507 暴漢を諭す、拘束と珍しいイェルド
今のシウの見た目は貴族とまではいかずとも、その子供、もしくは裕福な家の子といった格好だ。態度からも、舐められるとは思えない。
つまり、男たちはわざと絡みに来ている。
チンピラめいた言動もわざとらしい。シウの背後には貴族家のお仕着せを身につけたデジレだっているし、大剣は持っていないがそれなりに強そうなアントレーネだっているのだ。騎獣も二頭いる。
どう考えても貴族家か、その関係者だと分かるはずだ。
「もしかして、こちらがオスカリウス家の者だと分かっていて手を出そうとしてます?」
念のため聞いてみた。
はたして。
「……ちっ。知るか。家名があれば偉いとでも言いたいのか」
と、変な誤魔化し方をした。明らかにオスカリウスの名に反応している。
どうやら本当にオスカリウスの関係者だと知って絡みに来たらしい。
誰に頼まれたのか、どんな恨みがあるのかは知らないが、勇気がある。
シウはなるべく穏便に始末しようと、困惑げな笑みのまま返した。
「どういう意図があるにしろ、止めておいた方がいいですよ? 尋問されたら困ると思うんです。もし誰かに罪をなすりつけようとしているなら、それも無理ですからね?」
サラがいるのだから調べるのは造作もない。それにイェルドという怖い人もいる。とことんまで調べ尽くすはずだ。それでダメでも、キリクの魔眼があれば「視」えてしまうだろう。
もちろん、シウも彼等を調べるのに協力するつもりだ。
今は鑑定魔法を掛けても彼等の身元が分かるわけではない。が、
「……うっ、うるせぇ!」
「弱みを握られてます? でもあなた方に命令した人は簡単に雇った人を切り捨てられる人だと思います。だって、あの英雄の関係者を襲えと命じるんです。無謀にもほどがある。最初から捨て駒なのは、あなたたちだって分かっていますよね?」
「う、うるさい、うるさい!」
くそっ、と声を張り上げて手に持っていた剣を振り回す。それなりに使えるようだが、闘技会場の試合を観ていたシウにはお粗末に見えた。
サッと近付いて一瞬で拘束する。糸でグルグル巻きにしただけだが、手足を縛られたら普通の人は動けない。彼等は持っていた煙幕や攻撃用の魔道具を発動させることさえできない、そんな程度のレベルだった。
一応、振り返って見ていたアントレーネは問題ないと分かるや試合見学に戻った。レオンはチラチラと気にしていたけれど、男たちが拘束されたらホッとしたようだ。同じく前を向く。フェレスとブランカに至っては試合に夢中で振り返りもしなかった。
シウの傍に来たのはデジレだけだった。
「大会の警備に連絡してきます」
「その方がいいね。サラさんの手を煩わせると、この人たちが大変な目に遭いそうだし」
「イェルド様も仕事を増やすなとお怒りになるでしょうからね」
「キリクは喜びそう」
「いいえ。試合が観られないと怒りますよ」
「あ、そっか」
そんなに試合観戦が好きなのかと、シウは笑った。
それからデジレが警備を呼びに行くのを見送り、男たちを見下ろす。
「失敗したら殺される、なんてことにならないよう祈ってますね」
「……ま、待ってくれ」
「大会関係者に雇い主の手が入っていないといいけれど」
「待て、頼む。話す。話すから!」
やはり大会関係者の手引きで入り込んだようだ。普通に入場した可能性も考えたが、これほど騒いでいるのに警備が来ないのもおかしかった。
いくら今回の大会で使われない通路だとはいえ、前回の時は見回りが来ていた。シウたちが悪さをするでもなく、きちんとした格好をしていたので見逃してくれていたのだ。
「良かった、話す気になってくれて。でないと、精神魔法を使って直に聞くしかないって進言するところだったよ」
下手くそな魔法使いなら危険なことになりかねない「相手の記憶を視る」精神魔法は、ほとんどの国で使用制限がかかっている。公的な場所で、しかるべき許可を得てからでないと使えない。しかもレベルは最高値でないと難しく、低いレベルで無理矢理視ようとすれば脳が破壊されることだってあるのだ。もちろん人道的に許されないし禁忌であるが、デルフという国はどうだろう。
