使し、ポーションを飲んでいる振りも入れつつの討伐だ。
一塊で来れば魔道具で爆発させる、という手も取った。もちろん、結界魔法は用いているし、地面も固めてある。大河沿いの崖を崩すといった真似はしない。
やがて、スウェイに乗ったククールスとアントレーネ、そしてヴィンセントの指示でやってきたであろう魔撃隊も運ばれてきた。運んでいるのは騎獣だ。乗り慣れていないから到着が遅くなったらしい。中には宮廷魔術師の姿もあった。
ククールスたちは真っ直ぐにシウの下へとやってきた。
「俺たちはどこを担当すればいい?」
「大河かな。崖上に追い立ててほしい。最悪は流してもいいけど、その場合は倒してくれる?」
本当は死骸を流すのも良くないが、生きてなければ下流側でなんとか処理できるだろう。
「分かった。フェレスは?」
「流れていった魔獣を追いかけてもらってる」
「あいつ一頭でかよ。うーん」
「冒険者組が来たら、半分はそちらに行ってもらうつもりなんだ。残りは対岸の王領に」
魔撃隊や兵士は王城を守りたいだろうから、対岸にまで気が回らないだろう。
「あー、な。確かに王領がやられたらヤバいわ。奥にはプリメーラもあるしな」
プリメーラは地下迷宮だ。危険な迷宮ではないが、外部から魔獣に入られると今の落ち着いた状態が滅茶苦茶にされる。国も、なんとしても排除したいはずだ。
「それにせっかくの畑が潰れるのも見たくないしね」
その話の間に、アントレーネがスウェイから降りた。
「あたしはここでいいかい?」
「レーネはブランカに乗ってククールスと大河を見てきて。ここの騎士や兵士は魔獣討伐に慣れていない。今はブランカだけで追い立てを担当している状態なんだ」
「そうかい。間引きと誘導だね。じゃあ、シウ様、行ってくる!」
アントレーネは胸を叩き、勢いよくブランカを目指して走っていった。ククールスも後を追う。走りながらスウェイに乗る姿は手慣れたものだ。騎乗も安定している。ラトリシア軍の騎獣隊とは雲泥の差だった。
この二人は海での戦いを経験している。下が水、という状況に慣れているとも言えた。だからやりようも分かるだろう。
はたして。
「やっぱり全然違うなあ」
散らばっていた魔獣の流れが更に整ってきた。《感覚転移》で感じ取っていた発着場の混沌とした様子も解消され始めている。
上手な差配の証拠だ。
魔撃隊も活躍し始めた。追い込みから外れた魔獣を一匹ずつ確実に倒す。
兵士らは死骸となった魔獣を魔法袋に入れて移動させ、常に戦いやすい「場」を作った。おかげで皆の作業が楽になる。それだけではない。続々とやってくる応援の冒険者に誘導を始めた。シウの指示を素直に受け入れ、その上で率先して動く。自然と協力しあう体制が出来上がっていた。
冒険者も近衛騎士も魔撃隊も関係ない。自分にできる最良を選んでいる。
そこにクロからの嬉しい情報が入った。これまでも逐一状況の説明が届いていたけれど、シウたちの欲しかった情報がようやく得られたのだ。
「数が減っているんだね?」
「(きゅぃ!)」
シウはそれをヴィンセントに報告した。
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「魔法使いで引きこもり?」14巻が発売中です!
魔法使いで引きこもり?14 ~モフモフと回る魔法学院文化祭~
発売日 : 2023/3/30
ISBN-13 : 978-4047374249
イラストは戸部淑先生
書き下ろしは「リュカと師匠」
素敵なイラスト盛りだくさんです!ぜひお手にとってみてください💕
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