563 徹底防衛とシウの考え、今後の動き
ロトスは不審者を追いかけ「たぶん、そいつだろう」と思う相手の後ろ姿に鑑定魔法を掛けた。ところが妨害用の魔道具を付けていたらしく、詳細は分からなかった。ただ、幾つかは知れた。
それこそが、ロトスが通信してきた理由だ。
「(ウルティムスって書いてた気がするんだ……)」
彼らしくもない、不安な声だった。シウは努めて冷静に返した。
「(名前は?)」
「(あー、えっと。アラ、なんとかだ。とにかく鑑定魔法の結果が乱れてよく分からなかった)」
「(それ、『アラフニ』だと思う)」
「(え、なんで知ってんの?)」
「(こちらにも侵入者がいたからね)」
そう言うと、シウは学校内で起こった事件を掻い摘まんで説明した。それから感覚転移を使わないまま、ロトスに確認を取る。
「(今は屋敷にいるんだよね? 皆も揃ってる?)」
「(大丈夫。ロランドさんにも気を付けるよう話した。ジルは抱っこしてるし、ブランカも本宅に連れてきてる。エアストも一緒だ。フェレスは、庭で護衛の奴等と一緒に見回りするって聞かなくて、ここにはいないけど)」
シウは笑った。
「(庭なら大丈夫。今日の屋敷を担当しているのはモイセスさんだよね。警戒レベルを最大にしておくよう伝えてくれる? 強力な結界魔道具を張り直すはずだ。残っている客人にはロランドさんが説明するだろうから、皆はしばらく外に出ないで)」
「(分かった。けど、そいつ、王都の外で何をやってたんだろうな?)」
ロトスの言葉で、シウは無言になった。
以前、王都の中に希少獣の嫌うウェルティーゴという草を加工して持ち込んだ者がいた。その対策は進んでいるが、今でも時々、何かの拍子に発見されている。たとえば中身を知らずに持ち込んだ商人や定期便の馬車の底からだ。
ウェルティーゴに対抗すべく、シウは《飴ガム》を作った。薬師らが後に続けとばかりに各種商品を開発している。それらは王都内の希少獣らに配られた。
他にも「魔獣に細工をして暴走させる実験」騒ぎもあった。冒険者のフリをしたならず者に「誰か」が依頼して実験させたようだ。その誰か、いわゆる黒幕は、今も判明していない。蜥蜴の尻尾切りで実行者だけが処分された。
その時のことがあるから、ヴィンセントは「演習」と称して、軍の一部を王都の北にある街道に潜ませている。
南には大河があるため、魔獣スタンピードは発生しづらいとして配置はしていない。
しかし、ヴィンセントのことだ、王城の守りついでに背後にも気を配っているだろう。
二、三の打ち合わせを済ませて通信を切ると、シウは考えを口に出した。
「王城は無理だ、守りが堅い。三つ目の森までだって、冒険者ギルドが総力を挙げて魔獣を刈り尽くした。今も軍が目を光らせている」
シウの通信を傍で聞いていたラサルが、独り言の意味に気付いて頷いた。
「学内も同じです」
「王都内に騒乱の元となるウェルティーゴも多くは入っていない。対策もしてある。学院内だってそうだ。ベニグドが僕を警戒していたのなら、学院内に何かを仕掛けるとも思えない。そもそも、ラサルさんを初めとした職員の皆さんが見落とすはずがない。先生方も『妙な魔法』が施されていないか同伴してくれましたしね」
「ええ。でも、だとすると他に潜める場所はどこでしょう? 王都内にも衛兵が多く配置されています」
魔法競技大会で多くの人が訪れる。それを理由に、いつもよりも治安維持のために兵士を投入していた。
また、ブラード家の屋敷が守りに固いのは知っているはずだ。以前、屋敷に侵入しようとした男はニーバリ領の出身だった。冒険者ギルドの職員も噛んでいた。彼等の情報は確実に伝わっているだろう。
だからこそだと思うのだが、その事件の後に大きな動きはなかった。もっとも、父親を廃して自らが領主に立ったぐらいだ。ベニグドも領内把握で忙しかった、とも考えられる。
それが落ち着いたから動き始めたのか。
――目的が一切不明だ。
それゆえに予測が付かない。本当にベニグドが黒幕なのかも分からない。だから皆が不気味に思っている。
でも、先ほどの件で少しは分かった。
ベニグドはウルティムスと手を組んでいる。
