528 騎乗入替訓練、シウの訓練
とりあえず騎乗の組み合わせを決めてみることにした。
「先に、僕がブランカと組もうか。フェレスは誰にする?」
「俺がやるわ」
ククールスが手を上げた。それを見てアントレーネがスウェイを見る。
「じゃあ、あたしはスウェイだね」
「うん。これで動きを調整してみようか。狩りの後に障害物競走もやろう。狩りをしながら地形の確認もすること」
「俺は~?」
「ロトスはレオンを乗せて」
「おー、分かった」
「えっ?」
「レオンも騎乗訓練やらないと」
「いや、でも、いきなりロトスに?」
「いきなりって、どのタイプにでも乗れるようになってないとダメだろ。それよか、転変するから騎乗帯ちゃんと付けてくれよ」
「わ、分かった。あ、でも、その間エアストは――」
レオンが不安そうな顔でエアストを見た。その気持ちはシウにも分かる。
「イグに子守を頼んでいい?」
([いいぞ。ジルはどうするのだ])
「背負ったまま行く。ジルはしばらく離れ離れだったから、もう少しだけ甘やかし期間続行するよ。レオンも離れるのは心配だろうけど、これから徐々に留守番を覚えさせないとダメだしさ。ちょうどいい機会だと思って我慢しよ」
「分かった」
「きゅぅん」
タイミング良く、いや悪いのだろうか、エアストが甘えた声で鳴く。
けれど、レオンは目をギュッと瞑り、それに耐えた。
「エアスト、お前も頑張れ」
ほんの数時間だけだというのに今生の別れのようだ。
シウは何も言わず、ただ、ロトス用の騎乗帯を取り出して置いた。ロトスが白い目で見てくるけれど、急かしていないのだから問題はないはずだ。知らんぷりして、次々と他の騎獣たちの騎乗帯をセッティングした。
バルバルスもロトスに乗った。レオンの後ろに座る格好だ。慣れない二人を乗せるのはロトスの訓練にもなる。ついでにバルバルスには封印魔法の練習もしてもらうつもりだった。
「こっちで強そうな魔獣を見付けて追い込むから、あそこにある岩場を中心に訓練しておいて」
「分かった」
「あ、バルはその前に、結界魔法を掛けてから行って。エアストを中心に掛けてくれる?」
「分かった。エアストがいるから三重にする」
「うーん、五重にしようか」
「……分かった」
「僕らが帰るまでに維持できるぐらいの厚さでね。帰ってきたら攻撃してみるから」
「あ、ああ」
びくりと体を震わせ、バルバルスは大きな結界魔法を周辺に掛けた。
それを見てから、シウたちは岩場の方へと向かう。
少し進めば森もある。以前、シウが狩りをしたところだ。もっと奥地へ入れば大きめの魔獣もいるだろう。
以前はルペスボースという、牛に似た魔獣が狩れた。あまり強くないのでルペスボースは見付けたら即狩る。追い込み用の魔獣はもう少し強い方がいい。
そうして向かった山岳地帯だったが、最初にアントレーネが躓いた。
普段は性格の似たブランカとペアを組んでいるため、スウェイにも同じように急かしたようだ。ところが彼は慎重なタイプだ。また、自我も強い。アントレーネの闇雲に突っ込む指示を無視した。いや、無視というよりは冷静に考えて「違う方法がいい」と彼自身が判断したのだろう。
アントレーネは勢いが削がれて何度も失速を繰り返した。
ルペスボースを見付けたのに取り逃がすという失態もあった。
「ああ、しまった、やっちまったよ」
「ぎゃう」
「あー、悪いね。あたしの指示が曖昧だったのか」
最初は何故もっと飛ばさないのかと思っていたらしいアントレーネは、誰に何を言われるでもなく理由に気付いた。さすがは生粋の戦士だ。戦場ですぐに敗因を知ろうと「考える」。
「そっか。あたしはいつも『あっちへ行け』って身振り手振りで指示してたよ。ブランカは見てなかったけど、あたしたちは性格が似ている。たぶん、たまたまハマってたんだろうね」
「ぎゃうぎゃう、ぐぎゃ」
「いや、あんたの慎重さだって大事さ。あたしらは勢いがありすぎて、よく怪我をする。いや、怪我はしないんだ。シウ様が防御魔法をあちこちに仕掛けてくれるからね。それに、何かあっても治癒魔法が発動すると知っている。だから無茶ができていたんだね。これは良くない」
