559 禁書庫前で、不審者たちとのやり取り




 シウがこっそり探知を使って禁書庫内部を覗いたのは、まだ初年度生の時だった。その頃では決して許可は下りなかっただろう。

 教授と生徒にはそれだけの差がある。

 たとえば今のシウなら、卒業が決まっているため禁書庫への入室許可は申請すれば下りる。院生と同等の扱いになるだからだ。「シーカーを卒業する」というのはそういうことだ。信用されるし、立場も保証されている。

 そうは言っても、生徒や院生の場合は職員と一緒でなければならない。不測の事態に備えて衛兵も付く。

 教授もそれに近い。禁書庫への立ち入りには第三者の目が要る。ただし、生徒や院生ほど多くの見張りは必要なかった。

 シウは気軽に立ち入る教授の話を生徒会室で耳にしたことがある。

 だからといって無関係の者を気軽に連れてきていいわけがない。

「そこにいらっしゃる方々は魔法競技大会の招待者ではありませんよね」

「ほう? 何故、そう断言できる」

「招待者リストを覚えているからです」

 正確には「脳内に名簿を複写してあるから、いつでも検索できる」が正しい。シウは本や書類をなんでもかんでも複写して保管してある。一々覚えない。勉強に関係のない情報はあえて切り離していた。記憶にも限りがあると思っているからだ。

 今も急いで情報を引っ張り出してきたところだ。

 男たちの名前は《鑑定》したので分かっている。あとは照らし合わせればいい。

「ニルソン先生が学校に事前登録しておられる従者や護衛の方とも違いますね?」

「全員が体調を崩した。これらは我が家の使用人や急遽雇った護衛だ」

 シウは半眼になった。そんなわけがない。いや、三人いるうちの一人は使用人だろうか。しかし、残り二名は《完全鑑定》の結果からも「違う」と判明している。

 ただ、シウが「鑑定魔法を使える」とは言えない。ニルソンもそうだが、男たちも魔法攻撃を弾く魔道具を持っていた。更に指輪型の魔道具をこっそり《鑑定》し、中にある術式を《展開》すれば「鑑定の無効化」も組み込まれていると分かった。高度な術式だ。それを上回る鑑定魔法は最高値とされるレベル5を超える。今ここでシウの能力を明かすのは良くない気がした。

 シウは違う方向から攻めた。

「ただの護衛とは思えません。後ろに隠れている方も、使用人が付けるには不自然な装飾品の数々です。ニルソン先生の教務室にいらっしゃる方々はとてもシンプルな格好をされていたと思いますが?」

「ふん、使用人の格好ぐらい好きにさせればいい」

「そうでしょうか。以前、あなたは『従者のくせに贅沢をしおって』と怒鳴っていたのではありませんか?」

 ニルソンは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。「本当に聞いていたのか」と確認されなかったのは、それだけ同じ台詞をあちこちで吐いているからだろう。実際のところは、シウが直接見知ったものではない。これらは全部、プルウィア経由で知った情報だ。

 他にもニルソンの情報なら多く集まっている。そう、皆が警戒していた。彼も分かっているはずだ。だから隠れて入り込んだ。


 こそこそする必要が彼等にはある。

 はたして、護衛と言われた男が苛立ちを見せた。

「面倒な。こんな子供一人、どうでもいいだろう?」

「そうだよ、早く中に入ろうよ~」

 もう一人の、使用人ではない男が場の空気にそぐわない、のんびりした声でニルソンに訴える。彼の装飾品は全て魔道具だ。その他にも高価な魔石を幾つも身に着けている。いつでも魔法の補助として使えるよう、用意してあるのだ。ローブを着た魔法使いの見た目ではあるが、前線での戦いに慣れた「戦士」だと思った方がいい。

 唯一、使用人と思われる男性が怯えた様子で俯いた。シウから目を逸らしている。彼はもしかしたら、二人の素性に薄々気付いているのかもしれない。だから、シウが何かされる・・・・・・・・と思っている。

「仕方ない。この小僧には最後まで関わらないようにと言われていたが、まあいいか。どのみち、俺はお前が嫌いだったからな」

 そう言うと、ニルソンは杖を前に出した。魔法を発動しようとしているのは分かっていたから、シウは当然目の前に結界を張った。ところが、魔法使いの男がふいっと手を挙げた。結界の解除を無詠唱で行ったのだ。

