531 訓練のあとは里帰り、アシュリーと再会
シウとイグが孫の手広場に戻ったのは夜も更けた頃だ。
見張り当番のククールス以外が大型テントで就寝していた。一緒に外で寝転んでいたらしいスウェイがチラリと片方の目を開け、シウたちだと確認するとまた目を瞑った。
「ごめん、遅くなった」
「いいさ。その顔だと、上手く行ったんだろ?」
「うん、コツが掴めた。またイグに手伝ってもらってレベル上げするよ」
「おー、頑張れよ。でも、勝手に魔法を弾いちゃうのも大変だよな。つっても、全部を弾くわけじゃないんだろ? 前に確か、受け入れたら大丈夫だって話してたもんな」
「うん。攻撃魔法じゃなければね。でないと自分にとって良い魔法まで受けられなくなるし。そこは意識すれば決められるみたい」
物理的な攻撃に対しても、シウの体は頑丈にできている。とはいえ怪我が全くないわけでもない。痛みも感じる。このあたりは神様の恩恵だろう。シウが幼獣たちに「痛みを知ることも大事」だと思ってガチガチに守りすぎなかったように、神様もシウに対して同じ処置を施したに違いない。
シウの場合は怪我をしても治りが早い。それに治癒魔法も使えるので即死するような物理攻撃を受けなければ「不死」である。そういうギフトだ。
ただ精神耐性が不安だったため、今回のようにレベル上げを頑張った。
事実、古代竜を前にしたシウは小さな羽虫と同じだった。黒壁の泉から視た周辺の生き物たちのようにならないためにも、少しずつレベル上げをするしかない。
翌朝、午前中までは孫の手広場で訓練を続け、昼前にジュエルランドへ《転移》で戻った。
やはりバルバルスはふらついていたけれど、倒れるほどではなかったようだ。レオンと互いに励まし合っている。二人は随分と仲が良くなった。
午後はシウだけ里帰りする。スタン爺さんと会うのだ。せっかくの夏休みなのに会えず仕舞いなのは嫌だから、半日だけでもと予定を入れた。ジルヴァーも連れて行く。
まだ訓練を続けたいというレオンの要望もあり、皆は残った。
フェレスやブランカもだ。騎乗訓練を続けるらしい。クロは迷っていたので「おいで」と誘った。迷うということはシウと一緒にいたい気持ちがあるというわけで、それなら誘ってあげた方がいい。
はたして、クロは喜んで飛んできた。
「じゃあ、あとは皆よろしく」
「ほーい。あ、明日は俺もそっち行くんだからな? 迎えにきてくれよ」
「俺もだぞ」
「分かってるって。卵石探しでしょ。忘れてないよ」
ロトスとレオンに答えると、シウはスタン爺さんの家の離れ家に《転移》で帰った。
ちょうど昼時で、エミナが本宅に向かうのが分かる。
「あー、シウ! 来てたのね、おかえりー!」
店舗から続く本宅までの小道で出会うと、ジルヴァーとクロを見て微笑む。何か言おうとしたらしいが、本宅の玄関から小さな塊が飛び出してきた。
「ママー!」
「アシュリー、ダメじゃないか」
後を追う形でドミトルもやってくる。すんでのところで取り押さえたが、小さなアシュリーは父親に遊んでもらっていると思ってかキャッキャと楽しそうだ。慌てるのは親ばかり。
エミナは溜息を漏らした。
「誰に似たのかしら。本当にお転婆娘なのよ」
「いや、確実にエミナだよね?」
「エミナだよ」
シウがすかさず突っ込むと、ドミトルもほぼ同時に顔を上げて返した。やや、ぐったりした様子だ。
エミナが店に出ている以上、在宅で道具職人として働くドミトルが子育ての中心になるのだろう。いくらスタン爺さんも子育てを助けてくれるとはいえ、大変なのは想像に難くない。特に一歳を過ぎた幼児は歩けるようになって行動範囲が広がる。
アントレーネの子供たちが成長する姿を見知っているシウとしては「もっと大変になるよ」と思うが、その言葉は飲み込んでおく。代わりに、きょとんとして見上げてくるアシュリーに笑顔を向けた。
「こんにちは、アシュリー」
