513 父親の心配と留守番、面白くない決勝戦




 シウはエルムスに連れられて王族のいる場へ向かった。デジレが一緒なので安心できるが「どうして」という気持ちでいっぱいだ。

 しかし、すぐに理由が判明した。

「息子の様子を、スヴェルダが学校でどう過ごしているのか教えてくれないだろうか」

 国王の第一子でありスヴェルダの父親でもあるスルストが穏やかな笑顔で問う。

 シウはハッとして、連れてきたエルムスをチラッと見てからスルストに向かい直した。

「とても楽しそうにされています。勉強は大変だけれど、学生同士で教え合うなどして頑張っておられます」

「そうか、楽しそうに……。友人ができたのだね?」

「はい。僕にもとても良くしてくださいます。ご一緒にサロンでお話したり、大図書館にも行ったりしました」

「よく学んでいるようだ」

「はい、とても」

 ラトリシアの王子であるオリヴェルが、王宮や学校内でスヴェルダの助けとなっていることも付け加えた。

「そのように力をお貸しくださるとは……」

 良かったと、まるで溜息のような小さな声だ。人の好さそうなタイプに見えていたが、やはりシウが思った通りだった。息子の身を案じる父親そのもので、彼が私人であれば「良い父親」という感想だけで終わった。けれど、スルストは次期国王になる人だ。デルフ国のような貴族同士の力が強い国で大丈夫なのだろうか。特に今は緊張状態だと聞く。シウは他人事ながら気になった。

 すると、近くにいた彼のもう一人の息子が口を挟んだ。

「人質として他国にいながら暢気なものです」

「リヒト」

 止めなさいと小声で注意するも、リヒトは止めなかった。

「こちらが大変な時に遊学しているのです。暢気でしょう」

「そうなれたのはオリヴェル殿下や良い友人方のおかげだろう」

「どうだか。あれは聖獣にも好きなようにさせている。王子としての自覚が足りないのです」

「リヒト、客人の前だ」

「客人? たかが流人ではありませんか」

 絶句したスルストの代わりに、エルムスが溜息を噛み殺して前に出た。

「リヒト殿下。シウ殿はわたしが招いた客人です。また、キリク=オスカリウス殿が後見人となっております。滅多なことを仰いませんよう、お気を付けください」

「ふん」

 鼻息で返事をして、リヒトは離れていった。

 以前の彼も冷たい気はしたが、今回は輪を掛けて態度が悪い。子供の癇癪にも似て、シウは苦笑した。

「申し訳ない、シウ殿」

「いいえ。きっと心配事が多いのでしょう。いつか、スヴェルダ殿下がどれほど大変であったのか、お気付きになるのではないでしょうか」

 自分の不幸を嘆いて他人の幸せを妬む行為がどれほど憐れか。しかし、ああいう人には諭したところで反発するだけだ。自分で気付くのを待つしかない。

 言葉にしなかったシウの考えに、エルムスが気付いたのか苦笑する。スルストもだ。彼は「好い人」ではあるが、決して「ただの好い人」ではなかった。シウの顔色や言葉の裏をちゃんと見ている。

 スルストは穏やかな表情でシウに手を出した。握手だ。

「あの子と仲良くしてくれているのだろう? プリュムともども、どうか、よろしく頼む」

「はい」

「こうしてみると、シウ殿と三年前に知己となれたのは幸いであった。スヴェルダにとっても、わたしにとっても」

 他に何を言うでもない。けれど、スルストの言葉の奥にはスヴェルダへの愛が感じられた。

 シウもスヴェルダが困難に遭えば助けるだろう。だから「はい」と迷いなく返した。

 スルストは安心した様子で去っていった。



 宿に帰れば騒がしい面々が待っていた。

 それにホッとするのだから、デルフの王宮は伏魔殿すぎる。シウは笑顔で、べろんべろんになったアントレーネとククールスを問答無用で状態無効化にして部屋に押し込んだ。

 匂いも消し去ったのでスウェイは安堵し、のっしのしとククールスの寝る部屋に戻った。

 ブランカは「ぎゃぅぎゃぅ」と、アントレーネがどれほどお酒臭かったのかの説明だ。彼女は興味津々で、レオンが止めるのも聞かず飲み会の席に突入したらしい。

 フェレスは皆には近付かず、クロとエアストに「宿の階段での遊び方」を教えていたようだ。

 ロトスは希少獣の面倒を途中で放り出し、騎士らと訳の分からない遊びに興じていたとか。詳しく聞くとまた変な話をしそうなので、シウは「ふーん、そうだったんだ」とスルーし、レオンを労ってから早々に休んだ。




