560 要注意人物と戦闘と防御
カンタロスはシウを見て、ニヤリと笑った。
「子供みたいに見えるが『要注意人物』だっけか。注意はされていたが、そりゃ、あくまで『自分の玩具に手を出すな』って意味だろ? こっちの邪魔をされたら排除するしかねぇ。そうだろ、先生よ」
「俺は知らん。勝手にやってろ。エヴシェン、中に入るぞ」
ニルソンは素っ気なく答えると、エヴシェンに顎をしゃくる。偉そうな態度ではあるが、エヴシェンは気にならないようだ。さっさと入り口に進んだ。
そこでニルソンが振り返った。使用人にむかって命じる。
「お前は出入り口に火を放て。少しは時間稼ぎになるだろう」
「は、はい」
「さっさと行け!」
使えん奴だと、文句を言いながら追い立てる。使用人は素直に従った。その怯え方から、犯罪に加担することよりニルソンに怒鳴られる方が怖いと思っているようだ。ニルソンの高圧的な態度を見ていると然もありなん。虐待という形で洗脳を受けているのではないだろうか。
そうであるなら、シウにとって「使用人がこの場からいなくなる」のは有り難い。実は少し迷っていたのだ。もしも彼まで積極的に悪事を働こうとするのなら、まとめて捕らえようと思っていた。しかし、それでは手加減したとしても怪我を負わせてしまうことになる。彼が被害者に近い立場なのであれば、せめて巻き込まないようにしたかった。
シウは図書館フロアに戻っていった使用人を確認すると、カンタロスが動く前に魔法を発動させた。図書館の出入り口に結界を張り直したのだ。
感覚転移を使わずとも、何度も通った場所なので目を瞑っていてもどこに何があるかは分かっている。何より近い。魔法の発動に敏感な彼等の前で、魔法を密かに使うためにも魔力は抑えた。
幸い、禁書庫の扉を開ける方に意識が集中していたエヴシェンには気付かれなかったようだ。
大図書館の部屋自体にも強固な防御魔法は用いられているが、ニルソンのことだ、もしかすると出入り口以外の防御まで解除している可能性もあった。だから重ね掛けのつもりで発動した。
できたのはそこまでだ。
カンタロスが動いた。
「よっ、と」
軽い掛け声で背中側に差していた短刀を抜き、その流れでシウの右手を削ごうとする。
思った以上に動きが速かった。人族の動きではない。熊系獣人族の血を引いているからだろうか。ともあれ、シウは咄嗟に左に避けた。そこをカンタロスの拳が狙う。
背後に逃げれば、巨体で突進してくる気がした。さりとて屈んでも蹴られるだろう。彼はどちらにも対処できる。
一瞬でそう判断したシウは上に飛んだ。予備動作ナシでだ。これには魔法を使った。
「おっ、すごいじゃないか」
そのまま風属性魔法で足場を作り、トントンと変則的な階段を上るように移動する。カンタロスの二手目三手目を防ぐためにだ。しかし、目を丸くしたカンタロスは追撃を止めて体を引いた。
「なるほど、要注意人物、な。小さいのに動きが素早い。俺とは相性が悪いか」
「だからぁ、アラフニがいれば良かったんだよ~」
「奴は勝手に動いてる。上の指示かどうか分からんがな」
「えぇー」
「よし、開いた。今月の暗号文字もそのままだったから楽勝だな」
「やった、入ろう入ろう!」
「……待て、何かが違う」
ニルソンが止めるのも聞かず、いや間に合わなかったのか、エヴシェンが足を踏み入れた。そこで大きな音が鳴る。禁書庫に予め備え付けられている不審者対策の警報だ。
「おっと、先生、どういうことだ?」
カンタロスがシウを気にしながらニルソンに問いかける。
「俺は知らない。正規の鍵を使ったし、暗号文字も合っていたんだ。これで解除できるはずだった」
ニルソンは「まさか」と、シウを振り返った。
シウは肩を竦めた。
「僕が禁書庫に何かやったとでも? 残念ながら、それは最初から組み込まれていた防御魔法です。あなたが手順通りに開けなかったから発動したんだ」
