530 精神耐性を付けよう、イグの本性で




 夜まで続いた訓練では、皆がそれぞれに手応えを感じていたようだ。

 最後には障害物競走をやりながら帰ってきたほど充実していた。障害物はシウが土属性魔法を使って作ったものだ。突然現れる壁や柱に、主に希少獣組はキャッキャと楽しそうに、人間組とスウェイはうんざり顔で対応していた。

 最後の最後に、結界魔法への攻撃を行う。バルバルスはシウが試験をするという話をすっかり忘れて気を抜いていたから、突然の攻撃にビックリしていた。

「あ、ちゃんと最後の二枚が残ったね」

「……」

「良かった。結界魔法の強度が上がってるよ」

「あ、ああ」

 呆然とするバルバルスを、レオンが「お疲れ」と声を掛けていた。



 孫の手広場に戻ると、キャンプの準備をしながら互いに報告し合った。夕食後は少し休んでから訓練を続ける。まずはシウ一人でシーレーン対策をやろうと思っていた。

 ところが皆もやりたいと言う。それならと幻惑耐性を付けるために用意していた魔道具をその場で取り出す。

 イグも手伝ってくれるというから交代でやることにした。

 ジルヴァーとエアストはもうおねむなのでテントの中だ。誰かが近くで見張ることにして、残りがバルバルスの貼った結界の中で訓練を始めた。

 訓練はペアで行う。

「幻惑耐性を付けるには精神魔法攻撃が一番なんだけど、ちょっとずつ効果が上げられるようにしてあるから」

 一人が魔道具の操作を担当し、もう一人が魔法を受ける。

 この時、やり過ぎると耐性が着く前に倒れてしまうので、操作担当が様子を見ながら進めるといい。

「あれ、待てよ? その場合、シウはどうするつもりだったんだ?」

「あ、ほんとだ。シウ、一人でやるって言ってたよな!」

「シウ様、どういうことだい?」

 シウは万が一があっても死なないのだが、その言い訳をする前にククールスとロトス、アントレーネに「無茶するな」と怒られた。

 シウが肩を落としているとレオンが呆れたように溜息を吐く。

 バルバルスはテントの見張り役だからいなかった。なんとなく、彼の前で怒られずに済んで良かったと思うシウだ。


 交代で訓練を行う中、シウには魔道具とはいえ攻撃魔法が効かないと判明した。一応「魔法を受け入れる」と心の中で念じてみたのだが物理攻撃でないせいか弾いてしまう。どうやら無害化魔法のレベルも上がっているようだ。

 さて、どうしようかとシウが思案していたら、ククールスがニヤリと笑った。

「イグさんの出番だな」

「イグ様やっちまってくだせぇ!」

 ロトスもそれに乗る。アントレーネは呆れ顔だ。

「あんたたち、こんな時だけ……」

「俺とバルは下がってる。たぶん、結界張ってても失神するよな?」

 レオンが引きつった顔で告げると、バルバルスも慌てて後を追う。

「それなら俺は封印魔法を強めてみる。幼獣たちが可哀想だ」

 ジルヴァーとエアストの心配をしてくれるようになったバルバルスに、シウは嬉しくなった。他の皆には半眼で返しておく。

「いいよ、イグと少し離れたところに転移してくるから」

([どこへ行く?])

「うーん、黒壁の泉にしようか」

 というわけで、クレアーレ大陸の西の端にあるイグの住処に里帰りとなった。

 シウにとっては久しぶりのような気もするが、長く生きるイグにとっては「ついさっき」寄った場所になる。だから里帰り、というほどではないのだろう。

 はたして、イグは転移後も特に懐かしがることはなく「(では始めるか)」と普段通りだった。



 普段通りの声音でイグは転変した。本来の、黒錆色の立派な古代竜の姿に戻る。

「あー、やっぱりビリビリ来るね」

([威圧は抑えているが])

「存在感のようなものだよ。威圧じゃない」

([むふん、さようか])

 嬉しかったらしい。鼻息がぶふーっと向かってきて、シウの体が一歩二歩と後ろに下がる。

「おっと」

([では始めるか。竜苔やわしの寝床があるのだ、ここなら倒れても平気であろう? それとも外に行くか])

