509 パーティーでやることは食べる、呼び出し





 特別製のクリームには極小の竜苔の芽を磨り潰して混ぜている。コラーゲンは水晶竜から。月下草の煮出し汁も入っている。これを試してくれる口の堅い人がいないか、シウは捜していた。サビーネやスサは高級品を付けること自体を嫌がるし、学校の友人も難しい。

 その点、サラはキリクの身内だ。しかも、こうしたお願いを快く引き受けてくれる。

 シウが「まだ人体実験はしてない」と言っても平気で奪い取るぐらい、前向きなのだった。


 その試作品を使ったサラの肌はつやつやぷるぷるで、パーティー会場にいた女性たちの目を集めた。

 さすがに、他国の上位貴族が連れてきた付添人の女性に声を掛けるような人はいない。ひそひそと隠れて話すぐらいだ。

 それでも上位貴族の奥方ともなれば別で、夫がキリクと挨拶している間にパートナー役のサラに声を掛けている。

「あなた、とても光り輝いているわ。本当に美しい肌をしてらっしゃるのね。どんな素敵な魔法をお使いなのかしら」

「ありがとうございます」

 うふふ、と微笑むサラは、もうすぐ孫が生まれるような歳の女性には見えない。同年齢と思しき貴族の奥方は目の奥が笑っていなかった。

 サラは決定的な言葉を口に出さず、奥方を翻弄しながら自分の欲しい情報を得ようとしている。

 シウは、邪魔だと言わんばかりに押し出された。いたところでサラの助けができるとも思えない。むしろ、作った本人がいて何かの拍子にバレるのも面倒だ。そういう意味もあって追いやられたのだろう。

 仕方なく、デジレと食事を取りに向かった。王族が出てきて挨拶するまでは時間がある。その前に腹ごしらえだ。


 本格的にパーティーが始まってからも、シウは存在感を消してデジレと食事を楽しんだ。マントに気配を消す術式を編み込んでいたのも功を奏した。

「この煮込み料理、美味しいよね」

「味が濃くないだけで全然違いますねぇ。そう言えば、ノイハイムだけじゃなくて闘技会場に併設されているサロンの食事も格段に良くなっていました。王都全体が変わったのかもしれません」

「あ、確かに良くなってた。前に来た時は、会場の裏通りにあるお店が一番美味しいと思ってたんだった」

 二人で他愛もない話をしながら、イェルドに呼ばれるのを待つ。

 パーティー会場の中央では男女がダンスを踊っていて、まだまだ続きそうだ。

「そろそろデザートに行っちゃおうかな」

「いいですね。あ、ジルの食事は?」

「出掛ける前に食べさせてきたから大丈夫。だけど、そろそろ眠くなるかも。マントを少し上にして羽織ろうかな」

 それが聞こえたからではないだろうが、シウの肩のあたりでイヤイヤとむずかるのを感じる。

「ジル、もう眠い?」

「周りがうるさくて眠れないのかな」

「一応、騒音を軽減する魔法も付与してるんだけどね」

「まだ起きていたいのかも。必死にしがみついている……」

 可愛いなぁとデジレが小声で言う。

 そこへ声が掛かった。

「シウ=アクィラ様ですね? ダルムシュタット侯爵がお呼びです」

 文官の制服を着た青年だ。デジレが前に出る。

「イェルド補佐官を通してください。直接の呼び出しはお断りしているはずです」

「お声がけは済んでいますよ」

 シウがチラッとキリクたちのいる方向に視線をやると、多くの人が集まって見えない。

「ですが、わたしはイェルド様から『必ず自分を通すように』と厳命されております」

「それはそちらの問題であって、我々の関知するところではありません」

 そう言って、ずいっと近寄った。

「さあ、行きますよ」

 と手を伸ばす。その無遠慮さに、シウは肩を竦めてから半身にして避けた。

 青年の手が宙を舞う。シウはすぐさまデジレを後ろから抱え込むようにして手前に引いた。

 デジレも秘書という職ながらオスカリウス家の一員だ。本人いわく「最低限ですけど鍛えていますよ」とのこと、シウのいきなりの行動にも慌てることなく合わせられる。ステップを踏むように軽々と位置を変え、視線は変えないまま青年を見つめた。