「……っ! ママ~」
「あら、どうしたの」
エミナの足に抱き着き、背後に回って隠れる。ただ、本人は隠れているつもりらしいが姿は丸見えだ。その可愛らしい姿にシウは益々笑顔になった。
「知らない顔だから驚いたのかな。ごめんね、アシュリー。僕はシウだよ」
「あー、シウのこと覚えてないわよねぇ。アシュリー、照れちゃった? ふふー。あのねぇ、アシュリーのお兄ちゃんよ」
「にぃ?」
「そうよ~」
「ん」
まだエミナの服を掴んでいるけれど、前に出てきてくれた。アシュリーはシウを見上げ、それからチラチラと肩の上や背中の方に視線を向ける。
シウはそっと屈んで、玄関の前で膝を突いた。
「この子はクロ、背中にいるのがジルヴァーだよ。ジルって呼んであげて」
「じー」
「そう。挨拶できて偉いね。クロを下ろすからね」
クロも空気を読んで、ふわりと浮かんで地面に足を置いた。アシュリーは目を丸くしたけれど、怯えることはなかった。
「ぴぉぴぉ! とりしゃ!」
「そうだね、鳥型の希少獣だよ。名前はクロ。分かるかな。クロ」
「くー!」
「そうそう。賢いなぁ、アシュリーは」
「んへ!」
褒められたのが分かるらしい。アシュリーは両の拳を口元に当てて、楽しそうに笑う。その表情がエミナにそっくりだ。シウは目を細めてアシュリーを見つめた。
すると頭上から笑い声が降ってきた。
「可愛いでしょ? シウも子供が欲しくなったんじゃない?」
「うん」
「おおー! そうよね、シウも年頃の男の子だもんね! あ、ねぇねぇ、ラトリシアで彼女できた?」
「できてない」
「あらー!」
どういう意味かは不明だが、楽しそうに笑う。先ほどのアシュリーとそっくりで面白い。シウが苦笑していると、今度はドミトルが口を開いた。
「エミナ、せっかくシウが帰ってきたのに玄関先でずっと立ち話をするつもりかい?」
呆れ顔で問いながらも、また動き出そうとしたアシュリーを背後から捕まえる。よいしょと抱き上げる姿には安定感があった。シウが見ていることに気付いたドミトルが肩を竦める。
「腰をやられるからね。これも先輩方に聞いて覚えたんだ」
道具職人の先輩方は最初に、重い荷物を抱える際の姿勢を徹底して教えてくれるそうだ。最近では「動き回る小さな子供」の抱き上げ方や宥め方を中心に伝授してくれるとか。
「子供も相手を見ているらしいよ。アシュリーもエミナの時はおとなしく抱っこされるのに、僕の時は思う存分に動くんだ。ほらね」
話しているうちにアシュリーがくねくねと動く。嫌がっているのではない。楽しそうに「キャー」と声を上げて笑うので、父親の抱っこが嬉しいのだろう。安心しきっている。アシュリーはドミトルが決して手を離さないと分かっているのだ。
「わたしの時も暴れる時あるわよ? あー、でも、ここまでひどくはないかな。アシュリーは元気ねぇ」
「エミナにそっくりだよ」
シウが笑うと、エミナは「えー、うそ!」と声を上げる。
「わたし、こんなに暴れないよ」
そのまま皆で玄関に入ると、スタン爺さんが待っていた。
「やれやれ、一向に上がってこんと思えば表で遊んでおったか。おかえり、シウや。さあさ、お上がり。クロとジルもな」
スタン爺さんの「おかえり」を聞くと、シウはいつも胸が温かくなる。同時に少しだけ懐かしいような寂しいような不思議な気持ちになった。シウを育ててくれたヴァスタ爺様を思い出すからだ。そして、爺様にも「ただいま」を言いたかったと思うのだ。
――言葉を惜しまず、もっと気持ちを口にすれば良かった。幼い頃のシウはまだこの世界に馴染んでいないような異物感があって、どこか他人事のような感覚だった。人間らしくなったのはフェレスを拾ってからだ。
感傷的になったシウは頭を振り、笑顔で「ただいま」と告げた。
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