510 宰相エルムスのお話




 エルムスはゴホンと咳払いしてから、話を始めた。

「どうやら我が政敵は、お粗末な事件でもオスカリウス辺境伯を巻き込めたらいいと思ったようですな」

「それが政敵であると決めつける証拠は?」

「男たちが雇い主の名を告げたでしょう? その名前を聞いて思い当たる節があります。ああ、尋問にはわたしの手の者も同席しておりました。何かあると思って忍び込ませていた甲斐がありましたな」

 今度はキリクが肩を竦めた。それからソファに背中を預ける。視線はイェルドに向いていて、この後の話は彼が引き受けるようだと分かった。シウは背中にジルヴァーがいるのでゆっくりもたれるわけにもいかず、少し前のめりだ。

「思い当たる節とやらをお伺いしても?」

「もちろん。名前が挙がったエグモント=ポーツァル男爵は、中央派の旗頭でもあるアウグスブルク公爵の子飼いになります。公爵が直接命じるわけではないが、そこそこの動きをするので中央派の幹部が目を掛けて使っていました。当然、他の派閥の者も調べているでしょう」

「ふむ。それで?」

「このエグモントに似た男がいます。ハインツ=プラシュマ男爵といって、顔も背格好も経歴さえも似ている」

「まるで作られたような筋書きですね」

「ハインツが上級学校でエグモントをライバル視していたという情報を得たのは、わたしもつい先ほどですがね」

 そう言うと、エルムスは背後に控えていた青年を手招きする。シウを呼び出した文官だった。

「ゲラルト=トラレス男爵です。宰相府で働いております」

「このゲラルトも年齢が同じでしてね。互いの地位が近いことからも顔見知りというわけです」

「なるほど。で、そのハインツとやらには、あなた方の手の者を嵌めたい理由があると」

「話が早くて助かりますな。ゲラルト」

 ゲラルトはきちんとした挨拶を済ませていないことに少し申し訳なそうな顔をしたものの、ここにいる面々がせっかちばかりだと思い出したのだろう。一息ついてから説明を始めた。

「はい。当時からハインツはエグモントに対抗意識があったようです。わたしにも突っ掛かってきましたが、こちらは宰相のご子息と親しくしておりましたので――。話が逸れましたが、二人は後ろ盾を欲しており上位貴族の取り巻きの座を争っていました」

 幸いにもエグモントは親が元々中央派の有力貴族の下にあり、才覚を現した彼は徐々に名前を売った。

 ハインツの方も北部派に取り入ったものの、上には行けなかった。しかも、つい最近の政変で立場が危うくなり派閥を変えたらしい。

「元々、彼の親は中央派の貴族の寄子でした。ところが寄親があまり積極的な方ではなく、出世も望めない。それが不満で派閥を出たという経緯もあって、中央派に残ったエグモントが出世したことに嫉妬したのでしょう」

 似たような顔、学校の成績も同じぐらい、生まれも似ている。

 それなのにエグモントだけが出世した。その上、中央派のトップであるアウグスブルク公爵の親族にあたる伯爵の娘と結婚までした。そろそろ子爵になるのではないか、とまで噂されているそうだ。そこへきて、政変の件もあって不満が爆発した。


 長々と説明しながらゲラルトがチラリと扉の向こうに目をやった。「暴漢たちに依頼したのはエグモントではない」というのは彼等の中で一致しているようだ。が、確証を掴むために動き回っている最中なのだろう。そして時間稼ぎとして「理由」をダラダラと話している。

 はたして。

 ノック音がして、室内に入ってきた文官が書類を秘書官に渡した。それがエルムスにも渡る。彼は一つ頷き、ゲラルトに視線を向けた。ゲラルトが口を開く。

「エグモントの行動がどうだったのかも急ぎ調べましたが、白でした」

 エルムスが書類をそのままイェルドに渡す。

 イェルドは一瞬眺めただけで、何故かそれをシウに寄越した。

「えっ」

「記録を」

「あ、はい。終わりました。ええと、これは?」

 誰に渡せばいいのかと宙ぶらりんになった書類をテーブルに載せる。何故かエルムスがジッとシウを見た。

「あの?」

 しかもゲラルトに至っては眉を顰め、変なものを見たかのような不思議な表情だった。シウがチラリと彼等の後方を見れば、秘書官が目を見開いていたのを慌てて取り繕う仕草だ。

