516 魔法省の研究棟へ




 翌日から二日間は各自が自由に動くと決めてあった。

 ククールスはオスカリウス家の騎獣隊を見学に行った。騎獣に関する世話の仕方や調教方法などを学ぶそうだ。半分は仲良くなった飲み仲間と親交を深めるためにだろう。スウェイだけでなく、フェレスとブランカ、クロも連れていった。彼等も騎獣同士の過ごし方を学べるに違いない。

 アントレーネは通信で連絡があり、赤子三人と過ごすという。久々に会って、元気いっぱいの我が子たちが皆を振り回していることに申し訳なく思ったらしい。シウは「もちろんいいよ、ゆっくりね」と気にする彼女を宥めた。普段の彼女はギルドで依頼を受けるものだから、一日中赤子と一緒に過ごすことはない。これが良い機会になるだろう。

 ロトスはサラに捕まりかけたところを逃げだし、シウに付いてきた。レオンも一緒だ。というのも、この日はリグドールと会う予定だった。

 働いているリグドールの職場に向かう。



 シウたちはキリクと共に王城へと赴いた。王城といっても、煌びやかな王宮に入るのではない。魔法省の研究棟だ。だからそんなに畏まった格好はしていない。レオンもシーカー魔法学院に通うような格好である。ロトスにも以前「きちんとした服」を買ってあったから、ちょうどいい。

「なあ、シウ。ジルのそれ、お洒落のつもりか? ヤバくねぇ?」

「希少獣に服を着せるという感覚がな」

「ありませんね」

 ロトスの言葉へ相槌を打つようにキリク、イェルドが呆れ声で続ける。その後押しがあったからか、ロトスが得意そうにシウの背中に回って声を掛けた。

「ジルー、お前、嫌なら嫌って言わないとダメなんだぞ~」

「まだ言えないだろ? エアストも好き嫌いは表情や態度でしか表せないんだ」

 レオンまでがそんなことを言う。

 シウが、ジルヴァーにもお洒落をさせようと思って作った服を着せてからずっとこうだ。

「ちゃんと可動域を確認してるし、ジルが少しでも不快に思ったら着せてないよ。ねー?」

「ぷぎゅ」

「ほら」

「何が『ほら!』だよ」

「そんな、ロトスが言うみたいに元気よく言ってない。勝手に改変しないでくれるかな」

「えー、言ったよなぁ、レオン?」

「いや、俺は聞いてない」

「ちょっ、レオンてば逃げた? 俺の味方しないのかよ~」

「……俺は誰の味方もしない」

 相手が聖獣だと思うと強く言えないのか、レオンは立ち止まって困ったような顔になった。けれどすぐ、同じように立ち止まったエアストを促してさっさと進んだ。前を行くのはキリクで、イェルドが振り返っている。何を騒いでいるんだ、というような視線だ。

「うへぇ」

 ロトスもその視線に気付いて変な声を上げたあと、急ぎ足になった。イェルドの怖さはロトスにも染み付いているようだ。

 シウの歩速は変わらない。背中のジルヴァーはご機嫌だ。服装についても、今の状況についても全く気にしていなかった。ならばそれでいい。



 魔法省では止められることもなく、研究棟にもスムーズに入れた。シウは以前、宮廷魔術師専用の建物に入った経験がある。その際もキリクと一緒でスムーズだった。顔パスだろうと思っていたが、そうではなくイェルドが事前に連絡を入れていたからのようだ。

 今回も予め伝えてあったらしい。もっとも、前日の夜というギリギリ具合で、案内役の騎士が間に合わないほどだった。

 急ぎ追いついた文官が研究棟内部を案内しようとしたけれど、キリクもイェルドも無駄な時間が嫌いだ。歩きながら「最短で連れていけ」「研究棟には何度も来ていますから説明は不要です」と言って、若い文官を追い立てた。

