504 皆がぼやくお話(偽金問題など)




 領土問題に関しては昔からのことらしい。キリクがぼやく気持ちも分からないではない。シウが憐れみ半分、その面倒くさい話を聞かされるのかと困惑半分でいたら、イェルドが割り込んだ。

「シウ殿には偽の白金貨について真実を聞く権利があるでしょう? あなたが教えてくれた情報ですからね」

「あー、はい。あれですね」

 シウは以前、デルフ国の王族であるスヴェルダと彼の聖獣プリュムを助けたことがある。そのお礼として、シュタイバーンなど大陸中央で使われているロカ貨幣の白金貨を渡された。ところがそれが偽金だった。

 偽金だと判明した時、立ち会っていたエルムス宰相が額に青筋を立てていた姿をシウは今でも覚えている。元々が酷薄そうに見える厳しい顔付きの人だったが、よりひどくなったように見えた。

 そもそも、白金貨を用意するところが陰湿である。白金貨というのは王侯貴族や大商家が大金のやりとりを簡単にするために使う。庶民には使いようがない。どこで崩せばいいというのか。その下の大金貨でさえも滅多に使われないというのに。

 ただの嫌がらせで用意したのだからエルムス宰相の性格がよく分かるというものだ。

 ところが、単純な嫌がらせのつもりが、嫌がらせを遙かに超えた大問題に発展した。なにしろ報償として渡した貨幣が偽物だったのだ。

 宰相も知らぬことで、彼にとっては大失態である。面子丸潰れどころではない。当時は「調べる」と言って、エルムスが別に礼を用意して無理矢理話を終わらせた。が、その結果についてシウは詳細を知らされていなかった。

「今頃ですか……」

「かなり前に決着は付いていたようですがね」

 最後の処分が済んだのが今年のこと。ちょうど夏に闘技大会がある。オスカリウス家はよく観戦に来るから「報告するにはちょうどいい」と考えたようだ。

あの・・宰相らしい話でしょう? ねちねちとした交渉をするので各国の首脳陣から嫌われています」

「い、言いますね……」

「わたしも大変苦労しましたから。今回の件で引退に追い込まれるのではと期待していましたが、国王が慰留したとか。残念です」

「国王が引き留めるんですか? よほど信頼が厚いんですね」

「というより、デルフは王族の力が弱いですからね。親王派にもパッとした人物がいません。となると中央派ではありますが、中でも最大勢力のダルムシュタット家を取り込んでおく方が国王にとっては安心です。特に現在は、北部派が急速に力を失って強硬派が幅を利かせていますからね」

「北部派っていうのは、ブライザッハやヴェルトハイム領のことですか?」

「ええ。ブライザッハはヴェルトハイムと組んでいましたが、偽金問題で何家か潰れたのを見て手を引いたようです。ヴェルトハイムも切り捨てて無事に逃げ果せたようですが、大損には違いありません。巻き込まれたくなかったのでしょうが損切りの失敗は痛かったでしょう。ブライザッハは現在、強硬派から声を掛けられているところじゃないでしょうか」

「詳しいですね」

「ブライザッハはシュタイバーンと接していますから、これぐらいは調べておかないと」

 位置的にオスカリウス領と全く関係はないが、国として考えるなら情報収集も必然なのだろう。特にデルフは常に領土を広げようと虎視眈々狙っている。国が、というよりも領主たちが、だろうか。

「そうしたことから、偽金問題と南部のスタンピードがきっかけで勢力図が大きく変わりました。元々、貴族同士の争いが多い国ではありましたがね」

 イェルドは大きな溜息を零し、何も知らないシウにデルフの派閥を簡単に説明してくれた。

「北部派、親王派、南部派、強硬派、そして最大派閥の中央派ですね。中央派と名乗ってますが穏健派と日和見派が交ざったような感じでしょうか。ですから、しょっちゅう派閥の変更があります。情報を集めても日ごとに変わりますからね」

