562 拘束、証拠、引渡、合流、予感、不安
オルテンシアはシャイターンの貴族ながら、ラトリシア国で教職に就いた。可愛がっているという子供たちと離れてまでも「教える」ことを貫いたのだ。
どの先生も親身になってくれた。アラリコ、そしてトリスタンは授業以外の相談にも乗ってくれた。
時には子供のように無邪気になって騒ぐ先生もいたけれど、原動力は「学び」だ。ただただ能力を極めたいという思いから、彼等は羽目を外した。
けれど、そこには必ず「生徒のために」という思いがあった。
自由気儘に見えるヴァルネリでも「生徒の考えた術式を素直に称賛する」心の広さがある。その能力を認め、褒める時は褒めた。悔しがったり羨ましがったりするのがその証拠だ。
彼等は決して、生徒を貶めようとはしなかった。
ニルソンとは違う。
これ以上は彼等も話さないだろう。自動書記魔法で会話を記録していたが、それももう終わりだ。シウは「やはり動画も撮れるようにしよう」と思った。
証拠として使えるようになるには時間がかかるかもしれないが、だからこそ早めに作って商人ギルドに持ち込むべきだ。シェイラなら嬉々として検証を急いでくれるに違いない。
「《遮断》」
音を消す。敢えて言葉にしたのは三人にも分かるようにだ。怒鳴っていたニルソンも、騒いでいたエヴシェンも口を閉じた。
ちなみにカンタロスは、毒とその解毒薬まで排除されたと知ってから動いていない。エヴシェンは気付いていないようだが、カンタロスは自分だけ助かるつもりだったようだ。解毒薬も反対側の奥歯に仕込んでいた。
シウはただ会話を引き延ばしていたわけではない。完全鑑定の結果を読み込むのに時間が必要でもあった。もちろん証拠も欲しかったが。
現場に到着したのは学校所属の衛士だけではない。近衛騎士も一人付いている。ヴィンセントの差配で近衛騎士を入れてくれたようだ。この時のために詰め所で隠れていた精鋭部隊の兵士もいる。魔法使いもだ。
シウは近衛騎士に状況を説明した。
それから三人を引き渡すに当たって、拘束方法を魔道具に切り替える。魔道具解除のために急遽作った専用の
彼等を見送ると、シウは禁書庫が破られていないのかを再度確認した。遅れてやってきた職員のラサルと相談し、結界魔道具を作動させる。それから通常の図書館階に戻って内部のチェックを始めた。大事な本が傷付けられていないか、また保護や防御を掛けられた本棚をザッとではあるが確認していく。
「たぶん、大丈夫そうですね」
「良かったです。もう少しすれば呼び出した司書がやってくるはずですから、詳細なチェックは彼等に任せましょう。そう言えば出入り口に防御魔法を掛けてくださったそうですが、長くは持ちませんよね? 早めに魔道具へ切り替えないとなりませんね」
「いえ、一日程度なら問題ありません。固定魔法も掛けていますから」
ラサルが目を丸くする。
「禁書庫に設置してくれた魔道具でもすごいと思いましたが……。そうだ、その禁書庫ですけれど――」
一度そこで言い淀む。が、意を決した様子でシウに話し始めた。
「禁書庫の正しい入室手順をご存じですね?」
「あー、はい」
ラサルは大きな溜息を漏らした。
「まあ、考えれば分かることですよね。学院長もそろそろ方法を変更した方がいいと仰っておられましたし」
「ニルソン先生は分かっていませんでしたけどね。こんなことがあったのだから、もう少し厳しくした方がいいかもしれません。かといって難しくしすぎても皆さんに負担がかかる。難しいですね」
「ええ、まあ」
常にいる司書ではダメだと考え「職員か衛士が一緒に入る」というルールを作った。契約魔法も用いられているのだろう。彼等の負担は大きい。
「防御に関しては素晴らしかったです。警報システムも良いですよね」
「よく驚きませんでしたね。わたしたちは最初の研修で聞かされますが、飛び上がるほどでした」
「振動付きですもんね。よく出来ているなと思いました。それでも無理に入ろうとしたら、更に次の仕掛けがあるのではないですか?」
「……本当に、ここに来たのがシウ殿で良かったですよ」
シウは苦笑した。
「それより司書さんたちが来るまで、ここは完全に閉じてしまいましょう。衛士の数も足りない」