「えっと、返しましたよ?」

 念押しすると、イェルドがシウに向いた。

「シウ殿。その内容を信じますか?」

「え。信じるも信じないも、裏取りしようがないじゃないですか。それに奥様のご出産に付き添ってたって言われても――」

 イェルドの無茶ぶりに半分呆れながら、シウは魔法袋の中から紙を取りだした。脳内に記録した先ほどの書類をその場で自動書記魔法を使って写し取り、そのまま体を伸ばしてサラに渡す。彼女も読みたいだろうと思ったからだ。

「……本当ね。身内の証言は証拠にならないのではないかしら」

「ないよりはマシかも? 産婆さんもいるだろうし」

「あら、シウは知らないのね。産婆なんて貴族のお抱えが多いのよ。簡単に黙らせることができるわ」

「あ、そうなんだ」

 つい語り合っていると、ゴホンと咳払いが飛んできた。イェルドかと思えばエルムスだった。シウは姿勢を正した。


 ともあれ、当のハインツがやったという証拠も欲しい。

「うちのシウを狙ったんだ、相応の罰は受けてもらわんとな」

「その件ですが」

 独り言のように告げたキリクへ、エルムスが被せた。

「シウ殿の立場では今回の件、我が国では罪になりません」

 キリクが片方の眉を上げる。

「冒険者だからか?」

「その通り。まさかわたしも、彼がまだ爵位なしとは思っておりませんでしたよ」

 続けて「正式にオスカリウスの庇護下にあるとばかり」と嫌味のような物言いをされる。

「もしや、キリク殿のお子と娶せる予定ですかな?」

「女とは決まっていない」

「おや」

 アマリアが妊娠している事実を知っているのだと匂わせる。キリクの機嫌が途端に悪くなった。もっとも、アマリアの妊娠ぐらいならばシュタイバーン国内の有力貴族も知っているだろう。エルムスならば他国とはいえ大貴族の内情について調べるのは当然だ。

「たとえ女だろうと、いや女であればなおさら、こいつにはやらん」

「それはまたどうしてでしょう」

「絶対に面倒事に巻き込まれる。こいつは、そういう厄介な生まれに付いているんだ」

 シウが唇を突き出しているとサラが笑った。イェルドは堪えているようだ。

「我が子が男ならシウを参謀に迎えたいと思うが」

「ほほう」

「まあ、頼り切りになると困るから、その案も却下か」

 腕を組んで真面目に考え込むキリクを、エルムスが面白そうに眺める。といっても表情は相変わらず冷たい。けれど、目は雄弁に語るものだ。

「随分と買っておられるのだな」

「今回の件を落ち着いて対処したのだ、宰相殿こそ分かっているだろう?」

「先ほどの迷いない魔法の行使、詠唱なしの複合魔法、あまりに素早くて驚きましたな。ああ、ただ、以前もそうだった。年齢に見合わない実力が伴っていてハラハラしたものだが」

「今は年齢通りでしょう。これに爵位など、何の役にも立たない」

「さもありなん。仕方ありません。実行犯についてはこちらで処分しましょう。けしかけたハインツもです。ただその上の、強硬派までは難しい」

「強硬派と分かっているので?」

「政変後の動きは特に注視していましたからね。北部派が瓦解したのならと、どこの派閥も取り込みに忙しなかった。わたしなど怖ろしくて内に入れられませんが」

「慎重な宰相殿らしい。その慎重な方が選んだ娘婿殿だ、きっと実力があるのでしょうな」

 と、キリクがゲラルトを見た。どうやらキリクもエルムス関係の下調べは済んでいるらしい。

「まだまだですな。先は長い。だが息子をなんとかするよりも、遙かに確かでしょう」

 男子が継ぐデルフ国にあって、息子がいるにも拘らず後継者が娘婿とは珍しい。シウは目を丸くしてゲラルトとエルムスを見てしまった。


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