561 隠し球、報告、拘束、尊敬すべきは
シウはプルウィアの緊張を解こうと、新たな情報で上書きを試みた。
「(どうやら別働隊がいるみたい。こっちが陽動の可能性もある。『彼』もいないしね。だから、こちらへの応援は少数でいい。それと彼等の正体が分かった)」
カンタロスが短刀を投げる。確実に息の根を止める位置だ。しかも魔法による底上げが掛けられていた。
シウにとっては好都合だ。なにしろシウは攻撃魔法の効かない、無害化魔法の持ち主である。はたして、短刀は突き刺さることもなく魔法も不発に終わった。
空間魔法を体に沿わせていたから短刀が突き刺さる心配もなかった。攻撃魔法は無効化される。
シウはエヴシェンがぽかんとしている隙を見計らって《魔力吸収》の魔道具をこっそり貼り付けてもいた。そのうち彼自身の魔力が枯渇するだろう。
できればエヴシェンの持つ魔道具の全てに魔力阻害を掛けてしまいたかったが、その時間はない。カンタロスが驚きながらも次の一手に出たからだ。
「この野郎、幾つ隠し球を持っていやがる!」
「え、え、どういうこと。『全魔法消去』を使った? でも、あれは闇属性魔法のレベルが高くないと無理だし、そもそも相当な魔力が必要だよ。とてもじゃないけど、こんな子供には無理だ」
「さすがはシーカーか。舐めてたな。ニルソンよ、お前の情報を信じた俺たちが馬鹿だったようだ」
「違う! さっきも言ったろう? そいつだけが特別なんだ。だから、彼も――」
「ベニグドのこと?」
シウが彼等の会話のトーンに合わせてさりげなく問うと、ニルソンがギクリとした表情で見返した。突然のことで取り繕えなかったようだ。その動揺した様子から、シウの想像が合っていたのだと分かる。
「ちっ」
カンタロスが舌打ちした。ニルソンのミスに対して苛立ったのだろうが、それこそが「証人」になったも同然である。
間違いない。ベニグドが「彼」だ。無論、シウがプルウィアに伝えた「彼」もベニグドのことである。
「主導したのは先生かベニグドのどっちだろうと思っていたけれど、あなたたちの話しぶりでは後者のようだね」
エヴシェンがまた腕を振る。シウが無詠唱で魔法を行使しているのではないかと疑心暗鬼に陥っているようだ。表情に焦りが見えた。魔力の流れが滞り始めたのか、違和感に覚えている。事実、彼自身の魔力が勢いよく減っていた。
本人もようやく気付いたらしい。
「何かおかしい、魔力枯渇かも……」
「乱発しすぎだ。補助具を使え。その魔石は飾りか。効き目の高いと言っていた黒杖も出せ」
「あれ、格好悪いから好きじゃないんだけどな」
軽い目眩を感じるのか、片方の手で額を押さえる。そんなエヴシェンを、カンタロスは苦々しく一瞥した。けれど、シウに対する警戒は解かない。
ニルソンの方は出口に意識を向けているようだ。少しずつ、誰にも気付かれないようにと、体の向きを変えて後退る。
「先生よ、まさか自分だけ逃げようって魂胆じゃあるまいな?」
カンタロスが顔を向けずに問う。シウが気付くくらいだ、実戦を何度も経験しているであろう男が気付かないはずもない。
「まさか、そんなわけなかろう」
そもそも、戦略指揮を教える者の行動ではない。クレールが話していた。ニルソンの教えは「机上の空論」でしかないと。だからこそ、学びたいと願う生徒の心に響かなかった。彼の授業を受ける生徒の大半は同派閥であったり、同じく差別主義者であったりした。
「俺は戦闘はからっきしだ。専門家に任せるのは当然だろう? 足手まといの俺は下がっていた方がいい」
「ふん、口先だけは達者だ。エヴシェン、こっちには手を出すな。それより、ニルソンを押さえておけ」
誰も、ニルソンに本物の授業を習えるとは思っていなかったのではないだろうか。
それで良しとしたニルソンにも成長はなかった。シウは彼の末路を思って、目を伏せた。
もちろん、カンタロス相手に気を抜くような真似はしない。《感覚転移》で視ている。カンタロスは視線が合わないというのに、シウが「見ている」と分かっているようだった。彼もまた気を抜かず、意識の大半をシウに向けている。
シウは溜息のような息を吐き、静かに口を開いた。
「(侵入者二名はウルティムスの出身と思われる。今から確保に動く)」
「(えっ)」