嫌な予感がする。シウたちは急いで大図書館の出入り口を閉じた。この扉にも結界魔法を重ね掛けする。
そして階段を上がったところでクロと合流した。
「(シウ、通信魔法を妨害する魔道具が幾つか見つかったわ。まだあると思うの。わたしはそちらの指揮を執るから、あなたは警戒しながら不審者を捜してくれる?)」
クロがプルウィアの声で伝えてくれる。
「きゅぃ」
「ありがとう。ウゴリーノさんは何か言ってた?」
「きゅっ、きゅぃきゅぃ」
彼からの伝言はなかったようだが、部下と話していた内容を教えてくれた。
「そう、ヴィンセント殿下が来られるって? ウゴリーノさんが反対しても強行しそうだなあ」
「きゅぃ」
「レイナルド先生は動いてる?」
「きゅ!」
「ありがとう。警備関係は衛士が担ってくれるけど、学校に慣れているのも魔法使い対策もレイナルド先生が頼りになるからね」
傍で聞いていたラサルが「やはり、まだ続きますか」と不安そうに問う。職員である彼ももちろん「魔法競技大会で何かが起こるかもしれない」という話は聞かされている。
「禁書庫に無理矢理押し入ろうとした程度では済まないでしょうね。ベニグド=ニーバリも仲間のようです。というより彼が主導者の一人だと思います。『僕に関わるな』と話していたそうです」
「ああ、あなたがこれほどの力があると、ちゃんと分かっていたんですね?」
シウがよく侮られることをラサルも知っているようだ。だから「ベニグドが正しくシウの実力を把握していた」と確認した。
「はい。たぶん、ベニグドは僕が関わらないであろう場所に何かを仕掛けるんじゃないかと思います」
「……それはどこでしょう」
施設管理者のラサルが、険しい表情を見せた。脳内で学校内の見取り図を広げているに違いない。
シウも一緒になって考えた。
答えが出る前に、今度は思いも寄らぬ方向から連絡が入った。
「(シウ、ごめん、今いいか?)」
「(え、うん、どうしたの)」
ロトスからの通信だった。しかも、シウの作った《超高性能通信改》の魔道具を使っている。遠距離であろうとタイムラグを感じさせず、クリアな声が届けられる高性能だ。よほどの相手でない限り妨害魔法にも負けない。その分、高価になる。使う魔核や魔石は大きくなければならないし、一度で使い切ってしまう場合もあった。
つまり、それだけ切羽詰まった状況だと言っているようなものだ。
このタイミングに、シウの心臓がドキリと跳ねた。
「(あのさ、俺、ヤバい奴に目を付けられたかもしれないんだ。あっ、大丈夫。今は屋敷にいるから。だけど、妙な胸騒ぎがするっていうか……)」
ロトスは今朝も採取に出掛けた。人のいない時間帯を狙った弾丸行程だった。
シウはロトスに話の先を促した。
「(採取の帰りに、シウの《転移用腕輪》で一つ目の森に戻ってきたんだ。外に出た記録をたまには付けとかないとダメだと思ってさ。で、そこから街道に戻る途中で変な視線を感じたんだ。咄嗟に転移を見られたかもしれないって思って、探知を掛けてみた。だけど、たぶん、そいつ急いで王都に入ったと思う)」
《転移用腕輪》は転移する先を予め登録していたが、まだ予備の枠があった。各自が使いやすい場所を登録したいだろうと、セットするための魔道具も渡している。ロトスは一つ目の森を登録したようだ。彼は冒険者ギルドの依頼を受け、早く級数を上げようと張り切っていた。上手く使うなら転移もアリだ。シウだってそうしてきた。
何より、現在は薬の素材を含め、あらゆるものが品薄だ。求められたら頑張りたくなる気持ちは分かる。
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「魔法使いで引きこもり?」の14巻が3月30日に発売予定です
魔法使いで引きこもり?14 ~モフモフと回る魔法学院文化祭~
発売日 : 2023/3/30
ISBN-13 : 978-4047374249
イラストは戸部淑先生
書き下ろしはリュカのお話になります
今回も素敵イラスト満載です!
お手にとっていただけますと幸いです💕
(書店特典SSは近況ノートにてまたお知らせします、まだOK出ておりませんで…)
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