505 勇者の現在と魔道具と交渉の結果




 イェルドは肩を竦めた。

「もっとも、我々だとて『どうしても』行きたいわけではありません。デルフ国を覆ってしまうような状況になれば事情も変わりますが、今のところ封じ込めには成功していますからね」

 直接、シュタイバーンに接していないのも積極的にならない理由らしい。

 小領群の東側と南側は海になるし、その西側はラシュタット領だ。ラシュタットの西はフェデラル国になる。そうしたことからフェデラル側からも支援の申し入れはあるらしい。

 どれもデルフは突っぱねている。

 その代わりに勇者を使っているというわけだ。

 しかし、勇者というのはロワイエ大陸全体にとって大事な宝である。その存在自体が人々の希望になる。魔人族に対抗できるのは勇者や英雄と呼ばれるような人だけだ。実際がどうかは別として、人々はそう思っている。

 だからこそ勇者という称号を得ると、人々に希望を与えるためにも大陸を旅して回るのだ。大陸にある国の総意として「お願い」している。行く先々で魔獣に苦しむ民を救うのが勇者の仕事でもあった。それを一つところに留まらせるのは、他国からすれば有り得ないことだ。

「そろそろ迷宮を制覇してもらいたいところなんですがね」

「まだ無理そうってことですか」

「脇を固める冒険者は優秀なんですが、なにしろ人数が少ない。まあ、今回エルムス殿と個別の交渉もできましたし、もう少し人員を送り込めるでしょう」

「実は僕、その一級冒険者のエサイフさんと知り合いなんです」

「ほう?」

「エサイフさん、勇者が心配だからと追いかけていったんです」

「ええ、彼こそが一番の協力者ですよ」

「もしかして情報も彼等から?」

「他にも情報源はありますがね。ただ、かなり時間がかかるのが困り事でしょうか」

「あ、良かったら通信魔道具をお渡ししますけど」

「おや」

「あれからまた改良したんです。名前は付けてませんけど……」

 ふと、ロトスからヒーローものの漫画について講義を受けたことを思い出す。シウは思い出したそのままに「改良版なので《超高性能通信改》としておきましょうか」と続けた。

 作ったはいいけれど皆にはまだ渡していなかった通信魔道具を魔法袋から取り出す。

「長距離でもタイムラグがほとんどなく、通信障害にも強いです。音も以前のものより綺麗に聞こえます。その代わり燃料食いですけど」

 魔核をそのまま突っ込んで使うタイプだ。普段は節約について考えているシウだけれど、たまにこういう力任せの魔道具を作る。いざという時のための武器に、節約は要らない。

「盗聴対策もしています。どうですか」

「譲ってください。燃料食い? 構いませんとも。素早く情報を得られる方がずっと価値があります」

 イェルドは目を輝かせ、シウから魔道具を受け取った。名前については何も言わなかったので結局《超高性能通信改》とした。



 さて、イェルドは偽金問題や勇者の話だけをするためにシウを呼び出したのではなかった。

「実はフェデラル国から正式な抗議を受けたデルフ国が、その場にいたオスカリウスの関係者に話を聞きたいと言ってましてね」

「ん?」

「ああ、すみません。何度となく話したのでつい。アドリアン殿下の飛竜についてですよ」

「あ!」

 アドリアンがもう抗議していたとは思わなかった。というより、デルフに抗議しても意味がないと認識していたので驚いた、に近いかもしれない。シウは飛竜の治療をしたのが随分前のように感じた。けれど、まだ一週間ほどしか経っていない。あの治療の後から魔獣スタンピードという大騒ぎが始まったのだ。

「竜医が治療内容や今後の治癒方針について書いたもの、その後あなたがどう治療したのかを書いた報告書、それらを見せてやりました」

「はぁ」

「試合の流れを詳細を書き出した書類もありましてね」

「そんなものがあるんですか?」

「ええ。大会審査員のみならず、各国が独自に資料として作っています。当然ですが我が国やフェデラル国だけではない、開催国の報告書の写しを用意しました」

「す、すごいですね」

 短期間にそこまで集め回ったのかと驚いたが、イェルドいわく「そうではない」そうだ。

「そもそもデルフに乗り込む予定があったところに、事件が発生したわけですから。アドリアン殿下の根回しもありましたし、それを耳にしていたシャイターンに残った文官らが良い仕事をしてくれました」