小国群の中で頭角を現してきた戦争国家だ。そして、ロトスが捕まっていた国でもある。
ロトスは聖獣だというのに扱われ方があまりにひどく、何かの実験に使われそうになった。必死に逃げていたところを、神様の指示で助けに行ったのがシウだ。
あの時のロトスの声、表情、震えた体を思い出す。
シウは腕を組んで、ゆっくりと息を吐いた。
「もしかしたら、二通りの計画が動いているのかもしれません」
「二通り?」
「ベニグドとウルティムス、それぞれに目的があって、たまたま行動を共にしていたのかも。その方が都合が良かったのではないでしょうか。互いに協力しあっていた、とか」
統一感がないのだ。
わざわざ警戒している時期に大図書館の禁書庫に忍び込もうとするのもおかしかった。舐められている可能性はあるが、こちらの方が「陽動」であれば納得はいく。互いに、本命の目的があって、そこから目を逸らせたかったのではないか。
「……有り得る話だね。シウ殿、すぐにウゴリーノ様と合流を。不審人物の捜索は兵に任せましょう」
「そうします。ヴィンセント殿下の動きも気になりますし、できればこちらに来るのを止めたいですから」
ラサルは司書らが到着するのを待って動くと言う。シウはそこで彼と別れた。
こんな騒ぎが起こったものの、競技はまだ続いている。
禁書庫の警報が届く範囲に一般人がいなかったからだ。事件に気付いていない。もちろん、魔法競技大会委員の間で避難する案も検討されているだろう。ただ、まだ「何も起こっていない」状況ではどうか。
逆にパニックになられても困る。
競技に出るのは魔法使いが多いとはいえ、戦闘に慣れているかと言われば大半が違う。多くは研究者だ。元々、魔法使いが戦いに出たとしても後衛である。即対応できる魔法使いは少ない。
それに一般人もいる。彼等に戦う術はない。安全に避難させるためのマニュアルは作られているものの、そのタイミングを見極めるのは難しい。
ヴィンセントはテロに屈しないと決めていた。彼は騒乱を目論む輩を許さない。
そのため、できる限りギリギリまで開催を続けるだろう。
ウゴリーノ率いる魔法競技大会委員の部屋に着いた時、ちょうどシウが想像した通りの会話がなされていた。
プルウィアが戻ってきており、シウを見付けるや「こっち」と手招きする。
「通信を妨害する魔道具が見つかったわ。小さいでしょう? すごいわよね」
「解析は?」
「アラリコ先生がやってくれたわ。その術式を複写して、ヴァルネリ先生が専用の捜索魔道具を作ってくれるそうよ」
「ヴァルネリ先生が? 大丈夫かな」
「トリスタン先生が一緒だもの。魔道具開発の先生方も補助に入ってくれたわ。抜けた穴を埋めるために他の先生方が奔走してくださっている。現状はこんなところね」
「分かった」
シウは自動書記魔法で記録したニルソンらとの会話を提出した。複写し、プルウィアだけでなくウゴリーノらにも渡す。写真も付けた。
「皆さんの中に、この二人、カンタロスとエヴシェンを見たことのある人はいますか?」
ついでに使用人の顔も写しているが、ニルソン以外は誰も知らないと言う。
使用人は大図書館に駆け付けた兵が捕らえてある。そのまま取り調べを受けるだろう。素直に話せば罪は軽いはずだ。念のため、彼が脅されていたようだと兵には話してある。
「衛士や兵の方々にも確認しましたが誰も見ていないそうです。だとすれば、妨害魔道具を設置した者が他にいるのではないでしょうか」
「そうですね。シウ殿が記録してくれたこれにも、他に仲間がいると分かっています」
ウゴリーノは渋い顔で書類をヒラヒラと振った。
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「魔法使いで引きこもり?」の14巻が3月30日に発売予定です
魔法使いで引きこもり?14 ~モフモフと回る魔法学院文化祭~
発売日 : 2023/3/30
ISBN-13 : 978-4047374249
イラストは戸部淑先生
書き下ろしはリュカのお話になります
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