 といっても、シウも無策のまま彼等の前に出たわけではない。不審人物を連れて大図書館の地下に来ているのだ。そのニルソンが穏便に帰るとは思っていない。

 そもそもシウの説得を聞くような人間ならば、これまでにあった揉め事は起こらなかった。

 ニルソンは躊躇わず、シウに闇属性魔法を使用した。

「《魔力低下》《状態低下》」

「ださっ! 詠唱が短句なのはまだしもさ、咄嗟に使えるのが、そんな程度の魔法なんだ? 魔法大学校の教授も大したことないなぁ」

「エヴシェン、黙れ」

「はぁ? 名前出さないでよ」

「うるさい。ちゃんと前を見ろ」

 護衛の格好をした男がニルソンと同じように苦々しい顔でシウを見る。エヴシェンと呼ばれた魔法使いの男は一歩遅れてシウの様子に気付いた。

「……え、無詠唱で魔法を取り消したってこと?」

 エヴシェンからヘラヘラした様子が消えた。しかし、今度はニルソンがへらりと笑う。

「ふん。相変わらず、小生意気な奴だ。だが、良い気になっていられるのも今のうちだ。お前がどういう奴かはよく聞かされていたからな」

 護衛の男が片方の眉をピクリと動かす。

「おい、どういうことだ。俺たちを謀ったのか?」

「そうじゃないさ。ただ、実行前にきつく言われていた注意事項があったろう?」

 そのニルソンの言葉を受けて、二人の男がバッとシウに振り返った。

「カンタロス、こいつは殺さないでくれるかい。絶対に捕まえて、連れて帰るんだ」

「うるせぇよ。人間は持って帰らないと言ってあるだろ。面倒だからな」

「嫌だ! 何のために遠くまで来たと思ってるんだ」

「エヴシェン、黙れ。てめぇが転移魔法を使えないせいで、俺たちまで時間がかかっちまったんだ」

「だって! 空間魔法の固有スキルがないと転移門を用意するのは大変なんだ」

「その魔石は飾りかよ。待て、このガキ、何かしてやがる」

「あっ、魔法だ」

 エヴシェンがまた手を振った。キャンセルしたのだろうが、残念ながらそれは囮だ。すでに空間魔法で区切ってある。クロもその時に背後へ移動させた。

 護衛の男はシウより先にクロを狙った。

 しかし、結界魔法よりも遙かに強力な空間魔法の壁が男の投げたナイフを弾く。エヴシェンの魔法もだ。

「クロ、覚えたね? 今の会話を、僕が教えた通りの順番で知らせて」

「きゅぃ!」

 返事をしたクロは、フェレスも真っ青のスタートダッシュで部屋を飛んで出ていった。

 直に声を届けられるという確実性と、二重の証拠として彼を向かわせた。ここの会話はすでに自動書記魔法で登録を始めている。

 プルウィアが通信を変だと言っていたのは、目の前の男たちが妨害用魔道具を用いている可能性があった。ここには見当たらないので校内のどこかにあるのだろう。風属性魔法と雷撃魔法を組み合わせた妨害方法ではないかとシウは考えている。

「くそっ」

「大丈夫だよ、アラフニがいる」

「あいつはいない」

「聞いてない!」

「お前は時々抜けているからな。作戦の全貌は教えられん。だから、こっちに回された。俺は目付役だ」

「じゃあ、禁書庫の本はっ?」

「それは二番手だ。まあ、ごっそりいただいていくがな」

 でもその前に、と護衛の男カンタロスがシウに向いた。

「こいつを何とかしねぇとな」

 シウの鑑定では、カンタロスは役柄通り護衛という職業名が付いている。ただし、護衛の後に「兵士頭」ともあった。ラトリシア国の兵士にそんな職業名が付いているのをシウは見たことがない。

 種族は人族だ。しかし、完全鑑定でよくよく見れば「熊系獣人族」の血を引いている。だから体が筋肉質で大きい。

 何より、彼の所属が問題だった。

 カンタロスは「ウルティムス国」に属していた。


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