「転変し直すか、転移することになるでしょ。ここでいいよ。早速、始めよう」

 というわけでイグに威圧を掛けてもらう。もちろん、徐々に、だ。

([では、やるぞ])

「はい」

 以前もイグの上に乗って、それなりに耐性はできたつもりだった。

 けれど、イグが「攻撃のための」威圧を発すると、全く違う。

「あ……っ」

 足が震え、立っているのが辛い。シウは必死に耐えた。

 自分自身に《完全鑑定》を掛け続けていると、脳内にログが流れていく。無害化魔法が発動していて、確かに「弾いている」と分かる。

 それなのに苦しいのだ。

 イグの威圧はもはや魔法ではない。彼の古代竜として生きた「生き物としての存在感」だ。

 ビリビリどころか、ゴリゴリと締め付けられるような苦しさだった。

 圧倒的な生命力の差、存在感の違いに、シウは小さな生き物として慄いている。

 イグが更に力を解放したのが分かる。

 シウは鑑定の他にも同時に《広範全方位探索》の強化版を使っていた。そのため、周辺にいた生き物たちがどうなったのかが分かった。

 元々あまりいなかったとはいえ、遠くに生息していた彼等が恐怖に駆られて逃げていく。弱い個体は動けなくなった。

 シウも、無害化魔法や不死といったギフトがなければ耐えられなかっただろう。

([ほう、これにも耐えるか])

「う、ん。でも、かなり、つらい」

([さようか。ふむふむ、以前と比べると体内魔素の道も綺麗に流れておるようだ。よう訓練して広げたものだ。魔法の使い方も上手くなった。よし、では全力で自分を守ってみるがよい])

「え――」

 何をするのかと問う前にイグがまた殺気に近い生命力の塊をぶつけてくる。

 シウが魔法の攻撃だと受け流せることを知り、それ以外の能力で試すつもりなのだ。

 シウは咄嗟に結界魔法や魔力阻害、空間魔法を目一杯に張った。しかし、張る都度にパリンパリンと割れていく。高速で張り続けながら、いざとなったら転移があると自分に言い聞かせる。

 初めて、本気で命の危険を感じた。けれど、不思議とこの場から逃げたいとは思わなかった。

 イグを信じているというのもあるが、今ここで逃げては訓練にならないとどこかで冷静に考えられたからだ。

([ふむ。耐えたか])

「でも、そろそろダメかも」

 大量の汗がしたたり落ち、手も震え始めた。深呼吸し、丹田に意識を集中する。

 落ち着いてくると、頭の中がクリアになっていく。

 今もなお脳内には鑑定魔法の結果がつらつらと流れているけれど、ちゃんと切り離して見ることができた。別の小さな画面のように、ただ流れるログとして客観的に見られる。

 威圧の方も怖いことは怖いが、ログを別の画面にしたように、意識を別の視点に移してみた。俯瞰で見る、が近いだろうか。あるいは自撮りだ。

 前世で自撮りをした経験はないが、テレビではよく見た。

 こちらの世界で魔法を使いこなすようになり、しかも空間魔法を嗜んできたシウだ。すぐに自撮りの感覚を掴めた。

「あ、大丈夫かも」

([ほう、なかなかの上達ぶりではないか])

「ちょっと、コツを掴めた気がする」

 古代竜という本性に戻ったイグの威圧を真っ向から受けるには、まだまだ足りないものがある。体力もそうだ。どれだけ精神的に参っても立っていられるだけの力が要る。もちろん精神力も。それについては、威圧を掛け続けてもらうことで徐々に耐性が上がるだろう。

 また魔法をすぐに展開できる素早さも大事だ。

 並列思考の訓練も続けなければならない。一番やりやすいのは鑑定魔法だろうか。慣れたとはいえ、フル鑑定が苦手で避けてきた。シウはこれも普段からもっと併用することにした。

 すでに全方位探索という魔法を常時発動させているため、同時に魔法を幾つも展開するのは良い訓練となる。

「もうちょっと続けていい?」

([良いだろう。心して構えよ])

 その後も、じゃっかん前のめりになりながらも、シウは古代竜の大きな顔を前に立ち続けた。


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