カンタロスが動いたので、シウは通信を切って対応した。
シウにとって手強いと思う相手は魔獣だ。特にトイフェルアッフェのような、狡猾で機敏な魔獣との戦闘は厳しい。
何をやっても敵わないと思っているのは古代竜のイグである。幸いなことに、古代竜には理性があった。人間よりも格上の存在で、大らかな心で接してくれたからこそシウは彼と友人になり得た。
シウが難しい相手だと考えるのは話の通じない人間だ。
対話もできない、ただ一方的に、自分の思い通りに進めようとする人への対処は難しい。
しかし、暴力を伴う行動に出たのであれば話は簡単だ。
相手が殺しにかかるのを黙って待つほどの馬鹿でもない。
よって、魔獣を相手にするほどではないが、真剣に「殺さない」程度に本気で仕掛ける。生かす以上、シウの秘密についてもバレないようにする必要はあるが、どうやら魔法使いのエヴシェンに見破られそうな気配は感じない。
となれば後は楽だ。
高レベルの空間魔法を用いて各自を遮断がてら取り囲む。そう、ゴリ押しだ。そして重力魔法を掛ければいい。ハイエルフ対策として魔素遮断魔法を編み出したけれど、そんなものを使う必要もなかった。
万が一、エヴシェンの手で解除されようとも構わない。シウには自動化魔法がある。その都度、掛け直すように《自動化》してしまえば良かった。
「くっ、なんだ、これは」
「嘘だ、こんな魔法があるわけない。魔力をどうやってるんだよ、鑑定でも出てこないのに」
「あれだけ自慢してたくせに、ウルティムスで一番の魔法使いがこれか!」
「あんたのせいだろ! そうだよ、あんたの情報が間違ってたんだ」
重力魔法を掛けていないエヴシェンとニルソンはまだ詰り合う余裕があった。けれども、カンタロスは息も絶え絶えだ。床に貼り付けられている。といっても、そろそろ緩めなければ危険だ。
「《拘束》、それから《酸素供給》も必要だね。あ、忘れるところだった。奥歯のそれは《異物除去》で。迷惑極まりない代物を持ち込んでくるね」
声に出したことで、エヴシェンはシウが何をやったのかに気付いた。カンタロスを見て、真っ青になっている。
「まさか、自害用の毒を? あれは周りまで巻き込む毒だぞ。僕を殺す気か!」
どこまでも自分勝手だ。その言い分にシウは呆れるしかない。
彼等を喋らせておく方が情報を得られるし、攻撃を受けてからでないと拘束もできないからと時間を掛けてきたが、そろそろお仕舞いだ。
シウはヴィンセントの指示を受けた精鋭部隊が到着するのを《感覚転移》で視ながら、ニルソンを見下ろした。
「ベニグドの件を話すつもりはないんですよね?」
「……これを外せ! 生徒のくせに、教授を敬う気はないのか?」
「あなたに尊敬すべきところなど見当たりません。少なくとも、僕にあなたを敬う気持ちはない」
シウはシーカーで三年、学んだ。どの先生の教えもシウのためになった。彼等は学ぶ喜びを与えてくれた。変わった性格の持ち主も多かったけれど、それぞれの研究に対しては真摯だった。真面目に、とことん取り組んだ。
アルベリクやバルトロメは貴族としての役割を果たしながらも自分の研究を進め、その情報を惜しみなく生徒に教える。
平民の教師は更に大変だったろう。教授会では少数派になるから意見も通りにくい。それでも研究のため、生徒のために奮闘した。レイナルドやレグロがそうだ。
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「魔法使いで引きこもり?」の14巻が3月30日に発売予定です
本当にありがとうございます꒰ ∩´∇ `∩꒱
皆様の応援があればこそ!!感謝の気持ちでいっぱいです💕
詳細はまた近況ノートに書くとして、分かっている情報だけでも先にこちらへ
魔法使いで引きこもり?14 ~モフモフと回る魔法学院文化祭~
発売日 : 2023/3/30
ISBN-13 : 978-4047374249
イラストは戸部淑先生
書き下ろしはリュカのお話になります
14巻もどうぞよろしくお願い申し上げます!
詳細はまだ書けないのですがイラスト最高でした……
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