508 王宮へ行こう、特別な美容クリーム




 夕方までの試合をしっかり観戦した後、宿に戻ったシウは慌ただしく準備を始めた。

 ロトスたちは行かない。フェレスとブランカ、クロも留守番だ。まだ幼獣のジルヴァーだけを連れていく。

 シウは正装姿で馬車に乗ろうとして立ち止まり、もう一度ロトスに向かう。

「宿は大丈夫だと思うけど、闘技場にまで暴漢が現れたんだから気を付けて」

「わーってるって。カスパル様もちゃんと守るからさ」

「いや、カスパルは貴族だから大丈夫。オスカリウスの騎士たちもいるからね。手出しはされないし、守られてくれるからいいんだ。心配なのはロトスだよ。フラフラ出歩かないこと。ククールス、見張っておいてね。レオンも一緒だと助かる」

「なんで俺が子供扱いされてんだよ。ていうか勝手に出ませーん。俺、不良騎士じゃねぇもん」

「不良騎士?」

 シウが首を傾げると、ロトスは肩を竦めて立ち番の騎士らを見た。

「あいつら、当番以外は遊び回ってるんだぞ。羽目を外しすぎだっつうの」

「あー」

「まあまあ。いいじゃん。それより、レーネがそわそわしてたから、シウはそっちを注意した方がいいんじゃないか?」

 ククールスがロビーにいるアントレーネをさりげなく指差した。仲良くなった騎士と盛り上がっているようだ。仕草から、誰が飲み勝つか言い合っているような感じである。

 見られていたことに気付いたのか、あるいはシウがそろそろ出発すると気付いたか、アントレーネが走り寄ってきた。

「シウ様、そろそろ出ますか? あたしも一緒に行けたら良かったんだけど」

 彼女の身分では王城に上がれない。シウが王族と親しくしているフェデラル国ならともかく、デルフ国では無理だ。もっとも行けたとしても連れて行くつもりはない。デルフは何かと危険なのだ。

「それはいいんだ。だけど、留守番になったからといって遊びに行くのはダメだからね?」

「……えっ」

 普段なら自由にしていいと話しているシウだ。アントレーネが驚くのも無理はない。けれど、こればかりは譲れなかった。

「急激に治安が悪化しているんだって」

「でも、あたしなら――」

「レーネならやり返せるだろうね。だけど今は、オスカリウスの看板を背負ってるんだよ?」

「あっ」

「デルフはね、罠を仕掛けるのが上手い国なんだ。レーネはなんていうのか、まっすぐでしょう? 見抜くのは難しいんじゃないかと思う」

 言葉を選んで告げたが、アントレーネには通じたようだ。しょんぼりしながらも「そうだね」と納得している。

「あたしは単純だし、何かやってシウ様の問題になるのは嫌だ。分かった。飲み比べは宿でやるよ!」

「……うん。宿の中で楽しく過ごせるようで良かったよ」

「そうとなれば、宿に酒を用意するよう頼んでこなきゃならないね!」

「そうだねー」

「シウ、目が笑ってないぞ」

「エアストが怯えてるから、そういう顔するなよ。そうだ、希少獣たちは俺が面倒見ておく。みんな酒の匂いが嫌いだもんな」

 ロトスとレオンに言われて、シウは表情を戻した。

「頼むね。レーネが飲み始めるとククールスも危ないし。ロトスが納得してくれて良かった。レオンもいるし、本当に助かるよ……」

「こっちは任せとけって。なー、レオン」

「あ、ああ。俺たちより、シウの方が大変だろ。王宮では気を付けてな」

 一番まともなことを言ってくれるのはレオンだけだ。シウは頷いて、フェレスたちにも声を掛けた。

「遊んでいいのは宿の中だけだよ。外に行っちゃダメだからね。ロトスの言うことを聞くように。レオンがいいかな。あ、クロがいいかも」

「おい!」

「シウ、お前……」

「ははは、まあ俺は当てにならないけどさー」

「あ、あたしが酒を飲むのを我慢、我慢しようか?」

 我慢したくないのが口調だけでなく顔にまで出ているアントレーネにシウが笑うと、皆が余計にワイワイ騒ぎ出す。

 そこに最後の乗員がやってきた。キリクだ。無精髭はそのままに、正装だけしている。その隣を急ぎ足で付いてくるのがイェルドで、手には書類だ。馬車の中でも仕事をするらしい。

