529 訓練(ブランカ・ロトス・レオン・バル)




 ブランカがシウをどう思っているのかはともかくとして、彼女が「気遣い」もできるようになったことが嬉しい。

 以前からも成長ぶりは感じていたが、ジルヴァーが生まれた頃から特に成長しているような気がする。下の子がいることで良いところを見せたいと張り切っているのだろうか。なんにせよ、シウとしては頼もしく感じる。

 成獣になる前は「ぶつかるのではないか」と思うほど全速力で走ってきた子だ。見ていた人が驚くほどだった。今は直前に軌道を変えつつ「ふわっ」と一瞬の間を作っている。この溜めがあるおかげで、突撃される方にも余裕が生まれた。

 ブランカは感覚派なので自然に「そうした方がいい」と会得したのだろう。

 更に相手を見て飛び方を変えるというのが分かって、感慨深い。

 クロは理論派なので、ブランカとふたり揃うと最強だ。

 そのクロがついーっと飛んできた。周辺の探索を済ませたらしい。

「きゅぃきゅぃ」

 この辺りに強い魔獣はいないという報告だった。

「クロも探知能力が上がったね」

「きゅぃ!」

 照れ臭そうなクロが可愛い。シウは腕を出してクロを止まらせ、もう片方の手で撫でた。それからまた空に飛び立たせる。クロはぐんっと勢いよく飛び出し、旋回した後に「もう少し奥まで行ってみる」と弾丸スタートを切った。

 フェレスやブランカは感覚派、クロは理論派と性格は違うが、このスピードマニアなところだけはそっくりだ。

「気を付けてね、無理はダメだよ」

「(きゅぃぃー!)」

 はーい、という返事を念話で送ってきたクロは、すでに普通の人の目では見えないところまで進んでいた。



 なかなか見つからないと思っていた強い魔獣はクロが釣り上げ、ブランカが追い込んだ。

 ところが待ちくたびれたロトスが張り切ってしまい、レオンの指示通りに動かなかった。

 ロトスはレオンよりは冒険者としての経験がある。年数では負けるが、なにしろシウたちのパーティーでスパルタに鍛え上げたのだ。そのおかげと言えばいいのか、あるいはそのせいで、ロトスはレオンと連携が取れずとも要領よく「すれ違いミス」を挽回できた。

 途中で、さも「自分は最初からレオンの指示を聞いていましたよ」といった顔でしれっと魔獣に攻撃している。明らかに、見ていたシウへのアピールだ。


 バルバルスは封印の強度は上がっているが精度に欠ける。聖獣に乗ったまま、しかもレオンの後ろからだ。見えづらいのは分かる。騎乗に慣れれば工夫もできるようになるだろう。今は経験を積んでいる最中だ。

 本人は精度をカバーするために封印魔法を掛ける範囲を広げたようだが、それでは無駄すぎる。魔力が勿体ない。

 そもそもバルバルスが今こうして修行しているのは、来たるべきに備えているからだった。

 ゲハイムニスドルフたちは数十年に一度、大がかりな封印作業を行っている。かつての脅威、古代の巨大魔獣が封印された場所に魔法を掛け直すためだ。バルバルスはその次代のエースとなるべきハイエルフであった。

 もっとシビアに詰めていかねば、実際の現場では役に立たないだろう。シウがゲハイムニスドルフの人々から聞いた話を総合した上で想像するに、現地での作業は毎回ギリギリのようだ。死者も出たという。途中で現れる魔獣との戦いでのことかもしれないが、ならば尚更、力は温存すべきだ。細かいところで節約していかないと現場で成功させるのは難しい。


