568 バシリオの防御、王都上空飛行と大河




 シウは急ぎ、ドーム体育館に向かった。そこにバシリオがいるからだ。

 道中、ウゴリーノのからの情報を元に《全方位探索》を広げる。同時に《感覚転移》を使って王城の背後を流れるエルシア大河を視た。

 そこは大量の魔獣で溢れかえっていた。

 大河に棲む魔獣ではない。陸上に生きる魔獣が大半だ。

 では何故、流れの速い、深さもある大河にいるのか。

 理由は大量の木材が教えてくれた。彼等は大木の上に乗り、あるいは掴んだ状態で流れてきたのだ。

 それらが大型船の発着場に閊えた。大量の木材によって港や桟橋が見えない。跡形もない無残な姿だ。ここも事前に細工されていた可能性がある。

 大河を埋め尽くすほどの大木が次々と流れ込み、重なり合う。魔獣は大木を足場に壁を登り始めた。

 先遣隊の姿もあった。《感覚転移》を寄せれば、彼等の焦った表情までもがハッキリと分かる。それぞれが真っ青な顔で各所に連絡を入れているようだ。魔法による信号弾も上がった。

 かなりまずい状況である。

 シウはドーム体育館に着くなり強引に扉を開け、バシリオの名を呼んだ。

 彼は生徒会役員や教授らの輪から抜け、シウの下に駆け付けた。

「何か、あったのですね?」

「はい。その件で、場を任せるに相応しいのがバシリオさんだと思いました。どうか力を貸してください」

「もちろんです!」

 娘二人が走り寄る。不安そうに父親を見上げ、シウに視線を向けた。

「っ……」

 声にならない声で訴えかける。シウは微笑みを顔に乗せ、しかし真摯な態度で頭を下げた。

「お父さんをお借りしたいんです。不安だと思いますけど、お願いします」

「パパ、わたしたち――」

「大丈夫よ。ダナ、わたしたちのパパを信じましょう。だって、あの・・シウ様が頼ってくださったのよ。イサベルお姉様をお救いくださった方だわ。それってすごいことよ」

「う、うん、そうだよね。パパ、絶対、ちゃんと帰ってきてね?」

「……ああ、もちろんだとも! 君たちがいるからこそ、僕は最大限の力で戦える」

 娘二人を抱き締め終わると、バシリオはキリリと表情を変えた。

「わたしの『魔法』が必要なのですね?」

「はい。僕が見た中では、バシリオさんが防御魔法に一番優れています。その手数もさることながら、臨機応変にその場にあった魔法が発動できる」

「嬉しいねぇ。シウ殿にそうまで言ってもらえるとは」

 シウは苦笑で頭を小さく振った。

「ヴィンセント殿下の次席秘書官、ウゴリーノさんにも許可は取っています。引き継ぎは彼からお願いします。僕はシーカーから離れますので」

 バシリオはハッとなってシウを凝視した。

 シウが具体的に「何のために離れるのか」を口にしなかったことで、逆にその理由を察したようだ。

「分かりました。ウゴリーノ次席秘書官の指示を仰ぎましょう」

「通信魔道具はこちらを。盗聴防止となっています。すでにウゴリーノさんと繋がった状態です。あ、開放状態にしてあるので関係各所に聞かれています」

 バシリオはシウから通信魔道具を受け取ると、見よう見まねで素早く耳に取り付けた。

 そして、そのまま本校舎の屋上に向かった。ウゴリーノの指示が届いたようだ。

 ウゴリーノが手配しているため、途中で騎士と合流できるだろう。騎士の護衛があるのは、魔法を使うバシリオ自身が無防備になるからだ。

 バシリオにはこれからシーカー魔法学院全体の防御を担当してもらう。


 シウは最後にウゴリーノとの連絡を済ませると、開放状態だった自身の通信魔法を切った。

 これからはヴィンセントとやり取りを始める。さすがに開放したままだと互いの魔力消費が大変だ。ヴィンセント自身にも負担が掛かるだろうから、その都度連絡を入れることにした。

 シウはすでにヴィンセントから「自由に動け」と言われている。

 だから堂々とドーム体育館前からブランカに乗って飛行を開始した。待機していたクロとフェレスも合流し、王都上空を飛ばす。

 王城からも聖獣に乗った騎士や魔法使いらが飛び立ち始めた。彼等はシウたち一行が追い越しても驚く様子はなかった。ヴィンセントの指示が行き届いているからだ。

 顔見知りの聖獣からの「頼む」「頑張れ」の応援もあった。

 フェレスが「にゃにゃーん」と気の抜ける返しをしたが、彼等に聞こえただろうか。それだけ段違いの速度で王城の上空を通り過ぎた。



 王城と皆が呼ぶ場所は、実際には政治の中枢も集まっていることから敷地面積は広大だ。端には兵舎もあれば厩舎だってある。王城のためだけの畑や果樹園、牧場もあるのだ。いざとなれば王城に閉じこもって数年保たせるだけの仕組みが備わっている。

 それ以外にも騎士院に技術院といった教育を施す場も立ち並ぶ。

 獣舎本棟は聖獣専用の宮で、近くには多くの離宮が建てられていた。

 シウたちはそれらを眼下に通り越す。

 しばらくして大河と、王領に渡る大橋が見えてきた。ここは国の許可がなければ通れない。大型船も然り。使えるのは王領に出入りする人々だけだ。稀に魔獣対策として冒険者も呼ばれる。その場合は臨時の許可証が出された。シウも以前、この上を通る許可をもらって移動したことがある。

 今回は許可証など一切関係なく、大河はおろか王領にも足を踏み入れていい。大河に溢れた魔獣の一部が南の王領側にも入り込んでいるからだ。

 ただし、魔獣が多く上がってきているのは北側である。

「王城を守る壁はまだ破られていないし、後続組も次々と出てきていたから任せて大丈夫だよね」

「ぎゃぅ?」

「ここで分かれようか。フェレスは南側や西側にどこまで魔獣が流れ着いているのかを確認してきてくれる? もし倒せるなら、地上に上がった魔獣だけを狙ってほしい」

「にゃっ!」

 彼は返事をするなり飛んでいった。

 見送ると、今度はクロに指示を出す。

「クロは上流側の偵察を。今のところ飛行系の魔獣は見当たらないけど、充分に気を付けてね」

「きゅぃ!」

 こちらも返事をすると、シウの真上を一度だけ旋回してから弾丸スタートを切った。

「僕らはここで堰き止めようか」

「ぎゃぅ!」

 できれば、ここで倒してしまいたい。大河に押し戻して流すのは簡単だが、そうなると下流側の人々が困る。

 特にドレヴェス領が迷惑を被るだろう。

 大河は蛇行している。その形を考えると、魔獣が大河から氾濫した場合ヴィクトリア領都にまで及ぶ可能性もあった。間に草原や山もあるが、魔獣の勢いというのは激しい。

 そもそもこれだけ大量にいれば、もはや魔獣スンタピードだ。

「むしろ、ここでまとめて倒した方がいいな」

 幸いというとおかしいが、大型船発着場を上がった先にあるのは整地された訓練場だ。

 馬車を置く倉庫や、他にも備蓄用と思しき倉庫の数々もあるが、避難用のために用意された「何もない平地」になっている。こうした土地は王城の周辺に幾つもあった。

 シウは魔法を使い、まずは周辺にある建物を結界魔法で守った。

 王城を守る壁には大型の防御魔法が掛けられているから少々の魔獣に襲われても保つだろう。

 それよりも決戦場を作る方を優先だ。

「ブランカ、右に飛んで。うん、そのままの速度を維持して飛ぶように」

「ぎゃぅ」

 辺りに人の気配がないのを確認してから土属性魔法で壁を作る。反り返り型のシンプルな壁だ。これを大河側に向かって張り巡らせる。

 そこに先遣隊の一組が飛んできた。

「シウ殿ですかっ?」

「はい! ここを最終の決戦場にします。魔獣を追い込んできてください」

「承知しました!」

「もうすぐ後続組が着くはずです。誘導してください」

「分かりました。ですが、本当に魔獣を全部ここに?」

「大河に流す方が危険です。下流に細工されていないとも限らない」

「あっ、そうですね!」

 先遣隊も急いで調査に来たせいか冷静ではないようだ。

 シウは笑顔を向けた。

「大丈夫、僕は魔獣スンタピードに対応した経験があります」

 騎獣に乗った騎士がハッとした顔で頷く。彼は近衛騎士だ。ヴィンセント自ら指名して送り出したのだろう。シウも顔を覚えている。角牛狩りで一緒だった人だ。






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発売日 ‏ : ‎ 2023/3/30

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047374249

イラストは戸部淑先生

書き下ろしは「リュカと師匠」


素敵なイラスト盛りだくさんです!ぜひお手にとってみてください💕


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