512 木材仲買人の正体と古書の訳文と囲まれたシウ




 ルカーシュは言った。

「自分だけのことを考えていれば、奴は木材をただ売っていればいい。だが、そうはしなかった。関係のない村人や山のこと、未来の人間のために考えた。ただの仲買人が、だ。わしがどれほど感動したか、貴族連中に語って回りたいほどであったよ」

 その青年の名前はヴェーゼルといい、何故そんな風に思ったのかを語った中にシウの名があった。


 シウは一瞬「うん?」と首を傾げ、それから「あ!」と声を上げた。

「たぶん、会いました。三年前に」

「やはりそうか。珍しい名なので、もしやと思うておったのよ。騎獣を連れているというのも裏付けになったがな」

 青年はヴェーゼル=エアフルトといい、植林について思うことはあっても諦めていた。ところが、樵の子が当たり前のように語る内容を聞いて悔しく思ったらしい。

 確かにそんな話をしたと、シウも思い出す。

「当時の南部連中の目を掻い潜って行動を起こすのは勇気が要ったろうになぁ」

 偉いものよと、ルカーシュが遠くを見ながら微笑む。

 シウは首を傾げた。それに気付いて、好々爺は呵々と笑った。

「知らぬのも無理はない。二年ほど前にな、ごたごたがあって当時の領主が代替わりしたのよ。わしは中継ぎになろうかの」

 楽隠居していたが領内で争い事があって表舞台に戻るしかなくなかった。そう話す内容に、シウは「まるでオスカリウス家のようだ」と考えた。ルカーシュもそれに気付いたのだろう。ニヤリと笑って、部屋の中央で大臣に囲まれているキリクを見やった。

「似ておるだろう?」

「詳細を知らないので僕はなんとも」

「ふはは。慎重で何より。わしのところは跡継ぎが甥の孫でな、まだまだ幼い。他に使えそうな人間もいない。わしがじっくり育てることにした。わしの息子どもには『侯爵になりたいなどとゆめゆめ考えるな』と釘を刺しておる」

 だから安心しろ、とでも言いそうな説明にシウは苦笑した。

 どうやらお家騒動による領主交代劇だったようだ。

 けれど、ただでさえデルフ国は貴族同士の争いが激しい。お家騒動など、隙を与えるようなものだ。きっといろいろ大変だったのだろう。

 でもこれで分かったことがある。

 南部の大領地が、間に別の領地が挟まっているとはいえ、同じく南部に属する小領群の魔獣スタンピード騒ぎに駆け付けなかったのがシウには不思議だった。

 特にミッテルバルト領はデルフでも有数の穀倉地帯で、裕福な領だ。

 兵士は出せなくとも物資が出せただろうにと思うが、そんな話は聞こえてこない。その理由がお家騒動とは思わなかった。よほど弱体化して身動きが取れなかったのだろう。

「大変ですね」

「うむ。やらねばならぬ大仕事が幾つも待っておるのだ。まだまだ引退できぬ」

「お元気そうなので大丈夫でしょう」

 シウが《鑑定》したところによると、六十六歳と表示されるが、なにしろ肌艶が良い。

 サラのようなぷるぷる肌ではないがルカーシュは健康そのものに見える。

「まあ、ぽっくり逝った後のことも考えねばなるまいて。今は、その種を蒔いているところよ。ヴェーゼルのようにな。ふむ、あやつに土産話ができた」

「もしよければ、彼に本を渡してもらうことは可能でしょうか」

「ふむ?」

「僕は古書集めが趣味なんですけど、その中に治水に関する興味深い資料も多くありまして」

「ふむふむ。古代語なら、まあ、誰かに訳させればいいか。孫の家庭教師に確か――」

「あ、いえ」

「うん?」

「僕が訳したものですけど、そちらをお渡ししようかと思っています。申し訳ありませんが、原書は貴重なので……」

 修復はしているが、シウは専門科ではない。固定魔法で崩壊を止めるのがせいぜいだ。これを誰かに渡して読むとなると専門科が泣きを入れるぐらいには危険だった。貴重すぎて読ませてもらえなくなる可能性もある。とにかく古代帝国時代の本というのは扱いが難しい。

