566 自分が一番、避難、異変、呼出
国民のためではなく自分たちが助かるために王城へ行く。その考えに、ウゴリーノは静かに腹を立てている。
「情けない話ですがね。貴族の中には身分の意味を理解せず、自分だけを良しとする者がいることも確かです。今、問題なのは彼等のせいで王城が混乱し始めているということですよ」
この忙しい時に、と悪態をつく。それからゴホンと咳払いした。
「そうした理由から、こちらに割ける人員が減るという報告がありました」
「仕方ありません」
王城には守るべきものが多い。尊い血筋の王族を優先するのは当然だ。
もっとも、シウは憂えてない。ウゴリーノも同じだ。むしろヴィンセントがそう決めたのは「応援を送らなくても対処できるだろう」とここにいる皆を信じているからで、実際にそれだけの戦力もある。シウは頷いた。
「ちょうど今、精鋭と呼べる魔法使いが多く集まっていますから。信用されていると考えたら皆も張り切るんじゃないですか」
「はは、そうだね。でもそこは『最強の魔法使いであるシウ=アクィラがいるからだ』と考えてほしいかな」
「えっ」
「殿下だけではありません。わたしもまた、君には大きな期待を抱いています。幸い、君は差配も上手い。ヴァルネリ殿然り、クラリーサ嬢然り。もちろん、あなただけではありませんよ。プルウィア嬢は、セサル殿に魔法使いを取りまとめる役を頼みました。現在は秘書のような立ち位置で頑張っています。協調性のない魔法使いに指示を出せるのは第一級宮廷魔術師の彼ぐらいだ。立場も家格も高い」
「では、今はセサル殿が現場の指揮を?」
「ええ。問題のない会場はそのままに、端にある会場や貴族が多い会場は少しずつ内容を変更して人を集めさせています。第一避難案を発動しました。緩やかに誘導を始めています」
生徒会役員を中心に、客人にはそれと分からぬよう誘導を始めているようだ。
安全な場所を多く作っているため、そこに入って貰えたら防御もできる。
会場も、たとえば大型の闘技場やドーム体育館などは強力な防御魔法の発動が可能だ。
講堂にも手を加えている。どちらも大勢の避難に向いていた。
「もし次に何かあれば第二避難案へ移行――」
その時、クロから連絡が入った。
「(きゅぃ、きゅぃきゅぃ!)」
シウは頷き、聞いたままをウゴリーノに告げた。
「ウゴリーノさん、騎乗した状態の兵が裏門に近付いているようです」
「緊急連絡で来た、とうわけではありませんよね?」
「クロが異変を感じるのですから、それなりの、怪しい動きをしているのだと思います」
ウゴリーノは一つ頷くと、裏門に詰めている兵士に連絡を取らせた。その間に、正門にも自ら通信を入れる。
数秒後、正門から悪い知らせが届いた。
「(騎獣に乗った兵らが制止を振り切って学院内に入りました!)」
取り押さえられたのは数組だけ。残りは通り抜けたという。騎獣に乗っていれば止めるのは難しい。
「僕が出ます。飛行板に乗りますけど、相手は騎獣です。機動力がある。うちの子を呼び寄せていいですか。こういう場面に慣れています」
「構いません」
今回、魔法競技大会に招く人たちのために生徒は騎獣を連れてきていない。獣舎は客用に明け渡していた。魔法使い自身やその仲間の乗る騎獣もいるだろうが、それを駆り出すわけにはいかない。また、相手は「兵士」だ。兵士と騎獣の組み合わせに対抗できる者は限られている。
シウは会議室を出てから通信を入れた。開放状態なのでウゴリーノに聞かれるが、構わない。
「(ロトス、僕だけど)」
「(おう、どうした、何かあったのか)」
「(騎獣乗りの兵士が学校に入り込んだ。フェレスとブランカをこっちに寄越してくれる?)」
「(えっ、マジかよ。分かった。えっと――)」
たぶん、自分も行こうかと言いかけたのだろう。が、シウは被せるように告げた。
「(ロトスはジルやエアストを守ってくれる? 屋敷の防衛も大事な仕事だ)」
「(分かった。フェレスとブランカは正門に向かわせていいんだよな?)」
「(高高度を飛んで裏門に行くよう伝えてくれる?)」
「(了解。あいつらウズウズしてるから即行だと思う)」
笑った声でロトスが言うと、近くにいたらしいブランカが「ぎゃぅ!」と鳴くのが聞こえる。シウとロトスの会話の内容など分からないだろうに、自分が活躍できる場があると悟ったのだろうか。やる気満々の声だった。