 キリクやイェルドを見送った文官らは手分けして自分たちの仕事をした。それだけではない。指示がなくとも「きっと必要だろう」と自ら仕事を作って用意した。

 彼等は、キリクなら絶対にデルフ国に行くだろうと思い、間に合うように書類の写しを用意したのだ。そして超特急の飛竜便に乗せた。

「シャイターンの大会関係者のサインまでありましたからね。試合がどれほどひどかったのか、分かっていただけたかと思います」

「非を認めました?」

「わざとではないと、いつもの言い訳はされました」

「飛竜の爪に毒が塗ってあったのに?」

「それについては『皆目見当も付かない』そうですよ」

「えぇー」

「ですが実際には被害に遭っている、ということが証明されているわけですからね。『賠償金は払う』との言質は取りました」

「さすがです」

 その後、キリクが「飛竜らの爪に毒が付着するなんぞ、普段からきちんと面倒を見ていないせいじゃないか」と嫌味を言ったり「俺が監督してやろうか」と半ば本気でごり押ししようとしたりで、そこそこの騒ぎになったようだ。

 結局、今後は試合直前に「第三者の竜医による身体検査を行う」というルールの提案を受け入れさせることに成功したとか。

「キリク様がここぞとばかりに攻め込んでくださったので、今までの荒っぽい試合方法についても見直すそうです。もちろん書類に残していますよ。良い仕事をしました」

 とはいえ、勝てた交渉ばかりではない。

 サラが嫌そうな顔でぼやく。

「でも、あなたの名前が出て覚えられてしまったわ。以前の、スヴェルダ王子の救出で目立っていたとはいえ、あの頃ならまだ『オスカリウスの関係者』で済んだの。飛竜大会での騎獣レース連続優勝という輝かしい成績についても『後ろ盾がオスカリウスだからだろう』と甘く見積もってもらえていたのに」

 サラの言葉に対してキリクがフッと鼻で笑った。

「宰相は端からシウに目を付けていたぞ。遅かれ早かれバレてたさ。今までがおかしかったんだ。目立つ行動をする割には、何故か思ったより危険視されなかった。本当だったら、俺より目立ってもおかしくなかったんだ」

「それは……もっと目立っているキリクがいたからじゃ……?」

「おうよ、だから俺に感謝しろ」

 ふんぞり返って偉そうに言うが、その顔は疲れている。

「明日の試合、観に行けるの?」

「行くさ。絶対」

「その代わり、夜は王城のパーティーに参加よ?」

「ちっ」

「交渉してようやくもぎ取ったのは誰かしら? ああ、シウ、あなたもよ」

「えっ」

「全ての交渉が上手くいくわけないでしょう? 残念だけど、あなたを『招聘したい』のだそうよ。非公式だから安心して?」

「……全然安心できません」

 淡々と語るサラにシウが文句を返すと、彼女は笑った。

「仕方ないじゃない。宰相殿がそこだけは譲れないと頑ななんですもの。よほど気に入られたのねぇ」

「違いますよ、絶対に前の、偽金の件で根に持ってるんです。あの人そういう感じだったし」

「分かります」

 イェルドが拳を握って同調するので、今回のやりとりでも相当苦労したのだろう。

 彼は以前もエルムスとやり合って疲れ切っていた。

「とにかく、明日の夜は王宮に招かれているのでそのつもりでね。昼間は自由よ。キリク様も試合を存分にご覧ください~」

 そう言うと、サラは立ち上がった。

「わたしはもう疲れたので、先に休むわ」

 そしてシウの前に立った。シウが首を傾げると彼女も可愛く傾げる。

「以前もらった美容ポーション、もしよければまた買い取らせてくれないかしら?」

「お店で売っている分を?」

「あれは毎日使っているわ。でも、一度すごいのをくれたじゃない」

「あー」

「わたしにだって頑張ったご褒美が欲しいわ。タダとは言いません」

 ニコニコ笑うサラに、シウは逆らえる気がしなかった。もちろん、進呈した。水竜から取り出した成分で作った美容ポーションの方を。


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