506 ウキウキの準決勝戦?そうでもなかった




 準決勝戦がある土の日はシウも観戦に行くことになった。

 キリクが朝からウキウキしていて、釣られてオスカリウスの皆もどこか楽しそうだ。ロトスも一緒になって興奮している。彼がそんな状態だから単純なフェレスやブランカも「何か楽しそう」とふわふわ飛んでいた。走り回らないだけの分別はあるが、気を抜くと会場までの道中に何度も浮いてしまう。それを落ち着かせようとしているのがクロで、スウェイは巻き込まれないよう静かに馬車の後ろを進んだ。

 ちなみに短い区間ではあるが、キリクは貴族なので馬車移動だ。

 シウたちはお付きのフリをして後ろを歩く。

 馬車にはカスパルも乗っていた。キリクに誘われたら行くしかない。本当は買ったばかりの本を読みたいはずなのに「ではご一緒しましょう」と応じていた。そのあたりがカスパルは大人だ。貴族の付き合いというものを考えている。

 もちろんダンや護衛の気持ちも考えたのだろう。彼等は試合観戦が楽しみらしく、シウの後ろでロトスやレオンと「どの選手が残るか」で盛り上がっていた。

 アントレーネは騎士たちと賭けをしているらしい。

 とにかくも、騒がしい一行は早々と闘技会場に着いた。


 ロトスは闘技大会が初めてだし、見るもの全てが面白いらしい。

 ただ、デルフとウルティムスが何やら通じているという噂があったから、心配性のシウはまたも「心に留めておくようにね」と注意した。もちろん、彼は立派な大人でもう気にする必要はない。分かっていてもシウの心配性は治らないのだった。

 幸い、ククールスがすぐ調子に乗るロトスの手綱を握ってくれる。

「今日は俺もいるしさ。昨日はレオンがさりげなく見張ってたみたいだぞ」

「レオンって冷静だよね」

「なー。あいつが慌てるのってエアスト関連だけだろ。あ、あと、ロトスのことをバラした時もか?」

 ニヤニヤ笑うククールスに、シウは肩を竦めた。

 そして会場に着いてから走って行ってしまった皆を目で追う。

「レーネは、あれはもう何も考えてないよね?」

「それなー。ていうか、うずうずしてるぞ。自分も出場したかったって言って」

 もし、赤子三人がデルフに来ていたらどうだっただろう。シウはおとなしくしているアントレーネが想像できなかった。たぶん、会場に一緒に連れてきて試合を見せた気がする。

 幸いといっていいのか、赤子たちはシュタイバーンのブラード家で引き続き預かってもらっている。サビーネやスサたちメイドが休みを交代しつつ面倒を見ていた。デルフに連れて行くのは反対だったらしい。確かに強行軍だったので赤子には厳しかったろう。

