511 帝国金貨の買い戻しお願いと大貴族
シウが貴族ならば罪に問えたというが、その場合はかなり厳しくなるようだ。未遂でも主犯格は死刑になるとか。ならばシウは「冒険者」で良かったかもしれない。
ともあれ、騎獣を奪おうとした件については怒っている。相応の罰が科せられると知ってシウは納得した。
エルムスたちはハインツが強硬派に入って動いているという証拠を得ようとしているが、たぶん蜥蜴の尻尾切りになるだろう。
ハインツ自身は上手く働けば強硬派に取り立ててもらえると思ったのだろうが、最初から都合良く使われた可能性が高い。
ハインツとエグモントは途中まで似たような人生を歩んでいたようだが、全く違うものとなった。羨んで嫉妬して、その結果こうなったのだろうか。シウは同情めいた気持ちを振り払うように頭を振った。
その後、元のパーティーには戻らずに別室へと移動した。
道中、シウはエルムスから独り言のような謝罪を受けた。偽金の件だ。
「直接伝えるのが遅くなって申し訳ない。思ったよりも根深く蔓延っていたようだ」
「いえ」
犯人を捕まえたという情報はオスカリウス経由で知っている。国同士がどうしたのかまでは聞いていないが、それはシウに関係のない話だ。だから全く気にしていない。
「そうか。ところで、渡したオーガスタ帝国金貨はどうしたかね? 出回ったという噂は聞かぬが」
「一部はとある研究室に譲渡して、残りはまだ持ってます。一部は潰しました」
「……は?」
「成分鑑定したり、いろいろ研究したりして十分楽しんだので、最後はやっぱり分解かなと」
前を歩いていたゲラルトが振り返った。怖ろしいものを見るような目だ。横を歩くエルムスの顔も少しおかしい。
シウは慌てて後ろのイェルドを《感覚転移》で視ながら、続けた。
「現代の貨幣にはもちろんしませんよ? 犯罪ですからね。でも、古代帝国の貨幣は対象にならなかったはずです」
貨幣を故意に損傷するのは法に触れる。シウの前世においても、法律で定められていた。ロワイエ大陸のある国々の多くもまた同じ。ただし、古代帝国の貨幣については問題ない。
「いや、そういう意味で驚いたのではない」
ではどういう意味なのか。肩透かしにあった気分でシウはエルムスの続きを待った。
「……帝国金貨が一枚もあれば十分な財産となるものを、しかも学術的にも価値のあるそれを、いとも簡単に潰したと言ったのでな」
「ああ」
でもそれを三百枚も嫌がらせのためだけに渡してきた人に言われても。思わずむくれ顔になったらしいシウを見て、エルムスが苦笑する。
「わたしが必死で溜め込んだ帝国金貨を『よくも潰しおって』とも思ったが」
「それはその、すみません?」
「使う予定がないのなら、そちらの言い値で買い戻したい。相談に乗ってくれるか?」
「いいですよ。半分ぐらいなら――」
「シウ殿?」
後ろから窘める声が飛んできた。振り向かずとも分かる。イェルドだ。
「ええと、イェルドさんを通してください」
「賢明な判断だ」
エルムスはゴホンと咳払いすると、じゃっかん早足になって部屋に向かった。
通された部屋は大広間だったパーティー会場とは違ってこぢんまりとしていたが、華やかさは同じままだ。
それもそのはずで、王族や大臣、その関係者がパーティーの続きをやっているかのように騒がしい。女性陣はほとんどいないが、それはここが政治的な話の場になるからだろう。
それ以外は似たようなものだった。端では音楽隊が演奏までしている。
そんな中、シウはデジレを見付けてホッとした。彼も関係者として案内されたらしく、他のオスカリウス家の文官らと一緒だった。この場にシウがいる意味はない気もするが「エルムスに呼ばれた」件もまだ続いているのだろうし、デジレと同じで関係者の顔をした。
「あ、良かった。デザートがある」
「さっき食べられなかったもんね」
デジレに笑われながら、また邪魔されてはなるまいと急いで料理人にサーブしてもらう。そして皿を受け取ると、壁際の椅子に座っていただいた。