分析し終わると、彼女はシウが渡した効果付きのアイテムを取り外した。
潔いのがアントレーネだ。彼女が振り返って目で合図してくるので、シウは肩を竦めてそれを容認した。元々、シーレーン対策の時の反省があった。耐性を付ける必要があるのは何も幻惑魔法だけではない。
危機意識を持つことも大切だ。
見ていたククールスが、自分もと外す。シウは外しようがないから、その代わりに皆の危険を察知して回避する方向で頑張ろうと決めた。
一度、全員集まってから皆にも説明すると、フェレスたちも同じように訓練したいと言う。
痛みを教えるためもあって、シウは彼等が幼獣の頃は「完全に守る」といったことはしていなかった。
本当はあの頃と同じままの方がいいのかもしれない。守られた囲いの中で生温い戦い方を覚えてしまう方が危険なのだ。
それはシウも分かっていて、少しずつではあるが減らしてはいた。ただ、どうしても最後の砦となる防御魔法や魔法耐性を付与したアイテム類を外すのは勇気が要る。
しかし、皆の成長を妨げていたのはシウの過保護でもあった。
シウは手を強く握り、自分に言い聞かせた。何かあっても命さえあれば元に戻せるのだから大丈夫。
深呼吸し、無理に笑顔を作る。
「じゃあ、外すからね?」
「にゃ!」
「ぎゃぅ~」
「ぎゃう」
「きゃん!」
「いや、ロトスは念話で返事してよ」
(シウが一番大変そう。ガンバレ~)
分かっている。これがシウの訓練になるだろう。見守り気分で使っていた感覚転移の魔法も今ではほとんど使っていない。
――防御魔法を切るのだから今回は使ってもいい気がする。
「頑張るよ。ていうか、もう胃が痛い」
「ははっ、シウの訓練か。いいな」
「レオン?」
シウがレオンを見ると、ククールスがケラケラと笑った。
「怖い顔すんなって、シウ。じゃあ、俺とフェレスは北側に行くから。初めての場所だし、俺も地形を把握する訓練してみるわ」
「にゃっ!」
「あたしとスウェイは南へ行こうかね」
「ぎゃう」
早速、二組が飛んで行ってしまう。
シウは大きな溜息を吐いて、レオンたちに元の場所へ戻ってもらった。
強い魔獣を追い込むまでは周辺で狩りをするなり、封印魔法の練習をするなりで頑張ってほしい。
シウがブランカと向かったのは西側だ。山岳地帯でも深い場所になる。東側に孫の手広場があるが、そこには魔獣がほとんどいない。不毛の大地だったからだ。今は少しだけ植物が育っており、小さな生物を見かける。しかし、まだまだだ。
山岳地帯には生き物がいる。といっても多いわけではない。元が乾燥地帯なので「森」が少ないせいだ。
「魔獣の気配はあるけど、どれも小さいなあ」
「ぎゃぅ?」
「ブランカも魔獣の気配を探知してみて」
「ぎゃぅ!」
ルペススースもいるが群れというほどではない。ここは無視して、更に奥へと進んだ。
ブランカはシウと一緒にいるせいか、アントレーネと飛んでいる時のような無茶はしなかった。どうしてだろうと不思議に思って聞いてみると。
「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ!」
――大好きなシウが落ちたらヤだもん!
だそうだ。嬉しい反面、アントレーネなら落ちてもいいと思っているのかと、複雑な気持ちになる。
もっとも、次の言葉でより詳しい理由が分かった。
「ぎゃうぎゃうぎゃう~」
シウは小さいけれどアントレーネは大きい上に頑丈だ、といったようなことをブランカ語で教えてくれる。
どうやら、アントレーネの無茶苦茶な戦い方を見て「強い」や「頑丈」というのを肌で感じ取ったようだ。確かに彼女は戦士だ、戦い方からも強いと分かる。
そしてシウはといえば、小さい体を生かした戦法を取っている。しかも魔法を使ってサクッと倒すことが多いので、ブランカの思う「強さ」を感じないのだろう。
シウはちょっぴり反省し、かつ今後の訓練内容が増えたことを悟ったのだった。
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