527 ジュエルランド一時転移、解体、入れ替え
翌日は、ぽっかり予定が空いた日だった。
そのためシウたちは久々にイグのいるジュエルランドに《転移》した。通信魔法を使ってバルバルスに連絡は取っていたけれど、会うのは久しぶりだ。
「ふたりとも、元気だった?」
([わしは変わらぬ。バルも、まあ、いつも通りであろう])
「俺も特に変わりなしだ」
「そう、良かった。あ、お土産あるからね」
にこにこ笑うと、何故かバルバルスの顔が引きつった。
「どうしたの?」
「……この間、ロトスから通信があった」
「へぇ、そうなんだ」
ロトスは希少獣たちには親切で優しい。しかし人間相手だとふわふわしていると言えばいいのか、適当なところがある。もちろん基本的には面倒見の良さもあって、兄貴分としてバルバルスを心配したのだろう。と考えていたら、背後にいたロトスがシウの頭を叩いた。
「なんで叩くんだよ、もう」
「『そうなんだ』って言葉に含みがあった!」
「優しい聖獣だなと思ったよ」
「うるせー。ていうか、バルやんも変な顔すんなよ」
「……ロトス、通信で何を言ったの」
見つめると、ロトスはふふんと偉そうな笑い方で離れていった。フェレスとブランカを誘って川に行くつもりらしい。二頭とも待ってましたとばかりに飛んでいく。その後ろをクロが追いかけていくが、チラチラと振り返ってシウを見た。
「行っておいで」
「きゅぃ!」
となれば、あとはバルバルスに確認するしかない。
ちなみに、一緒に転移でやってきたククールスとスウェイは早々に小屋に入っていったし、アントレーネはレオンとエアストに何やら話し掛けている。たぶん、森へのお誘いだろう。シウは再度、バルバルスに視線を戻した。
「ロトスが変なこと言ったんだよね?」
「海の魔獣を大量に狩ったって……」
「ああ、うん」
「それをシウがお土産に持って帰るからと」
「あー、それもお土産のうちだけど」
バルバルスの顔が青くなる。シウは首を傾げた。海の幸が苦手なのだろうか。あるいはアレルギーがあるのか。しかし、そんな話は聞いたことがなかった。以前、アトルムパグールスだって食べていたはずだ。
「……ロトスが『大量にある海の魔獣をお前が解体しろよ』って言って」
「えっ」
「海の生き物は陸のと違って生臭いとかヌルヌルしてるとか、寄生虫も大きいんだぞって脅してきたんだ。俺、その通信のあと夢に見て、それでつい」
「ああー」
声を上げるとバルバルスがビクッとして一歩下がる。シウは慌てて手を振った。
「違う違う、バルに怒ったんじゃない。あと、それはロトスがからかっただけだから。さすがに、いきなりあのサイズの、しかも未知の魔獣を解体させないよ。陸の魔獣なら今後の参考になるけどさ。まあ、解体するところを見てれば勉強になるとは思うけど、無理にさせないって」
「そ、そうなのか」
ホッとした様子のバルバルスに、これは相当警戒していたなとシウは気付いた。
ロトスはたまにこういう悪戯をやる。バルバルスが素直に怖がるものだから楽しいのだろう。
「ごめんね。あとで、とっちめておくから」
「あ、いや、それは」
「いいの? たまにガツンとやっとかないと、また調子に乗って脅されるよ?」
「……いや、いい」
「そう。バルがいいならいいんだけど。それより、怖いなら無理に見ることはないから。確かに海の魔獣は大きいしね。そもそも魚を知らないんだもん、怖いよねえ」
「怖くはない」
「そう?」
「怖くない」
「ふうん。じゃあ、解体の時に横で見てる?」
「……見る」
「分かった。じゃあ、今日のお昼は美味しい魚料理でいこう。他にもシャイターンやロワルで手に入れたお菓子だとか、いろいろあるからね」
バルバルスには服や装飾品を、イグにも小粒だが宝石があしらわれた指輪を買ってきている。指輪は尻尾か腕、あるいは今着ているベストに下げてもいい。残念ながらポケットには石がみっちり入っているようだ。入れる余地はない。
「魔獣以外にもあるのか。その、ありがとう」
「どういたしまして」
([わしにもあるのか!])
