519 栽培に必要なあれこれと段取りと雑談




 ぐだぐだになりつつもシウの事情をほとんど説明できた。それなくして、竜苔を手に入れた話もウィータゲローで育てているとも話せない。そこを話しておかないと、どうやって竜苔の栽培に成功しているのかも伝えられないのだ。

「ただ、事情が事情だから大っぴらに外に出せなくて」

「だよなぁ」

 まさか「どこにでも転移ができる」なんて誰にも言えない。現状知られている「空間魔法のレベル限界」を超えているのだ。クレアーレ大陸まで行った話もできなければ、竜苔を育てているのも、その場所が水晶竜にお願いしたなんてこともだ。

 芋づる式にシウの極秘情報に繋がってしまう。

 バレて困るのは、それを利用しようとするだけならまだしも警戒される可能性があるからだ。国家レベルで排除に動かれたら、シウ一人が自由に生活できなくなるだけでは済まない。

 皆も分かっているから契約魔法を用いてまで隠しているのだ。

 けれど、迷宮の最奥で竜苔を見付けてしまった。

「せっかくの竜苔だから、栽培に成功したら嬉しいよね」

「そんな簡単な言い方でいいのか?」

「えっと、役に立つかなって」

「そりゃ、夢の効能だもんな。ていうか、そうか。俺がその伝説の竜苔の効能について裏付けを取らないとダメなのか」

「うん、どうかな」

「栽培自体はお前の話を参考にしなくても、たぶん成功しそうだよな。魔素が必要なのは魔法使いなら考えつくだろうし」

「そうだね」

 リグドールはすでに研究者の顔になっていた。

「栽培が成功して実験に使えるようになるの、早くても一年後か。その後、裏付け取って、統計取って。いろいろな組み合わせでの実験もしたい。それこそ、人生を賭けるに相応しい研究だよな」

「リグ」

「うん、やる。やりたい。俺、植物を育てるのが上手いんだ。それに、基礎属性しかなくてもできるってことを証明したい」

 ただ、と重い口調になった。

「優先順位を付けさせてほしい」

「コルだね」

「ああ。コルの夢を叶える、それが一番だ」

「分かった」

「本格的な実験を開始するのが数年後に伸びるかもしれない。それでもいいか?」

「もちろん。でも、今の仕事に障りはない?」

「大丈夫だ。共同でやってるから、他の研究者に任せられる」

「そっか」

「ただ、本格的な研究になってくると絶対にチーム制になると思う。この場合、オスカリウス家と共同でやるのかな」

「そうなりますね。うちから補助要員を出しましょう。あくまでも研究のメインはリグドール殿でお願いしたい」

 イェルドに言われ、リグドールは緊張した面持ちになった。

「もし、他の魔法使いに割り込まれたら――」

「俺の名を出せ。それと、お前には秘密保持のため魔道具を渡す予定だ。シウ特製の魔法袋もな」

 リグドールが引き受けたことで、キリクも具体的な話に移った。行きの馬車で打ち合わせていたのでシウも空間庫・・・から必要と思われる魔道具を取り出した。

「うお、聞いてはいてもすげぇな」

 リグドールが目をまん丸にした。何もない空間とシウの手、それから積み上げられていく机の上を見る。

「これ、リグしか使えない魔法袋。あ、使用者権限はもう付けたから」

 目の前にいれば問題ない。シウの付与魔法のレベルはそこまで上がっていた。空間魔法を併用すれば目の前にいなくても付けられるだろう。

「お、おう……」

「作ったのが僕だから、僕も使えるけどそこは我慢して」

「いや、それは別にいい。ていうか、シウのじゃん」

「これはリグのだよ? そういう契約なんだって。報酬と思ってもらったらいい」

「え、けど」

「研究費用であり報酬でもある。もらっておけ。もちろん、研究に関するもの以外も入れて構わん。それだけの容量はあるだろう?」

 キリクが台詞の最後でシウを見たので大きく頷く。パーティーメンバーに渡した魔法袋と同じ容量だ。無限大とはいかないが、一級冒険者が迷宮に何ヶ月入っても快適に暮らせるぐらいはある。

「他にも結界用の魔道具各種、あと《超高性能通信改》もだね。盗聴防止機能が付いてるから。ああ、魔道具に使用する魔核や魔石の詰め合わせも入れておかないと。それから――」

「お、おい」

「諦めろ。リグは仕事を引き受けた。これは対価だ」

「うう、レオン~」

「そのうち慣れる」

「レオンも慣れたのか?」

「……たぶん、慣れる」

「そ、そうか」

 二人はぼそぼそ語り合い、また分かり合っていた。


 竜苔の栽培に関するメモを渡し、実際に動き出すのは翌月からと決めてようやく皆が落ち着いたようだった。

 シウがお茶を入れ直すと全員が同時に手を出す。

「さて、これでおおよその話し合いは終わったな。あとは――」

「一つ残ってますよ。リグドール殿、今は魔法省の寮に入っているようですが」

「はい。週末は実家に戻ってますけど」

「では、引き上げてください。オスカリウス家の食客として、王都邸でお過ごしいただきたい」

「は?」

「通勤もオスカリウス家の馬車を使うよう願います」

「えぇ……」

「補助要員も一緒です。安心でしょう」

「いや、けど」

「竜苔が根付いたら、研究内容についてはもう隠せなくなります」

「はい。……あ、そうか」

「すでに陛下には報告しておりますが、栽培が成功するまでは公にするなとも命じられています」

「混乱するから、ですね」

「ええ。それに手に入れたのが他国の迷宮内だ。いろいろと交渉が大変になります」

「分かりました」

「物わかりが良くて助かります。さすがはシウ殿と長く友人をやっているだけはありますね」

「えっ、それはどういう意味ですか」

 シウが口を挟むと、ロトスが念話も使わずにケラケラ笑い出した。

「やっべ、シウがやられっぱなし」

「ロトス?」

「うひぃ~。さあ、ジルもエアストもあっち行こうな~」

 そう言って離れるが、それにも理由があった。皆がお茶を始めたので、ロトスはジルヴァーとエアストにも山羊乳を飲ませようとしているのだ。自分の魔法袋から取り出して、床に置いている。ジルヴァーには小さな絨毯を敷いて座らせていた。

 シウは怒るに怒れなくなって、息を吐いた。

 すると、見ていたらしいリグドールが笑った。

「楽しそうじゃん。シウ、学校にいた頃よりずっと子供っぽくなってないか?」

「それ、誰かにも言われた」

「人生楽しんでるって感じ。そっちの方がいいよ。でもさ」

「でも?」

「ああいうセンスは変わらないよな」

 指差した先にはジルヴァーがいる。

「フェレスにもレースのスカーフ付けてたけど、変わんないなぁ。ていうか、レベル上がってないか? 希少獣にフリルいっぱいの服を着せるとは思わなかった」

「……あれは、ジルも可愛いのが好きだし、嫌がらなかったから。女の子だから可愛い服でもいいかなと思ったんだよ。それに幼獣の間だけって決めてるし」

「いいんじゃないか? ジルの格好、可愛いよ。俺、ちょっと気持ち分かる」

「そうなの?」

「アリスさんがさ、ティア、グラーティアにリボンを付けてるんだ」

 ジルヴァーと同時期に生まれたグラーティアはコルと同じ鴉型希少獣だ。生まれて半年ほどで、鳥型だから成長が早い。もう成獣と同じ大きさのはずだ。シウは思い浮かべて、リグドールと同じように笑顔になった。

「可愛いだろうね」

「ああ。コルは最初呆れてたけど、ティアが嫌がらないなら構わないってさ。そしたら、いろんな種類のリボンを集め始めて。俺もついつい買っちゃうんだよな」

「分かる。僕もクロに装飾品を多く作った」

「それそれ。女の子だからいいよね、なんて言い訳してさ。だからまあ、いいと思う。さすがに希少獣に服を着せるのは滅多にないみたいけどさ」

 問題ないと言いながらも最後にそんなことを言う。シウはまたむくれそうになった。

「貴族が持つ小型希少獣の中には無理矢理きつい服を着せられてるのもいるけど、シウはやらないだろ? だったら大丈夫だよ」

 もちろん、本獣の気持ちが一番大事だ。シウは頷いて、ジルヴァーを見た。彼女はロトスの手からおやつをもらってご機嫌だった。腕を上げ下げしているが窮屈そうではない。

 リグドールを見ると、優しい顔になっている。

 彼はこの視線で、コルを見ているのだろう。


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