「試合に飛び入り参加するには少し遅かったよね」

「そうそう。でも昨日の夜、じゃあどっちが良かったんだって聞いたら『海の魔獣を倒す方が断然いい』って返ってきたからなー」

「ロトスとどっちが魔獣を倒せるか競い合ってたし、楽しかったのは魔獣討伐だろうね」

「あいつらガキだよな。その点、レオンは大人だぞ」

「苦労性なんだよ」

 世話焼きに慣れているから、ロトスがフラフラするのを止めたりアントレーネが騒ぐのを注意したりと頑張っている。エアストも一緒なので大変そうだ。

「……ちょっと可哀想になってきた。フェレスとブランカもいるし、クロだけじゃ止められないか。行ってくる」

「おー。じゃあ、俺は残るわ。ここは任せろ」

「はいはい。スウェイも護衛よろしく」

「ぎゃ」

 溜息めいた返事を聞いてから、シウはジルヴァーを抱え直して皆のいる場所に向かった。



 試合は特に見るべきところはなかった。飛竜大会を観た後だから、あるいは海の魔獣や迷宮での経験が驕りとなっている、というわけではない。

 出場者全体のレベルが下がっているのだ。

 もちろん、シウがシーカーの戦術戦士科で学んでいるのも理由の一つだろう。対人戦に関して訓練を重ねている。目が肥えたのだ。

 その経験からも、大会の質が下がっているように感じた。

 実際、以前の大会と比べて上位選手が減っているという。

「前回までの入賞者、ほとんど参加してないってさー」

「そうなんだ。新規ばっかりなんだね」

「あと、デルフの兵士とか騎士の参加が多いみたいー。優勝賞品も現物支給とかデルフでしか通用しない勲章だって」

「ひどいなあ」

「俺、すごい楽しみにしてたのにー」

 ロトスがぶすくれているが、それでも昨日までは楽しかったようだ。まだ一般人も多かったらしい。準決勝戦になっていきなり、昨日勝った人が棄権しているのだとか。

「あの変な槍使いの人、面白かったのにな~」

「変な槍?」

「三叉槍みたいな感じで、ギザギザになってて格好良いんだ。ギミックがあって、ぴょんって鉤が出てくんの。持ってる人の動きも猿みたいで面白かった。フェレスとブランカもすげー喜んでたし」

「へぇ。僕も見たかったなあ」

「オジサンなのに身軽でさ。最初、ハゲてるから爺ちゃんだと思ったんだよなー。本当に爺ちゃんかもしれないけど」

「そういう感じなんだ?」

「うん。遠かったから鑑定魔法使えなかったんだ。でもたぶん、オジサンなのは間違いない」

 他にも気になる魔法使いや、面白い武器を持った人もいたそうだ。

 ところが残ったのは真面目なタイプの騎士や戦士ばかり。

 レオンは剣を使うので「勉強になる」と熱心に見ているけれど、ロトスはつまらなくなってきたようだ。

「外の屋台見てこようかなー」

「行くならククールスを連れてね」

「マジで?」

「デルフは治安が悪いって話、したよね?」

「んー、分かった。じゃ、誘ってくる。クロも一緒に行こうぜ」

「きゅぃ」

「クロ、お願いね」

「えっ、何それ。もしかして俺の面倒を見てねって意味?」

「……連絡係としてお願いしたんだよ?」

 じとっと見られたけれど、シウはにっこり笑ってごり押しした。


 皆が見ているのは、以前リグドールが「穴場」として見付けた場所だ。デジレも覚えていてレオンと一緒に皆を連れてきていた。今はアントレーネとレオンがかぶりつきで見ている。

 会場の自由席である一番前に行ってもいいのだが、フェレスとブランカがいるので遠慮したらしい。もみくちゃになって大騒ぎになるから止めた、が近いだろうか。

 それにブランカのサイズだと一般席には入れない。ギリギリ許可されるかもしれないが、それはあくまでも貴族の持ち物という扱いを受けるからだ。

 本当は貴族席にいた方がいいのに、なにしろ「楽しそう」と二頭が騒ぐものだから仕方ない。

 普段は騎獣や魔獣を登場させるのに使う搬入用通路は、今回の大会では使わないので他に誰もいない。

 ――はずだったのだが。

 しばらくして人の気配が近付いてきた。


 気配に気付いたのはフェレスとブランカだけではない。アントレーネも同時にハッと振り返った。それに驚いてレオンとエアストが身動ぐ。デジレも何事かとシウを見た。

「大丈夫だよ、みんなは試合を観てて。ジルヴァーは――」

「ぷぎゅ」

「分かった、その代わり静かにね」

「ぴゅ」

 離れたくないらしい彼女を背中に抱き着かせ、シウは通路を戻った。

 廊下から入り込む通路を塞ぐように、男たちが立ちはだかっている。

「なんでしょうか?」

「ここは一般人は立ち入り禁止だ」

「そんなはずはありません。立ち入り禁止の場所には予め入れないように結界が張られています」

「破ったんだろう? 子供はすぐに抜け道を見付けやがる。さあ、こっちへ来い。悪い子は捕まえんとな。ついでに騎獣も二頭、もらってやろうじゃないか」

 ニヤニヤ笑う男にシウは首を傾げた。


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