567 第三隊騎獣隊の暴走
騎獣らは近くの木に繋いだ。ウゴリーノからは「衛士と騎士を向かわせる」と連絡が入る。兵士の魅了を解除して事情を聞くのだろう。といっても彼等が講堂を狙ったのは明らかだ。
貴族の避難がここだと知っていた。
情報を完全に締め出すのは不可能だから、それは仕方ない。しかし、だとしても的確すぎる。
シウは嫌な予感が消えないまま、先に講堂内部に連絡を取った。
「このまま避難を続けてくれるかな。それと、さっきの兵士は精神魔法で操られていただけだから」
中からは「不安がる人がいる」と報告があった。「兵士が洗脳されているのだから、この中にも洗脳された人がいるのでは?」という心配だ。
「大丈夫。避難前に急遽、出入り口に鑑定魔法を仕掛けていたんだ。何かあれば弾いてくれる仕様だ。これはヴァルネリ先生の作った術式でね、別の先生方のチェックも入っているから全く問題のないものだよ。そう伝えてくれる?」
中には生徒会役員が一人いる。まだ初年度生ではあるが、上位貴族出身の男子だ。彼はシウの言葉を聞いてホッとしたらしい。先ほどまで年上の貴族たちからあれこれ言われて焦っていたのだろう。「落ち着きました」と返事をくれ、更に「ここは任せてください」と請け負った。
「大変だろうけど、頼むね。僕は別の侵入者対策に向かうけど、ここにも応援がすぐに来るから」
「はい!」
シウは飛行板に乗って裏門へ向かった。
裏門から侵入した騎獣隊の多くはヴィンセントが元々手配していた兵士によって足止めができていた。
擦り抜けた騎獣のうち二組は、闘技場の近くでレイナルドと助手係になっていたヴェネリオ、シルトらが止めたようだ。
シウはそこを飛行板で通り過ぎ、寮に向かった。残りが寮に飛んだのを《全方位探索》で知ったからだ。
途中、眼下にいるレイナルドや友人たちに声を掛ける。
「騎獣隊の兵士は魅了を受けているけど、強くない。解除できる人が来るまで捕縛。騎獣は精神魔法を受けてないよ、そのまま放置しておいて」
「おう! こっちは任せておけ、お前は残りを止めろ!」
「了解です」
シウはスピードを上げた。
到着した時にはもう終わっていた。フェレスとブランカが騎獣たちを止め、業を煮やした兵士らが降りたところで踏み押さえたようだ。
困惑した騎獣らがオロオロと周りを歩いている。
「にゃっ!」
「ぎゃぅ~」
そしてフェレスとブランカはと言えば、シウを見付けるや自慢げに胸を張った。どうだと言わんばかりだ。
そのあまりに自信満々な様子と、しかし絶対に足を退けないぞという意思を前に、騎獣らは無抵抗になるしかなかったのだろう。
「フェレス、ブランカ、よくやった」
まずは二頭を褒める。フェレスは尻尾をぶんぶん振って「にゃ~」と鳴いた。ブランカは踏んでいた足を上げかけ、慌てて下ろす。捕らえていたことを一瞬忘れかけたらしい。
「ブランカ……。でもまあ、頑張ったね。フェレスに遅れまいと頑張って飛んだんだ?」
「ぎゃぅぎゃぅ、ぎゃぅ、ぎゃぅぎゃぅ!」
ふぇれが待ってくれない、速い、でも少しの差だったもん。そういった内容の、言葉というよりは感情めいた意思が伝わってくる。
「そう、頑張ったね。ありがとう。お手柄だよ」
それからフェレスの前に立ち、彼も褒めた。
「騎獣をこのまま行かせていたら大惨事になったかもしれない。止めてくれてありがとう。さすがフェレスだね」
「にゃにゃ~」
ぐねぐね体を上下させるが、足元はしっかりしていた。そこはブランカと違う。
そして上空にいたクロが舞い降りてきた。
彼もお手柄だ。それを教えてくれたのはフェレスだった。
「にゃにゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ!」
「クロが、擦り抜けた騎獣がここにいると教えてくれたんだね」
クロを手招きするとシウの腕にふわりと止まる。
「誘導してくれてありがとう。もしかして、騎獣をこちらに追い込んだ?」
「きゅぃ!」