「お疲れ様です?」

「サラが一番疲れているでしょう。デルフは魔法による干渉対策もしっかりしていますから、普段より精神力が要るんですよ」

「あー、探知に引っかからないように調査するのは大変でしょうね」

「あなたに一度やられてから、サラは随分と真面目に魔法のレベル上げを頑張っていましたよ」

「あはは……」

「ちょっと、わたしの話はいいでしょう?」

「おや、聞こえていましたか? わたしの苦労話は聞こえないのにねぇ」

「嫌味は止めて。あなたも疲れたのは分かっています。さ、食事が揃ったわよ。先にいただきましょう」

 彼女は従者に命じて、端のソファでぐったりしていたキリクを引っ張ってこさせた。


 食事中は当たり障りのない会話となったが、終わればまた彼等がどれだけ大変だったかの話や事後の打ち合わせに戻った。

 何故シウが聞かされるのか不明だが、関係あると言われたら「そうかも?」となるので黙って聞く。

「じゃあ、偽金はヴェルトハイムが主導していたと思っても?」

「ええ。シュタイバーンとの戦争を予想して用意していたと思われます。ただ、和平交渉が始まってしまいましたからね。それにヴェルトハイムはラトリシアのエストバル領との争いが激化した頃です。その際、戦費がかかりすぎるからと中央派に反対されて揉めたようですね。腹を立てたヴェルトハイムが、特に宰相をやり込めたいと国庫にあった本物と差し替えた、というのが実情でしょう」

 そして蜥蜴の尻尾切りをして、なんとか自分たちはお家の取り潰しを免れた。けれどもその代償として、根回しやら何やらに随分と費用が掛かったらしい。しばらくは戦争ができないぐらいに力を落とした。

 勢力図が大きく変わったのもそのせいだ。

 特に南西に位置する強硬派が盛り返してきており、王宮でも幅を利かせているという。

「南部派はミッテルバルト侯爵を筆頭に独自路線を貫いていますので、まとまるということを知らない。エルムス殿が珍しくぼやいていましたね」

 あちこちで代替わりもあり、今のデルフは混乱期らしい。

 始まりは、南部にある小領群で起こった魔獣スタンピードだ。今もまだ、その後始末で混乱が続いている。

「最終的に被害は食い止めたものの、幾つもの小領群がスタンピードに飲み込まれましたでしょう? ラシュタットは自分の領地の手前で止めたものだから、後に随分叩かれたようでね。もっと早くに救援できたのではないかと責められたことから、復興支援を断っているんです。ところが次に近い領となるとガルミッシュになりますが、深い渓谷や山が阻んで行き来に時間がかかる。支援が疎かになって、勇者たちも大変だと聞いています」

「勇者がまだいるんですか?」

「ええ。勇者を一つところに留まらせるのは良くないのですがね。しかし、スタンピードが最悪の形で広がったため、あちこちに迷宮ができているそうです。詳細を知ろうにも、あのあたりには間諜も気軽に送り込めません」

「それは……」

「幸い、一級レベルの冒険者パーティーが勇者の支援に回っています。地道に迷宮を一つずつ潰していると、先日も情報が入りました」

 最初の一報から随分時間が経っているが、考えてみればキリクらが若い頃に発生した地下迷宮アルウスも、押さえ込みが成功するまでに半年もかかっている。

 後手後手に回ったデルフ南部のスタンピードなら、もっと時間がかかってもおかしくはない。まして、国を挙げての押さえ込みとは言い難い状況なのだ。

「我々も隣国にあるものとして支援の用意はあると交渉はしてみたのですがね」

「アドリアナやシャイターンとは違いますね」

 彼等はオスカリウス家がいるとなると、むしろやってくれと言わんばかりの「お任せ」状態だった。

「ええ。宰相などは『支援というのならば無償でも?』と言いそうですが、その前に防衛大臣の大反対があって交渉の余地など一切ありませんでした」

 内政干渉だと叫ばれ、しかも他の面々まで追随したという。エルムスが自国の大臣に呆れた視線を送っていたそうだ。どんな表情か、シウには簡単に想像できた。


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