事実、通信を切って数分と経たないうちに二頭が動き出すのが分かった。《全方位探索》を確認すると猛スピードの物体がシーカーに向かっている。
シウが侵入した騎獣を追って講堂に着いたのと同じぐらいの時間で、彼等は裏門近くまで進んだようだ。
校舎内の移動ではさすがに飛行板が乗れない。廊下や階段の中では危険だからだ。
六角形の本校舎を抜ければ後は乗れると思ったシウだが、異変に気付いた観覧者や生徒たちが慌てているのを見付けてしまった。シウは廊下を走りながら声を掛け、どこが安全なのかを伝えた。学院内はすでに完全な避難態勢に入っている。第二避難案が発動したはずだ。会場以外をふらふら歩いていた人だけが避難に遅れている状況のようだった。それも生徒や衛士たちが集めて近くの会場に連れていっている。
シウが講堂に着くと、ラトリシア国の正規兵が騎獣から降りて大扉を開けようとしているところだった。背後から兵士に《鑑定》を掛けると、魅了中だと判明した。
手っ取り早く「魅了解除」してしまいたいが、我に返った彼等の対応をするにも時間がかかる。シウは次に簡単な方法となる「取り押さえ」を選んだ。
誰もいないので詠唱せず、魔法で捕縛する。近くに生えていた下草を利用してグルグルと巻いた。騎獣に乗ったままの兵士も同様だ。
可哀想なのは精神魔法の汚染を受けていない騎獣たちだった。彼等は困惑していた。
「よしよし。びっくりしたね? いきなり連れて来られたのかな」
「がるるる」
「ぎゃっ」
フェンリルやティグリスらは口々に「いつもとは違う」のだと説明し始めた。
ついでに普段の扱いが雑だという愚痴も入っていたけれど、おおむね世話はきちんとされていたようだ。だからこそ「突然、騎乗帯を付けられた」や「準備運動なしで王都内を低空飛行した」といった「普段とは違う行動」を取らされたことに戸惑っている。
ましてや、正門をぶち破る勢いで抜けてきたのだ。止める衛士や兵士、中には騎士もいただろう。
「ぎゃぎゃぎゃっ」
「がる、がうがうがう」
他の仲間がどうなっているのかも心配らしい。仲間思いの良い子たちだ。
不安がる彼等に、シウは簡潔に告げた。
「あのね、この人たちは悪者に心を操られたみたいなんだ」
驚く騎獣らに、シウは更に続けた。
「直前に何かなかった? いつもとは違う何か。たとえば知らない人が来たとか、争う声があったとか」
「がうがうがうっ!」
一頭のフェンリルが思い出したようだ。
あまり上手な説明ではなかったが、他の騎獣の意見も合わせて事の次第が判明した。
シウはウゴリーノに聞かせるつもりで、まとめた内容を声に出した。
「第三隊の騎獣隊厩舎にチコ=フェルマーが来たんだね? 彼を覚えていたのは『レーヴェのカリンに乗っていた人だから』か。その偉そうな人が小隊長を脅した、で合ってるかな? うーん、少し違うのか。唆したに近い? 最初は震えていたのに、金貨をもらって喜んでいたんだね? 分かった。それで変な人が入ってきた。その先は厩舎の外側だったから見ていない、と。うん、よく分かった。ありがとうね」
チコ=フェルマーは元伯爵だ。第二級宮廷魔術師で聖獣を下賜されていた。ところが、大型魔獣討伐の際に仕事らしい仕事をせず、更にフェレスを接収しようとした。他にも聖獣に対する扱いがあまりにひどく、彼は爵位剥奪の後に蟄居を命じられた。
屋敷に監禁状態だと聞いていたが、どうやら抜け出したようだ。
彼ならラトリシア国に恨みがあるだろう。元貴族として「変な人」を王城に引き込むぐらいはできるかもしれない。
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「魔法使いで引きこもり?」14巻が発売中です!
魔法使いで引きこもり?14 ~モフモフと回る魔法学院文化祭~
発売日 : 2023/3/30
ISBN-13 : 978-4047374249
イラストは戸部淑先生
書き下ろしは「リュカと師匠」
素敵なイラスト盛りだくさんです!ぜひお手にとってみてください💕
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