その匂いのせいか、シウのウキウキした思いが伝わったのか、ジルヴァーが目を覚ました。
「あれ、ジルが起きちゃったみたい」
「どうしたんだろ。前で抱っこしようか。デジレ、もういいよね?」
「うーん、そうですね。どのみち、幼獣ということでお目こぼしいただけるでしょう。手伝います」
と、マントを外してくれる。
「よいしょ、と。ジル、夢でも見たの?」
悲しそうな顔でしがみつくので、離れていた間のことを思い出したのかもしれない。シウがよしよしと撫でている間に、デジレがマントを付け直す。肩で止めたので、ジルヴァーが寝ても前方に被せられる。
シウが「ねんねんころり~」と小声で歌って揺すっていると、数人の動きを感じた。どうやらシウを目指して来ているようだ。
デジレがサッと脇に避け、従者のような顔をする。
「やあやあ、食事中にすまない」
恰幅の良い男性だ。《鑑定》するとルカーシュ=ミッテルバルトと表示される。まず間違いなくミッテルバルト侯爵だ。南部派と呼ばれる、デルフでも豊かな穀倉地帯を持つ大領主である。
「お初にお目にかかります。わたしはシウ=アクィラと申します――」
「いやいや、存じておるよ。あなたに会いたくて来たのだ。わたしはルカーシュ=ミッテルバルトだ」
シウも知っていると、軽く目礼で知らせる。ルカーシュは嬉しそうに何度も頷き、隣に座っていいかと尋ねてきた。シウはどうぞと手で示し、彼が座ったのを確認してからまた腰を下ろした。そうするように視線が動いたからだ。
ルカーシュが連れてきた秘書たちが少し離れる。それを見て、デジレもシウと視線を合わせてから数歩下がった。
「ふむ、ふむ。オスカリウスの人間はよく教育されている。羨ましいことだ」
「はい」
「何故、わたしが突然話し掛けたか不思議に思うているだろう」
「はい」
思い当たる節が全くない。シウは内心で首を傾げながら、素直に頷いた。
「ところで、シウ殿はあの根性悪のエルムス坊主と仲が良いのかね?」
「後半については、ただの顔見知りとお答えします」
「ほうほう。となると、あやつの一方通行かな。ま、良かろう。北部や強硬派と繋がっていなければ問題ない」
「はあ」
「すまんね。年寄りは本題に入るのが遅いと言われるのだが」
禿頭をぺちんと叩き、剽軽に笑う。年寄りだと自分で言っているが、貫禄たっぷりでまだまだ現役を窺わせる。それでいて押しが強いだとか嫌味な風にも感じない。得な性分の人ではないだろうか。シウは微笑んだ。自分を含めて多くの年寄りを見てきたが、まだまだ面白い人が世界にはいるようだ。
「……おや」
「なんでしょう」
「いやいや、なんでもない。さて、本題といこうか」
そうしてルカーシュは語り始めた。
「実は最近、我が領内にて森林保護を提言した若者がいてな。我等が何度命じても聞こうとはしなかった村人や樵らが、その男の言葉なら素直に従う。どこぞの研究者か回し者かと調べてみたら、ただの木材仲買人というではないか。それで直接呼び出して真意を問うたのよ」
すると青年は、今のままではデルフ国の木材輸出は破綻すると言い出した。木材に頼ってばかりでもいけないし、また切り倒すだけで未来を考えないやりようもダメだと説明を始めたらしい。調べた過去の現象、歴史、学者が研究した論文などの写しを手に滔々と話したとか。
「丸禿げになった山はひとたび大雨になると途端に災害を起こすとな。水を溜め込む木がないのだ、麓の村などあっという間に土に飲み込まれると力説しおった」
その時はまだ、ルカーシュは領主だと名乗らなかったようだ。そんな口ぶりで、楽しそうに語る。そして、ルカーシュは青年に言われるまでもなく、それらの事象を知っていた。知っていて黙って話を聞いたのだろう。
はたして。
「まだまだ粗のある、裏付けの足りない情報ばかりよ。我が侯爵家に代々続く歴史書や資料には遠く及ばない。だがな、領民がこれほど熱意を持っている、それが心底嬉しかったのだ」
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