ニルソンはこれまでに何度も禁書庫へ訪れていたのだろう。だから鍵があれば解除できると思っていた。暗号文字の入力も月ごとに変わるものの、それだけだ。
けれど、シウは知っている。初年度生の時に何日も掛けて魔法の糸を忍び込ませたのだ。何重にも掛けられた防御魔法を掻い潜り、その術式を読み解いた。だからどういう防御魔法が働いているのかをよく知っていた。
たとえそれらを知らなかったとしても、何度も大図書館の禁書庫に足を運んでいたのだ、しっかり見ていれば分かる。「職員も一緒に入る」というルールがあることに。ただ、その時々で一緒に入る職員が違ったから、ニルソンは「暗号文字」がキーだと考えた。あるいは「複数人」いればいいと思ったのか。
残念ながら暗号文字は引っかけだ。本当は「事前に登録してある誰か」と一緒でなければ入れない。秘密が一切漏れていないのは職員らに契約魔法が用いられたのだと思われる。
警報は学院長室と職員室に届く。当然だが、たとえ魔法競技大会で皆が忙しく走り回っていても必ず誰かが詰めている。異変は瞬く間にトップへと伝わるだろう。そこからは早い。
「(――シウ、施設管理責任者のラサルさんから連絡が入ったわ)」
最初はやや聞こえづらかった音が、シウの通信魔法と繋がった途端に強化されてプルウィアの声がクリアになる。シウはすぐさま応えた。
「(ちょうど今、ニルソン先生が大図書館の禁書庫に侵入しかけているのを発見したところ。リスト外の人間は三名。内一人は使用人で脅されている模様、残りは――)」
カンタロスが動いた。シウが喋る前に始末しておこうと思ったのだろう。先ほどよりも速い。結界魔法を用いて壁を作るが、エヴシェンがまた解除した。ついでとばかりに魔法攻撃も放ってくる。そちらへの警戒は無視し、シウはただカンタロスの攻撃を避けた。
「どうして? 僕の攻撃が効かない!」
「魔道具を持っているのかもしれん。そいつは変わった魔道具を作る奴だ。気を付けろ」
ニルソンがエヴシェンに注意する。シウは何も答えず、カンタロスの動きに集中した。
「そんな反応はなかったよ」
「お前ら、呑気に話してるが兵が来るぞ。本はいいのか?」
「カンタロスがさっさと片付けないからだ。気になってそれどころじゃない!」
「時間がないんだ。このままだとシーカーに『来ただけ』になっちまう。強行突破しろ」
「そんなぁ」
「先生いわく金になるんだろ? エヴシェンにとっちゃ研究対象かもしれんが、複写でもして売ればいい」
「分かったよ、もう」
エヴシェンが指輪に魔力を込めた。
大丈夫だと思うが、強行突破の言葉が気になる。シウは無詠唱で《魔力阻害》を使用した。空間内の魔力発動を阻害する。エヴシェン自体には効かないだろうが魔道具には効く。これは明確に指定する必要があり、シウはその瞬間に視線を逸らした。
そこをカンタロスに狙われた。
「ふっ」
小さな息遣いだけで短刀を突く。カンタロスは体格を生かした攻撃だけでなく、小刻みの突き刺しも得意のようだ。レイナルドに教わっていなければ躱せなかったかもしれない。彼は「シウに足りないのは対人間戦だ」と言って、あらゆる攻撃方法を伝授してくれた。
「ちっ、これも避けるか。シーカーの生徒がここまでやるとは思ってなかったぞ」
シウはただの兵士や盗賊を相手に戦った経験はあるが一流の軍人を相手にしたのは初めてだ。
気を抜かずに通信を再開する。
「(一人が禁書庫内部に強行突破しようとしている。今のところ内部の防御魔法が発動しているみたいで、入られてはいない、よ)」
「(あなた、息遣いが変よ。待って、まさか違うわよね?)」
「(今、不審者の一人と戦闘中だから、かも)」
通信の向こうから「ひゅっ」と息を吸い込む音が聞こえた。
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