 シウはブランカに乗ったまま、レオンたちの狩りの様子を眺めた。

 バルバルスの魔法についてはアドバイスができそうだ。けれど、騎獣の乗り方や呼吸の合わせ方についてはシウも自信がない。

 シウは自分の調教が上手だとは思っていなかった。

 シウが騎獣レースで優勝できたのは、ひとえにフェレスの努力の賜物だ。シウはただフェレスが思う存分に動けるよう、ところどころで道筋を示したに過ぎない。

 考えてみれば、ブランカもクロもそれぞれが自分の力で頑張っている。

「んー、僕も頑張ろう」

「ぎゃぅ?」

「無茶な指示出し、急な動線変更、お互いにやるべき訓練内容があるねって話だよ。負荷を掛けると心身共に疲れるけど、成長もするらしいから」

「ぎゃぅぎゃぅー」

 分かんないけど頑張るーと、ブランカらしい返事だ。シウは笑った。



 サブルムアラネアという名の蜘蛛の魔獣を倒し終わると、シウたちは反省会を始めた。

 何故か一番反省しているのがクロで「もっと良いタイミングで誘導できたのでは」と思っているようだった。慌てたのはロトスだ。

「いやいや、違うだろ。俺たちのタイミングが合ってなかったもんよ」

 人型に転変して話すのは、その方が伝わりやすいからだ。

「俺の指示出しが遅かったからだよな。ごめん、ロトス」

「いやー、俺もついつい本性が出ちゃってさ。レオン、やりにくかっただろ」

「……俺もレオンの後ろでもたもたしてしまった」

 バルバルスも自分の魔法が遅れたのは分かっているようだった。

 シウが気付いたことを、本人たちも気付いている。

「みんな、偉いねえ。僕もブランカとの騎乗訓練頑張ろうっと」

「シウに言われるとなんかビミョー」

「え、なんでさ」

「すでにできてるじゃん。それ以上、何をどう頑張るんだよ。お前は『騎獣界の王になる!』のかよ」

「何それ。また変なこと言い出したね」

 レオンとバルバルスはいつものことだと思ったのか、ロトスの発言は右から左だ。二人して「魔法を撃つ時はこう動いては?」や「合図の時に肩を叩いても?」などと話し合っている。

「変なことじゃねーわ。てか、ブランカとラブラブするのは俺もアリだと思う。頑張ってー。あと、ブランカがやりすぎるのを止める訓練な」

「あー、レーネと相性が良すぎたからね」

「混ぜるな危険、だよ。上手く行き過ぎるのも問題なんだろな。絶対いつかどこかで失敗するだろ。その時の失敗の度合いがヤバいと思うわけ」

「うんうん。さすがロトス。聖獣としての意見だよね。ありがとう」

「……なあ、これシウだから素直に褒めてるんだって思えるけど、普通だったら嫌味だと思っちゃうんだからな? だよね、レオン。聞いて、レオン!」

「はいはい。分かった。ロトスは聖獣に戻ってくれよ。バルと打ち合わせたんだ。動きを合わせよう」

「くっそ、レオンが可愛くなくなった。俺に遠慮してたくせにー」

「分かったって。バルも引くな。これがロトスだろ」

「あ、ああ」

 三人はそうやって仲良く話し合いしながら訓練を続けた。


 シウはブランカと山の中を駆け回りつつ、クロとの連携を深め、魔獣を物理で狩った。

 旋棍警棒はもちろんのこと、剣も使う。アントレーネが大剣を振り回すので、ほんの少しだけ真似する気持ちがあったのは確かだ。彼女のような派手な戦い方はできないけれど、戦術戦士科で学んだ剣術は披露できたと思う。

 ブランカも「シウ、すごーい!」と喜んでくれた。

 塊射機だと「勝った」という実感がないらしい。ブランカたちは爪や牙で魔獣を倒すため、どうしても近接戦派になるのだろう。

 シウはなんとか面目を一新できたようだ。


 ブランカの訓練では、シウの複雑な命令にストレスを感じていただろうに頑張ってついてきてくれた。

「そこ、右三歩で止まって、屈伸してから飛んで。そのまま飛んで五メートル先で滞空」

「ぎゃ……!」

 泣き言めいた、言葉にならない声で鳴くけれど不平不満は一切ない。

 シウが「ブランカならできる」と応援すれば「ぶーたんはできる!」と俄然やる気になり、意味がないように思える無茶ぶりにも耐えた。

 一応「架空の敵がいるとみなして細かい動きを指示した」と説明したのだが彼女は首を傾げ、最終的に「シウが言うならそうするの」と返すあたり、自分で考える気はないようだ。

 それでも途中で本物の魔獣が出てきた時に、シウの指示をしっかり聞いた上で、その範囲内で「今なら後ろ脚で蹴った方がいい」と気付いて動くのだからさすがである。


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