 風の日になり、決勝戦が始まった。

「なんだ、ありゃ。これが決勝戦の内容か? ひどいもんだぜ」

「いよいよ闘技大会も終わりではないですか? キリク様、そろそろ毎年の視察は止めましょう。スケジュールを押さえるのも大変なんです」

 分かるでしょうと、イェルドの諭す声がシウの耳にも届く。キリクの声が一切聞こえないのが彼の心情を表している。無言の抵抗だ。振り返ると、隣に座っていたカスパルと目が合った。互いに苦笑し、シウはまた前を向いた。

「確かに、ひどい試合だよねえ」

「僕は素人だけれど、あそこの騎士の練度が低いことぐらいは分かるよ。オスカリウス家の騎士が出たら一瞬で勝ちそうだね」

 カスパルにまで言われているが、それも仕方ない。八百長を疑うほど片方が手を抜いているのだ。優勝したくないのだろう。

 三年前の優勝賞品もひどかったけれど、年々悪くなっていっているというから想像に難くない。

 カスパルの向こうではイェルドがまだ何か語っている。キリクは黙ったままだ。そこに、

「あー、もうつまんない!」

 との声が聞こえた。ロトスだ。

「どうしたの?」

 シウが振り返ると、ロトスを含めた全員が貴族席に戻ってきたところだった。

「穴場に先客がいてさー。別のところで見たけど、今度は試合があんなじゃん。魔法使いの方の試合なんて、ぐだぐだだったし。武器も体術も期待できない。剣もどうせ同じだろ。だから、もういいやと思って」

 さすがのレオンも勉強にならないと一緒に切り上げてきたようだ。どんな戦いも貪欲に見学していたので、彼が嫌がるとなったらよほどだ。

 彼等も八百長だと思っているらしい。

「やらせでもいいんだよ。もっと上手くやれっての」

「え、いいんだ?」

「脚本ありきで試合ってのもあるじゃん。だから、俺はそこは許せるの。でも下手すぎるんだってば。ヒーローショーみたいに、もっと仕込んで考えておけって話なんだよ」

「ふーん。そういうものなんだねえ」

(お爺ちゃんはヒーローショーなんて知らないもんなー)

(知らないね)

(拗ねた!)

(拗ねてません)

「お前ら、なんで無言で見つめ合ってるんだ?」

 キリクがやってきて不思議そうに言う。シウはゴホンと咳払いして、ロトスを指差した。

「念話で訳の分からないことを言うから」

「はぁ? ちょっと自分が知らないからって、変な奴扱いするなよな」

「変とは言ってないよ」

「よーし、分かった。表出ろや」

「お、おい、どうしたんだ。喧嘩なのか? 止めろよ。らしくないだろ。シウ?」

 キリクが慌てるのでシウはびっくりして見上げた。ロトスも不審そうにキリクを見る。

「なんだよ、その目は」

 仰け反るキリクに、シウは笑った。

「こういう言い方するんだよ、ロトスって」

「えー、なんで俺だけアレみたいな言い方するんだよ。シウだって俺を指差したり、ひどかったじゃん。だからキリク様が珍しく狼狽えてるんじゃん」

「……別に俺は狼狽えたわけじゃない」

「えっ」

「驚いてはいたよね?」

「驚いてましたね」

 イェルドもやってきて笑う。ニヤニヤしているので、キリクをやり込められると思っているのだろう。ひどいと言うなら、イェルドだ。

「とにかく、これぐらいなら普段から言い合っているよ? 喧嘩でもないしね」

「だよなー。ていうか、俺ら喧嘩したことねぇよな」

「ないかも?」

「てか、シウは誰とも喧嘩したことないんじゃね?」

「え、ないかな?」

「ないような気がする。なー、レオン」

「なんで俺に話を振るんだよ。……まあ、俺の知る限りはないと思う。上級生をやり込めるとかなら、あったんじゃないか? 説教に近いかも」

「喧嘩じゃねえから【ノーカン】な」

「ノーカン?」

「無視していいよ、レオン。それ、ロトス語だから」

「なんだよー」

 わいわい言い合っていると、キリクがふっと小さく笑った。シウがまた座ったまま見上げれば、彼の手が伸びてきて頭に乗った。そのまま緩く撫でる。

「なんだ、あれだな。お前も年相応の少年だったと思い出したよ。友人とふざけ合うなんて普通なのに、つい驚いちまった。やれやれ」

 そう言って、キリクは体を伸ばしてゴリゴリと体を鳴らした。


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