 可哀想な文官は涙目で最短距離を進んだようだ。

 けれど、彼のおかげで奥にある第八研究室へ迷わずに進めた。

「なんとまあ。こんな端に追いやられているのか」

「基礎属性魔法の研究は『地味』らしいですからねぇ」

「そうなのか?」

 とは文官に向けて問うたものだ。キリクの眼力に恐れを抱いたのか、若い彼は涙目のまま震えた。

「い、いえ、あの」

「お前が追いやったわけじゃあるまいし、怯える必要はないだろうが」

「キリク様、そろそろ中に」

「おう、そうだな。ああ、案内役はもういいぞ。仕事に戻れ」

「そういうわけには……」

「だが、スパイをするにはお前じゃ力量不足だろうに」

 そもそも辺境伯爵という上位貴族を迎えるのに若い文官一人というのも不思議で、つまり彼は嫌な仕事を押しつけられたのだと思われる。シウは口を挟むことにした。

「中にいる研究者は僕の同窓で、キリク様に頼んで連れてきてもらったんです。ちょっと相談したくて。キリク様は野次馬のようなものです。だから、お気遣いなく」

「いや、お前の言い方ひどいだろ」

「え、だって、キリクがスパイだって言うから」

「あのなー」

 ごちゃごちゃやっていると中から人が出てきた。

「何やってんだよ、シウ」

「あ、リグ。元気だった?」

「元気だけどさ。――キリク様、ご無沙汰しております」

 簡略化しているけれど上位貴族に対する礼を取って挨拶するリグドールに、キリクは軽く手を振った。気にするな、という意味だ。

 結局、このメンバーで一番怖いイェルドにまで言外に帰れと言われた案内役の文官は、涙目のまま去っていった。

 どのみち「それなり」の立場でなければキリクから話を聞き出すのはどだい無理なこと。ましてや口の立つ人間がこちらにはいる。彼を言いくるめて「してやれる」人間など、そうはいない。文官の役目は案内で終わった。


 これで無関係の人間はいなくなった。

 ところが研究室にも人がいない。

「あれ、一人だけ?」

 シウが不思議に思って呟くと、リグドールが苦笑した。

「そんなわけないじゃん。チームごとで研究もするし、普段は助手だっている。けど、たぶん重要な話だろ? 席を外してもらったんだ。みんなこういうのに慣れてるから『フィールドワークでもする』って出掛けていったよ」

「それは悪いことをしたな」

 と、キリクが言えば、リグドールは慌てて頭を振った。

「いえ。本当によくあることだから。フィールドワークも多いんです。ちょうどいいって言ってたぐらいで」

 それから小声で「研究費をくれるって聞いて飛び上がってたもんなぁ」と呆れた様子だ。

 どうやら突然の訪問に際して、オスカリウスから研究費の名目で迷惑料が支払われるらしい。研究費が入るとフィールドワークに行けるからと、同僚たちが喜んだのも事実だそうで。

 シウはリグドールの職場が楽しそうだと分かり嬉しくなった。それに、呆れながらも「自分も行きたかった」みたいな顔に見えた。きっとリグドールは職場で皆と仕事を頑張っているのだろう。

 そんな彼にこれからお願いする内容が、はたして良いことなのかどうか。

 分からないけれど、ともあれ、今は久しぶりの再会を喜んだ。



 研究室としては狭い部類に入るというが、客人を通せる応接室もある。

 ソファに座ると、リグドールがお茶の用意をしに離れようとするからシウが止めた。

「僕が出すよ。ええと、無礼講でいいんだよね?」

 シウがキリクに問えば、彼は「構わん」と手を振った。

「リグドール、お前もさっさと座れ」

「あ、いえ、ですが」

「なんだ、昔はもっと俺に慣れていただろうが」

「いやぁ、あの時はまだ子供でしたし」

「止めろ止めろ、その歳で分別臭くなってどうする。研究者だろう? もっと自由にやれよ」

「キリク様、若者を唆すのはおやめください」

 澄まし顔のイェルドに窘められて、キリクは顰めっ面になった。

「何もベルヘルト爺さんのようになれとは言ってないだろう」

「自由奔放な研究者より、分別のある方が断然いいでしょう。まず何より、話が通じます」

 これに尽きる。

 シウも思うところがあって大きく頷いた。何故かロトスとレオンがシウを凝視するけれど、シウなど序の口だ。ほんの少し寝食を忘れる程度である。

 本物は分別もなければ話も通じない。

「その研究についての話です。リグドール殿、あなたも早く座りなさい」

「はい!」

 そしてこの場で一番強いのはイェルドだった。


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