男たちはそれを聞いてぶるぶる震えた。
そして矢継ぎ早に、自分たちに依頼してきた男の話を始めた。
彼等も貴族の関係者を本気で襲うつもりはなく、ちょっと痛めつけて、あわよくば騎獣を盗めたらいいと思っていたようだ。
デジレはオスカリウスの騎士数人に声を掛けてから、大会の警備係を呼んだ。何の打ち合わせもしていなかったが、彼はちゃんと分かっていたようだ。
「こちらの身内が襲われ掛けたのですから、尋問には我々も立ち会います。よろしいですね?」
と有無を言わせぬ態度で、断る警備係にごり押しだ。
ついでにシウも警備係に声を掛けておく。
「先ほど彼等が自白した内容は、誓言魔法を用いて正式に記録しています」
そう言っておけば証拠隠滅で消されることもないだろう。彼等を庇うわけではないが、何かあればシウも後味が悪い。それに生き証人はどんな証拠にも勝る。
案の定、警備係は目に見えておどおどした。後で知ったが、デジレがこの警備係に声を掛けたのは通路の近くだったそうだ。手引きした関係者なのだろう。
オスカリウスの騎士数人も、暴漢者ではなく警備係を囲むようにして歩いていった。
この件は昼休憩になってからイェルドに報告した。彼は、シウが自動書記魔法で記した内容を見ながら溜息を漏らした。
「次から次へと姑息な……」
「その人の名前に心当たりがあるんですか?」
「中央派の下っ端貴族です」
「下っ端ですか? よく覚えてますね」
「記憶魔法がございますから。他国の貴族名鑑も毎年取り寄せて覚えていますよ」
「すごい」
「その代わり、どうでもいい情報は覚えないようにしてます」
シウが眉を顰めると、イェルドは苦笑した。
「魔法で圧縮できるとはいえ、仕事で必要な情報は膨大です。余計なものは捨てていかねばなりません」
それから微笑んだ。シウが不安そうに見えたのか、とても優しい表情だ。いつものイェルドらしからぬ姿で、しかも頭まで撫でてくる。
「大事なものは心の奥底に仕舞ってあります。安心してください」
前世の記憶が過去になりつつあるシウは、イェルドの話を自分に重ね合わせてしまった。前世を完全に忘れるのは怖い。今この時を大事に生きているが、それと記憶を失うのとは別だ。シウを形成する元になっているそれらを、捨てようとは思えない。
幸いにしてイェルドは自分の核となるものは守っているようだった。
「ふふふ。本当にシウ殿は素直な方だ。そんな年相応の姿が見られるとわたしも安心です」
「あの」
「はい。そろそろ、からかうのは止めましょう」
「からかってたんですか!」
「冗談ですよ」
「え、どっちです?」
「本当に素直ですねぇ。わたしの子供もあなたみたいになって――」
言いかけて途中で黙り込む。シウが眉を寄せて見上げると、イェルドが考え考え口を開いた。
「あなたみたいになったら危険だ。騒ぎの元を作ったり見付けたり、後処理が大変になるでしょう。それに、わたしの子ですからねぇ」
いきなり現実に戻ったかのような態度で、シウは置いてけぼりを食らった感じだ。イェルドにどう思われているのかもよく分かる。
シウはムッとした顔を隠さないまま、話を元に戻した。
「連中が白状した雇い主の名前、そのまま信じるわけじゃないでしょうけど心配ですね」
「大会の責任者には連絡を入れました。今夜のパーティーでも根回しはしておきます。あなたも宰相との面談で話題ができて良かったですね」
「……お子さん、母親似だといいですね!」
「おや」
イェルドは片方の眉を上げ、物珍しそうにシウを見下ろした。それからまたシウの頭を撫でる。
たまたま視線が合ったキリクが目を見開いていたので、やはりイェルドにしては珍しい姿のようだった。
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