518 共同研究と契約魔法とシウ情報解禁




 イェルドは澄まし顔で書類を取り出しながら続けた。

「この第八研究室への寄付、リグドール=アドリッド殿個人への活動費提供、ようするにパトロンですね。また、オスカリウス家にある研究所にも籍を置いていただき、共同研究員として登録してもらいます。こちらが契約書です。魔法省にはすでに話を通しています。本人の署名があれば構わないそうです。どうやら第八研究室の研究員が副業をしようとも構わないようですね」

 というより、オスカリウス家があちこちで勧誘するのは恒例らしく「本業に支障がなければ共同研究だろうとなんだろうと勝手にして」が実態のようだ。

 また「共同研究ということは引き抜くほどではない、つまりその程度の人材だ」と受け止められるらしい。

 イェルドの説明とリグドールの様子から大体を察したシウである。

「さっさと進めましょう。署名はこちらとこちら。書きましたね? では契約魔法はシウ殿に。内容は『今後、シウ殿に関する情報を勝手に話さないこと』。また話せと言われた場合は『キリク=オスカリウス辺境伯爵の承認を必要とする』。よろしいですか。シウ殿ではないですよ? そのように契約魔法を掛けてくださいね」

 馬車の中でも言われた内容をくどくど告げられ、シウは神妙に「はい」と頷いた。

 どうにも信用されていない。

 けれど、イェルドに任せておけば万事が上手くいく。というのがキリクの談だ。シウもそう思う。しかも面倒な対応をオスカリウス家に振れるのだ。シウのみならず、リグドールも助かるはず。

 本人もイェルドの矢継ぎ早な説明にわたわたしていたけれど、最後には「そうですね、シウだと大変なことになりそうだからキリク様にお願いします」と納得していた。

 ロトスが何か言いたげだったが、シウだって我慢しているのだから(黙っててね)と念話で注意する。


 契約魔法が終わると、いよいよ本題だ。

「実はリグに頼みたい研究があるんだ」

「俺に?」

「うん。魔法学校でも一緒に実験したり研究したりしたよね。あんな感じ。で、何をしてもらいたいかなんだけどね。この間、竜苔を発見したんだ。それを育ててみないかなって思って」

「……はい?」

「だから竜苔を育てる研究。毎日見てなくてもいいんだ。今の仕事が忙しいなら無理だけど、同時にやってやれないことはないと思うんだよね。ていうか、最初に安定した場所を作りさえすれば、あとはもう放置で問題ないし」

「あ?」

「おい、待て、シウ。お前、ノウハウまでバラすのか? そこは内緒にするんじゃないのかよ」

「ここにいるメンバーみんなが知っているのに?」

「……くっ」

 キリクが言葉を詰まらせる。どこか悔しそうなのがおかしくて、シウは笑いかけた。が、笑えなかった。リグドールが「お前なぁ!」と大声を上げたからだ。

「そ、そんな大事をなんでペラペラ話すんだよぉ!」

「分かる。そうだよな、リグ。俺も同じ気持ちに何度もなった」

「レオン~」

「まだ話を受けるかどうかも決まってないのにな? 俺だって、まさか結論から話すとは思ってなかった。もう少し遠回しに説明して、お前のスケジュールを押さえられそうなら具体的に説明して、依頼はそれからだろう? けどな、リグ。これがシウなんだ」