「よくやったね。連絡もすぐくれたから助かった。ありがとう」
「きゅぃ~」
照れ臭そうに鳴く。シウは彼の頭を撫でると、次に騎獣らに目を向けた。
オロオロしたままの彼等はシウの視線を受けてビクリと体を震わせる。
「君たちが仕方なく従ったのは分かっているよ。別働隊の子たちもそう話していた。相棒の兵士たちが急におかしくなったんだよね?」
騎獣たちは驚いて「そう、そうなんだ!」と集まってくる。「分かってくれる人間がいる!」と安心したのだろう。口々に何があったのか、自分たちの知っている情報を教えてくれた。
シウはそれをまたウゴリーノに報告した。
まず、事の起こりはこうだ。王城の端にある第三隊の騎獣隊にチコ=フェルマーがやってきた。どうやら数日前に一度来ていたらしい。そして騎獣隊小隊長のバレン=プドロという男に「上手い話がある」と持ちかけた。
そして今日、バレンの手引きによってチコともう一人の「変な男」が入り込んだ。
しばらくして兵士らの様子がおかしくなり、第三隊のみならず、他の厩舎の閂を開けて回った末に「第一級警戒行動」を命じられた。これは、騎獣たちが王都のどこであろうと飛んでいいという意味だ。緊急性の高い事件が起こったのだと、騎獣らは判断した。
しかし、兵士らは飛んでいる間、何一つ声を掛けてくれない。人間が歩くような場所を低空飛行するのはたとえ第一級警戒行動中だとしても禁止されているのに、兵士らは低い位置を飛ぶよう命じた。緊急事態とはいえ「それらしい何か」は見えないし感じられない。いよいよ騎獣たちは「これはおかしいぞ」と不安になった。その矢先、シーカー魔法学院に突入したそうだ。
ウゴリーノが通信の向こうで頭を抱える姿が見えるような内容だった。
それでも彼は冷静だ。大きな溜息の後で「王城が今どうなっているのか」を話してくれた。どうやらシウが移動している数分の間にも多くの情報が集まっていたらしい。
「(騎獣らが『今日はお祭りだから遊んでいい』と言われて飛び出てしまい、機動力が失われつつあります。もちろん急いで集めているようですが)」
「それは……」
シウはチラリとフェレスやブランカを見た。この二頭もそう言われたら喜んで飛んでいくかもしれない。騎獣隊で働く騎獣たちも日頃の「仕事」から解放されて楽しんでいるのだろう。
そんな話をしていたら、ウゴリーノにまたも連絡が入ったようだ。彼はその内容をシウに聞こえるよう繰り返した。
「(セサル殿が最後の不審者を排除したそうです。それから魔法使いの自警団を幾つか作って警備に当たらせています。あの方は実力だけでなく派閥や階級を考えた上で組み合わせを瞬時に決めたようですよ。プルウィア嬢が興奮していました)」
シウは小さく笑った。彼女がどんな風に報告したのか、なんとなく分かってしまう。
「(セサル殿が各避難場所を回ってくださるようです。おかげで、こちらは安心して情報をまとめられますね)」
そう言った後に、小声で「扱いづらい魔法使いを上手に使ってくれるので大助かりだ」とも零す。それだけでも彼の負担は少なくなるらしい。普段どれだけ苦労しているのだろう。
シウはほんの少しウゴリーノに同情した。
なにしろ「魔法使いは扱いづらい」をシウも経験している。
たとえばヴァルネリがそうだ。彼は天才肌で素晴らしい教授ではあるが、周りに合わせるようなタイプではない。生徒の頑張りを褒めてはくれるが、落ち零れてしまいがちな生徒の尻を拭ってくれるわけではなかった。もっとも、そんな彼をフォローするために従者兼秘書が存在しているので、なんとかなっている。たまにアドバイスもくれるため、本気で勉強したい生徒なら落第はしない。
と、そんな細々とした情報を聞いていると、ウゴリーノの下に連絡が入った。今までと同じ癖で通信を繋いだまま彼が復唱する。
「(――ええ、それは、はい。え、なんですって、大河に魔獣が発生っ?)」
それは最悪の情報だった。
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