 シウもデジレの後方から警戒する。

「……はぁ、やっぱり手強いなぁ」

「どちらの方でしょうか?」

「もちろん、ダルムシュタット侯爵の者だよ。といっても信じてもらえないか。内密に、先んじて相談したかったのですが。どうやら無理ですね」

 青年はチラリとキリクがいる方を見た。事態に気付いたサラがイェルドに伝えたのだろう。彼の部下がさりげなく動き始めた。

「あーあ。だから嫌だったんだ。とりあえず、こちらに悪意はありません。本当に相談したかったんですよ」

「何をです?」

「わたしの口からはなんとも。それに、こんなところでは話せません」

 そう言うと、青年は気の抜けた様子で近付いてくるイェルドの部下に向かって歩き始めた。その際、シウに聞こえるよう小声で続けた。

「全く、オスカリウスの者ときたら部下の一人一人までしっかりしている。層が厚すぎでしょう。羨ましいを通り越して憎たらしいほどです」

 そして、ひらひらと手を振って去っていった。

 彼は途中でイェルドの部下と話をして、そのまま一緒に行ってしまった。

「本当に宰相の関係者だったみたい?」

「ですね。でも、いきなり呼び出すのはやっぱりマナー違反ですから」

「そっか。そうだよね」

 いきなり呼び出されることに慣れているシウは、デジレの言葉に乾いた笑いしか出なかった。

 本当に誰も彼もシウを気軽に呼び出すのだ。特にシュヴィークザームなどは。

「そうだ、ジルの様子はどうかな?」

「もう寝ちゃったみたい……」

 デジレの声が柔らかくなった。シウも同じように笑顔になって、キリクたちの方へと歩き出した。



 結局、キリクも連れ立って別室に向かう。

 パーティーを楽しむ面々ではないため、呼び出し自体は問題ない。むしろ早めに呼んでくれて助かると、キリクなどは思っているようだ。嫌なことを早く済ませて宿に戻りたい。それが本音だ。シウも同じ気分だった。

 それでも一応は「勝手にシウを連れ出そうとするな」というような内容を丁寧な言葉で抗議する。

 別室で待っていたエルムスは、眉間の皺を更に増やした。

「……個人的に謝罪しようとしたまでだ」

 それが本音とは誰も思わなかった。しらっとした顔で偉い順番にソファへ座っていく。シウは立ったままエルムスに会釈した。

「えーと、お久しぶりです?」

「相変わらず、すっとぼけた子供だ」

「え」

「ダルムシュタット侯、シウはもう成人しておりましてな」

「それはそれは」

 謝った風に見えて態度も言葉にも出さないエルムスこそ、相変わらずだ。シウは半眼になりながら、彼に勧められた対面のソファに座った。

 サラと騎士の一人はキリクとイェルドが座ったソファの後ろに立つ。普通なら女性のサラをソファに案内するところ、キリクの護衛として有名だからか誰もソファを勧めなかった。

「さて、この後には大臣方との話し合いもある。その前に『調整』したいのでしょう? さっさと本題に入りませんか」

 キリクが切り出すと、エルムスも同じ意見だとばかりに頷いた。

「本日、闘技場で騒ぎに巻き込まれとか。いや、遠回しに話しても意味がありませんな。直截に申し上げますが、あれはわたしどもの派閥が行ったものではない」

「その割には情報が早いようですが?」

 キリクの突っ込みに、エルムスは肩を竦めた。

「無駄な腹の探り合いはよしましょう」

「ふむ、腹を割って話すと?」

「こちらはそのつもりです。もう少し上手くやればいいものをと、思った我が心も正直に話しておきましょうか」

 チラとも表情を変えずに淡々と冗談を口にする。

 ――冗談だよね?

 シウは首を傾げて、額にもう刻み込まれて治りそうにないエルムスの皺を見つめた。


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