 真面目な顔で語るレオンに、リグドールが縋るように近付いた。

「あとな、キリク様もシウを窘めてらっしゃったけど、同じだから」

「え……?」

「同じだから」

「う、うん」

「あそこにいるロトスもダメだぞ。こういう時には頼りにならない」

「おいこら、レオン。俺の悪口はそこまでだ!」

 レオンは振り返ると、ロトスに向かって半眼になった。

「魔獣との戦いでは頼りになるけど、常識的かっていったら違うだろ」

「へぇ、そうなのか? 前に会った時はノリのいい奴って感じだったけど」

 リグドールの言葉でレオンはまた彼に向き直った。

「それだ。良すぎるんだ。そう、たとえるなら、フェレスとブランカを足して強くした感じだと思ってくれ」

「ああ、うん、なんか分かった」

 それからレオンは、リグドールの耳元に顔を近付けて「それとな」と小声になった。しかし、シウは地獄耳だ。何を話してもしっかり聞こえる。

「イェルド様には逆らうな。少しでも勝てる要素があれば反論してもいい。だけど、すごく怖い人だから」

「お、おう」

「一番怖いのはシウだけどな」

「聞こえてるんだけど」

「これは聞こえるように言った」

「レオンも言うようになったなー。さっすがパーティーで唯一の常識人!」

「ロトスよ、そこは『苦労人』じゃねぇのか? まあいい。リグドール、そういうわけだ」

 最後はキリクが話を引き取って、両手を左右の膝に載せて前のめりになった。それから頭を少し下げる。

「俺たちは『大発見した竜苔の栽培に成功した』という事実が欲しい。そして、実際にそれを成功させられる人間、それからこちらの持つ情報を素直に受け取る人間が必要なんだ。シウの提案ではあったが、俺も考えた上で、リグドールしかいないと思った」

「俺、ですか」

「地道な基礎属性魔法の研究を、お前は腐らずに続ける根性がある。シウや俺の情報を嘘だと撥ね付けずに素直に受け取った。そして裏切るなんて考えもしない人間性だ」

「いえ、俺はそんなすごい人間じゃ――」

「すごい奴じゃねぇか。お前、たったひとりのコルニクスのために上司と交渉してまで休みをもぎとり、その願いを叶えてやろうとしてる。俺は自分の見る目を褒めてやりたい」

 隻眼でウインクする。キザな格好だけれど、キリクにはよく似合った。

 ロトスにはそれが面白かったらしい。体を丸めて笑いを堪えようとしている。シウはキリクにバレないよう、そっと近付いてロトスをポカリと叩いておいた。


 その後、ついでなのでシウの秘密をリグドールにも話した。

 転生者だという話は荒唐無稽だろうし、何より今は必要のない情報だから話さなかった。これについてはロトスとも一致している。

 それ以外の、たとえば神様に少々目を掛けられているから「特殊なギフトを授けられた」ことや「聖獣であるロトスの危機を察知して助けたられた」ところまで、ほぼ全てを説明した。

 リグドールは頭を抱え込んだ。

「ごめん、一度に話すとパンクしちゃうよね」

「いや、そっちじゃないと思うぞ。あと、リグについては俺が間に入る。お前はもう話すな」

「えっ」

「いいか、リグ。シウはこういう奴だ。こういう人間だと思えばいい。それと、俺がお前より先に事情を知ったのは冒険者パーティーに入れてもらったからだ。シウに限らず、このメンバーは隠す気がない」

「あ、うん。そこは、大丈夫。気にしてない。でも、ありがとな、レオン」

「そうか。そうだな、お前はそういう奴だったな」

 分かり合っているらしい二人に、シウはほんの少し嫉妬めいた気持ちを抱いた。

 けれど、誰と誰がどれだけ仲が良いか、そんなものを比べるのは無意味だ。シウは、大切に思う友人たちが仲良しなのを喜ぼうと思った。そこに自分も交ざればいいのだし、大事に思う気持ちを持っていればいい。

 そう思い直して微笑んでいたのに、ロトスがぶち壊した。

「レオンてば、ここぞとばかりにシウを【ディス】ってるよな~。他で愚痴れないからって、ひどくね? さりげに俺もおかしいみたいに言うしさ。言っとくけど、本当におかしいのはシウだからな? 始まりはシウ! 分かったか?」

「ロトス?」

「げ、マジで怒るなよ」

「怒ってません」

「いや、怒ってる。これ、怒ってるよな? おい、リグ、レオンも笑ってないで助けて」

「いや、自業自得だと思う。ロトスは怒られた方がいい」

「レオンってば言うようになったよな~」

「ていうか、ロトスが何を言ってんのか分からなかったの、あれ全部聖獣だからだったのかぁ」

 リグドールの気の抜けた声に反応したのは三人だ。シウとレオン、キリクが同時に声を上げる。

「違う!」

 その後をイェルドがゆっくり続けた。

「仲が良いのは結構ですが、そろそろ話を先に進めましょうか?」

 笑顔なのに怖い。全員が慌てて口を閉じ、姿勢を正した。


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