 シウ自身は脳内にある記録庫にコピーできる。更に自動書記魔法で写しを取って空間庫に保管もしてあった。

 その上で読んだ本に関しては現代語訳にしてある。

「魔法技術ばかりが進んでいたとされる帝国時代ですけど、意外と人の手による技術に関しても研究はされているんです。たぶん、中頃の時代が一番、認め合って融合していたような気がします。魔法一辺倒ではなかった。ちょうど栄えてきた頃ですから、増えすぎた人口への対策として治水工事や植林といった大がかりな公共事業を作ったとも考えられますが」

 魔法袋は置いてきているため、身に付けているのはペンとメモ帳ぐらいだ。まさか空間庫から出すわけにもいかず、面倒だが泊まっている宿を書いてルカーシュの従者に渡そうと顔を上げた。すると、固まった様子のルカーシュがいて、シウは目を丸くした。

「あの?」

「……惜しいのう」

「はい?」

「英雄殿が羨ましいという話よ。で、その紙はなんだね?」

「あ、僕が泊まっている宿です。どなたかに資料を取りに来てもらえないでしょうか。すみません、お持ちするには時間がなくて……」

 地方の貴族とはいえ、王都にも屋敷はあるだろう。しかし、貴族の家へ伺うには時間と手間がかかるのだ。今のシウにそんな時間はない。明日は決勝戦で、明後日の閉会式を見てから帰路に就く予定なのだ。

「ふむふむ。もちろん、貴重な資料だ。こちらから貰い受けに参ろう」

「申し訳ありません。ヴェーゼルさんにもよろしくお伝えください」

「承知した。ぜひとも我が家に招待したかったのだが、大変残念だ」

 シウは曖昧に笑って誤魔化した。


 その後、挨拶程度の会話を少しだけしたところでルカーシュとの話は終了となった。

 エルムスに呼ばれたからだ。呼び出し係はまたもゲラルトだった。

「やれやれ、エルムス坊め。わざと邪魔したな」

「とんでもございません」

「娘婿も似たような顔をする。わしはこれからも、この顔を眺めなければならないのかと思うと辛いわい」

 と、シウに愚痴を零しながら去って行った。それを澄まし顔で見送ったゲラルトが、

「相変わらず、食えない狸だ。シウ殿、大変だったでしょう?」

 などと言う。シウは「いえ」と短く答えた。どちらかというとエルムスの方が食えないが、狸というより狐だなと思ってしまい、くすりと笑ってしまう。

「どうされましたか?」

「あー。いえ」

「笑いましたよね?」

「……あの方が狸なら、こちらの方は狐かなって思って」

 ゲラルトは一瞬固まった。でもすぐに笑い出した。

「ははは!」

 笑い上戸なのか、エルムスの下へ着くまでの間ずっとだ。シウは口にしたことを後悔した。しかも後ろに続くデジレの「後で説教です」といった視線も痛い。

 シウの災難はまだ続くようだった。



 災難は呼び出された理由にもあった。「飛竜の爪に毒が塗ってあった件」についてだったからだ。

「本当にこのような少年が治療を?」

「毒があったと何故分かるのか」

「この治療内容は本物か」

「自動書記魔法は難しいのでは?」

 などなどと、矢継ぎ早に話し掛けられる。大臣だけでなく実務担当の役人もいた。騎士団長もいれば専門医まで集まって責め立てるかのようだ。

 黙ったままエルムスを見ると、彼はシウの心の声に気付いてくれた。

「もう結論は着いたはずだ。ここは弾劾の場ではない」

 冷たい視線と声に男たちが黙り込んだ。さすがは狐、もとい宰相である。シウはホッとしつつ、改めて何があったのかを淡々と説明した。

 といっても提出した書類通りでしかない。

 ついでなので、以前の飛竜大会でもデルフの飛竜隊がどんな戦い方をしたのかも付け加えた。

 多少、嫌味が交ざったのは仕方ない。最後にこうも言った。

「騎獣レースでもデルフ国の方々は雑な動きを好むようですね。何度も体当たりを仕掛けてきて困りました。大会運営から注意されても無視しますし、ルールを守るという意識がないようです。ルールを守れないというのは軍隊としてのレベルを測る以前の問題かと思うのですが。あ、これは古代帝国時代の本の話です。はい。読んだばかりなので、つい語ってしまいました。学生の戯言としてお許しください」

 ぶるぶる震える人もいたが、ほとんどはしらっとした態度で離れていった。シウを突いても無理だと分かったからだろう。


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