「待たせた。お前ら、見送りか? 今生の別れじゃあるまいし、さっさと中に入ってろ。暑いだろうに。シウも席に座れ。おーい、出発だ」

 と、キリクの一言で出発となった。彼の見送りは数名の幹部のみ。立ち番の騎士でさえ、気軽な様子で敬礼だ。それに対してイェルドは何も言わない。

 無駄を嫌うオスカリウスらしい光景だった。



 久しぶりに訪れる王宮は、以前と違って嫌な感じは受けなかった。

 シウのレベルが格段に上がったのもあるだろう。そこかしこにあった魔法陣は以前のまま、魔力が低い人や敏感な人なら気持ち悪くなる術式も変わっていない。

 キリクたちも魔法を弾く魔道具を身につけている。前回の件があってから強化したようだ。もっとも水晶竜の鱗の欠片を持っていれば、ある程度は防げる。攻撃などの体に干渉する魔法を弾くだけだから物理には弱いが、なにしろキリクは英雄と呼ばれるほど強い。

 というよりも、オスカリウス家は皆が中層程度の迷宮に潜れるぐらい体を鍛えている。

 アマリアだって今は妊娠中で静かにしているけれど、ゴーレムを連れていれば迷宮に潜れるぐらいの強さはあるはずだ。それだけゴーレム製作のレベルが上がったとも言える。

 ちなみにオスカリウス家の女性が体を鍛えるのは、常に魔獣スタンピードの脅威に晒されているからだ。

 ともあれ、この一行にシウが心配する要素はない。


 さて。シウはジルヴァーを背負って、その上からマントを羽織っている。背後に回って見れば、頭だけを出したジルヴァーがシウの肩に額を押しつけているような格好だ。ねんねこに似ているだろうか。マントなので大きな違和感はないと思うが、二度見はされる。

 シウは騎獣関係で見られることには慣れているから、気にせず堂々としていた。

「背中のものを外してください。身体検査をします」

 と言われても「この子は幼獣なので離せません」と返して終わりだ。

 そもそも他国の上位貴族が連れてきた者に身体検査を言い出すのもおかしな話で、イェルドが文官に耳打ちしている。抗議するのだろう。

 もっとも一度だけの問答で通れたから、ただの嫌がらせかもしれない。シウは急いでキリクたちに続いた。

「呼ばれたから来たのに」

 つい愚痴を零す。すると、サラがすすすと隣にやってきた。

「宰相に言ってちょうだいな。あの人、絶対にシウのことが苦手よ」

「そうですか?」

「ええ。あなたの話題が出ると、ほんの少しだけどこの辺りがピクピクするの。嫌そうな顔をしてね」

 と、自分のこめかみを指差す。

「途中でイェルド様が気付いて、何度もあなたの名前を口にするのよ。わたし、笑い出しそうになって困っちゃったわ」

「あはは」

「キリク様は早く終われーって感じで足を揺するし、相手は苦虫をかみ潰したような顔でしょう? 本当、嫌な時間だったわぁ」

 という彼女は、輝いている。

 シウが渡した秘蔵の美容ポーションを早速使ったらしい。ついでに渡した特別製のクリームも塗ったようだ。

 最初はエミナのために作った化粧品シリーズも改良を重ね、その度に商人ギルドにレシピを渡している。それらは「どこでも採れる」素材で作れるようランクを落としていた。

 けれど、最初に作るのは最高級品でありたい。シウはなにしろ実験が好きだし、まずは良いものを作りたかった。

 エミナは現在は市販品でいいと受け取らないけれど、ここぞという時に必要な時もあるだろう。まあ半分以上はシウの言い訳だ。本当はただ作りたいだけで、良い素材が手に入れば改良している。

 竜苔の芽をポーションに使った時もそうだ。美容品にも使えるのではないかと実験した。


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