話に参加していなかったイグがいきなり入ってくる。表情は分からないけれど、体が上下しているので嬉しいのだろう。シウは笑って空間庫からお土産を取り出した。
午前中はシャイターンやアドリアナでの話をしながら魔獣の解体に費やす。
イグは指輪をもらうだけもらったら、さっさと離れていった。そのため、バルバルスをいじめたロトスにペナルティーがてら解体を手伝ってもらう。シウは解体の途中から昼食の準備だ。
「ひでぇよ。ちょっとしたお茶目じゃん。バルやんが面白いぐらい驚くから、つい脅かしただけなのに」
「分かったから手を動かして」
「シウ~、自動化魔法使おうよ~」
「解体をこなすと速くできるようになるよ。上手くなりたいって言ってたよね?」
「もう上手くなったってば~」
「あ、あの、俺も手伝おうか」
「バルやん!」
シウが顔を上げると二人が固まる。シウはすでに解体が済んでいたグランデカンマルスの調理に取りかかっていた。エビは皆が大好きなので作るのが楽しい。楽しいから、包丁を手に笑う。
「さっさと解体しないと、せっかくの素材が暑さでやられるよ?」
「は、はいぃっ!」
「おっ、俺、結界魔法を強化する!」
二人は焦った様子で、それぞれの仕事に戻った。
午後は、以前から考えていた訓練を始める。
「騎獣と騎乗者を入れ替える訓練をしよう。あ、クロの海での泳ぎ訓練についてはまた今度でいい?」
「きゅぃ」
「ごめんね。じゃあ、あとはバルバルスのレベル上げもやろうか」
「えっ」
「午前中の結界魔法、いい感じに仕上がってたしさ。実戦訓練をやろう」
だから一緒に行こうと言えば、バルバルスは緊張した面持ちで頷いた。
行くのは「孫の手広場」だ。魔法の訓練を行うのにちょうどいい。誰にも見られずに済むとっておきの場所だった。
今回もシウの転移を使う。
そして、イグも一緒にクレアーレ大陸の孫の手広場まで飛んだ。
といっても、言われなければ誰もクレアーレ大陸に来たとは思えないような一瞬の《転移》である。もちろん説明したので、初めて来る皆は驚いた。
「こんなあっさり転移できるのかよ、やべぇな」
「あたし、獣人族として初めてクレアーレに立ったんじゃないかい?」
「俺、もうどうでもいい。エアストが無事ならそれでいいんだ」
「きゅん」
前向きな意見がある中、バルバルスはまた地面に手を突いて涙を流している。
「あれ、そんなに怖かった? 僕の転移は一瞬だと思うんだけど、感じ方が違うのかなあ。ロトスとイグはどうだった?」
「俺はふつー。いつもと同じ」
([わしも違和感はない])
「そっか。酔ったのかな。ポーションいる? 上級でいいかな」
「……いや、そういうのじゃないから」
バルバルスがやっとの様子で断る。
「んー、じゃあ、藍玉花を使ったポーションにしようか。リラックスできるんだよ」
「ばっかじゃねぇの、シウ。藍玉花って催淫効果がある超高価な奴じゃん! 俺、覚えてるからな!」
「少量だったらリラックス効果があるだけなんだよ。まさかオイルの方を渡すわけないよ」
「いや、あの、本当にもういい」
「バル、そいつらに話しても通じないって。頭が変になるだろ。相手するだけ無駄だ」
「レオン……。そうだな、そうだった」
バルバルスは立ち上がると、レオンのところに行ってしまった。
「え、何あれ。ひどくね?」
「ひどいよね。僕まで一緒にされた」
「いや、待って。その台詞は俺が言うものじゃん」
二人で言い合っていると、景色に満足したククールスとアントレーネが戻ってきた。
「シウ、仲が良いのはいいけど、そろそろ訓練やろうぜ」
「そうだよ! あたしも魔獣を狩りたいしね!」
「あー、うん。そうだね」
「待って、これ、一番アレなのはレーネじゃないのか?」
「分かったから。ほら、訓練始めよう」
まだ何か言おうとするロトスを押さえ込み、シウは勝手に走り回っているフェレスたちを呼び戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます