517 研究所とリグドールの活動
お茶とお菓子をテーブルに取り出し、サーブを手伝おうとしたレオンを手で制してシウが全てを整えた。その間、ジルヴァーはロトスが面倒を見ている。シウの着せた服がどうなっているのか観察している、が正しいかもしれない。
ロトスはついでにエアストも横に座らせて見ていた。新しい場所に興奮しかけていたエアストを聖獣の力で落ち着かせているようだった。もちろん威圧全開というわけではない。ちょっとした、それこそ「めっ」といった程度だ。そもそも生まれた時から一緒にいるので本気で怒らない限り、エアストも怖いとは思わない。ただ、ロトスが静かにしろと言っているから座っておこう、ぐらいだ。
レオンもシウ同様にリグドールとは仲が良い。だからエアストの面倒を率先して見てくれているのだ。
「さて、まずは茶でも飲んで喉を湿らせておくか。ちょっとばかり大変な話になるからな」
「……はい」
職場の研究室まで来るのだから何かあるとは気付いているようだ。リグドールは心配げにキリクとイェルドを見ている。
「ところで、だ。研究棟勤めだろうと夏休みはあるはずだが、お前は何故ここにいるんだ?」
「あー、夏期休暇を取らない職員は多いんです。その代わり、違う月に休みが取れるんですよ。研究内容によっては一ヶ月丸ごと休むってわけにもいかないから、研究者は特に自由が利きます」
「ふむ」
「その、俺は今、週の半分を休みにしてるんですよね」
「うん?」
少し言いづらそうだったリグドールは、キリクのみならず全員からの視線に一瞬だけ気圧されたものの、すぐに理由を教えてくれた。
「フィールドワークという名目で、アルウェウス近辺の森を調べているんです」
「調査か」
「はい。個人的な理由でもあるんですけど」
言いながらリグドールがシウをチラッと見た。それからレオンにも目を向ける。
最後にジルヴァーとエアストを見て、大きく息を吐いた。
「……アリス、さんの召喚獣でもある希少獣、コルの最後の望みを叶えてあげたくて」
シウは「ああ」と溜息にも似た声を零した。数秒、目を瞑る。
レオンは「え、どういう意味だ?」と不可解そうだ。
ロトスには分かったのだろう。シウが彼を見ると、諦念めいた、それでいて穏やかに微笑む顔があった。その不思議な表情のまま、ロトスはジルヴァーとエアストを優しく撫でている。
キリクも気付いたようだった。
「そうか、そろそろ寿命か」
キリクは何度も死を見ている。まして四十の男だ。戦地に限らずとも親しい者を失う経験は何度もしてきた。子供時代には両親と乳兄弟を失っている。相棒となるはずだった飛竜もだ。だから冷静に受け止められた。
けれど、まだ若いリグドールにとって、コルの死について考えるのは複雑だったのではないだろうか。今も膝の上で握られている手が震えていた。
いや。これはシウの思い上がりだ。
「寿命は、それはもう仕方ないって分かっているんです。アリスさんも。だけど、コルは自分が年老いたからって理由だけでおとなしくしている奴じゃない。彼には彼の、どうしても成し遂げたいことがある。それを阻む権利は俺たちにはない。けど――」
リグドールはちゃんと冷静に受け止めている。キリクもそれを理解した。
「助けてやりたいのか? いや、看取ってやりたいのか」
「はい」
「そうか。で、そのコルが成し遂げたい何かが、アルウェウスの森にあるってわけだな?」
「そうです。あー、シウもいるから話すんだけどさ」
リグドールはシウとレオンを見て、それからジルヴァーに視線を移した。
「あいつ、卵石を探しているんです」
「卵石を?」
問うたのはキリクだ。リグドールはキリクにまっすぐ向き合い、頷いた。
「はい。人間に拾われなかった卵石がどうなるのか、あいつは身をもって知っている。自分が経験したような苦労を、これから生まれてくる同胞にさせたくないんじゃないかな」
そうやって拾った卵石の一つがジルヴァーだ。クロとブランカもそうだった。
リグドールがジルヴァーを見る。
「その子と同じ時期に生まれたグラーティアは、コルのことを父親みたいに慕ってる。コルは自分のことを『爺だ』なんて言ってるみたいだけどね。……それで、改めて思ったみたい。短い期間に四つも見付けたんだ。あの森には、まだまだ人間が足を踏み入れないような場所に卵石が落ちているんじゃないかって」
卵石を探す専門の冒険者もいる。アリスは父親のダニエルに頼んで、そうした専門の冒険者のパトロンになってもらったそうだ。彼女も自分なりの方法でコルの後押しをしていた。
「俺はまだ実入りも少ないし、貴族みたいなやり方はできない。だけど、せめてコルの活動だけは支援したいと思ったんです。甘っちょろいって言われても仕方ないけど――」
「そんなこと思わないよ」
誰かがリグドールの休暇の理由を知って揶揄したのだろう。だからマイナスの言葉を自分自身で口にしてしまう。けれど、シウはリグドールには堂々としてもらいたかった。
「やりたいことをやればいい」
「シウ」
「他にも方法はあるのかもしれない。後から思い付く場合だってある。だけどリグは今、
「ああ」
「だったら、やり遂げたらいい。後悔しないように」
「そうだよな、うん。俺、後悔したくなかったんだ。なんか、別の研究室の奴にやいのやいの言われてへこんでた。自分で決めたことなのにな」
「おっ、俺もリグを応援するぞ!」
「どうしたんだよ、レオン。お前らしくないな」
唐突に熱く語り始めたレオンに、リグドールがびっくり顔だ。でもシウは知っている。レオンが実はクールでもなんでもなくて本当は熱い男だということを。エアストに弱く、甘やかしたくて仕方ないのを我慢していることもだ。
「俺も、エアストがひとりぼっちになっていたかもしれないって、思い出したんだ。だから気持ちが分かるっていうか」
「そっか、エアストもそうだったんだ」
「俺、コルの気持ちが分かる。応援したいリグの気持ちもな」
と、盛り上がっていたら、一番冷静だったらしいイェルドが口を挟んだ。
「そうなりますと、リグドール殿に仕事を任せられないのでしょうかねぇ」
どうしますか、とイェルドが視線を向けた先はシウだった。
とりあえず、リグドールだって何の話か知らねば気持ちが悪いだろう。
そのため、彼に事情を話すことにした。ついでといってはおかしいが、シウは隠していたことのあれこれを軽く説明するつもりだった。もちろん部屋には盗聴防止の《結界》を張ってあるし、リグドールにも申し訳ないが契約魔法を掛けさせてもらう。シウがリグドールを信じていないからではない。彼を守るためだ。
「ごめんね、結構
「あー、なんか分かる気がする」
リグドールが苦笑すると、レオンが大きく頷いた。
「だよな。俺もシウは秘密がいっぱいだと思ってた。実際、いっぱいだったさ。聞かせるなって思ったことも一度や二度じゃない。あ、俺も後から契約したんだ。こいつのパーティーメンバー全員がそういうところ抜けててさ。だから俺から言ったんだ。今回の契約魔法についても俺の提案で決めた。悪いな、リグ」
「いや、その方がいい。ひょいひょい話す気はないけど、俺には力も後ろ盾もないからさ」
「ああ、その件だが」
キリクが口を挟む。シウたち三人が見ると、無精髭の男がニヤリと笑った。
「依頼の仕事をやるかやらないかは別として、リグドールの後ろ盾にはなっておくからな」
「ええ。オスカリウスの名があれば、ちょっかいを出されることもないでしょう」
キリクの後を継いだのはイェルドだった。
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番外編にコル視点の「誕生」という話があります
今回のシーンにリンクしてますが、本編521話の方がタイミング的にはいいと思い、アドレスを貼る予定です
もちろん先に読んでくださってもOKです(すでに公開中)
読まなくても話は通じます問題ありません
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