503 便利な指輪型魔道具、イェルドの呼び出し
シウは助け船を出した。
「じゃあ、カスパルが避けた本を僕が買おうかな」
「シウ、お前ってば……」
「シウは僕よりもお金持ちだからねぇ。しかも『本を買いすぎてはいけない』と叱る人もいない」
「一応、読んだ分は寄付してるから。貴重な原書は残してるけどね。あと、有用だと思った本はカスパルの家の書棚にも並べてるよ」
「ほら、やっぱりシウだった。僕が勝手に買ったのではないかと、先日ロランドに説教されたんだ」
「え、ロランドさんには言ったよ?」
首を傾げると、ダンが笑った。
「カスパル様、騙されたんですよ。これ幸いと説教に使われたんだな」
それを聞いたカスパルは珍しく、すっと真顔になった。笑み顔の彼が真顔になると、なんだか怖い。それはダンやルフィノたちにとっても同じらしく、カスパルの機嫌を取ろうと「これも買いましょう」と唆すのだった。
その後も出店の本屋を巡ったが、おおむね満足のいく買い物になった。
カスパルもシウも控え目にしたのと、すでに似たような本を持っていたこと、また粗悪品が多くてブレーキがかかったこともあって大きな騒ぎにはならなかった。
多少、すごい買い方をする若者がいると噂は立ったようだが、以前のシウほどではない。
お昼を過ぎたあたりでダンやルフィノのお腹から「抗議」の音が鳴ったので終了となり、宿に戻った。
飲食店に入るより宿の方が安全で安心だ。何よりも近い。
昼食が済むと、カスパルは思う存分買い物ができたのでもう用事はないとばかりに部屋へ籠もった。
宿にはオスカリウス家の兵や騎士らが交代で詰めており、客人でもあるカスパルの部屋の前にも立ち番がいる。だから午後はダンと護衛も休みをもらい、午後の試合を観戦したいと出ていった。
シウはイェルドに午後を空けていてほしいと頼まれており、呼ばれるまでは暇だからと部屋で作業を始めた。
というのも、カスパルと古書の話題で盛り上がっていた時に良い話を聞いたのだ。
「そろそろ都市の排水処理設備の研究が大詰めなんだけど、まだまだ論文としてまとめるには足りない裏付けがあってね。それが今回の分で揃いそうだよ。ああ、そうだ。先日読んだ本の中に
思い出して良かったと笑いながら渡してくれた。その本は受け取ってすぐに内容が記録庫に保存される。同時に速読していたら、とある場所で意識が止まった。
それは古代聖遺物についての考察で、特に「迷宮に転移された場合に必要な魔道具の一覧」がカスパルのおすすめだった。その中に、ひっそりと埋もれるように数行だけの説明があった魔道具に、シウは「これだ」と思った。
「やっぱり浄化じゃなくてもいいんだ。除去でいける」
拳を握る。
「この本によると、鎧に予め付与されていた、と。手で触れて魔力を通し、魔法を発動させるのか」
シウは空間庫から必要な素材を取り出した。早速作り出す。
本では鎧になっていたが、シウは指輪型にしようと考えた。いつもの便利なピンチは使わない。あれは不意に思い立った時に使うものだ。魔道具として、しかも売りに出すつもりなら造りのしっかりしたものでないとならない。
一般に売り出すのなら伝導率の良いミスリルといった金属よりも、汎用性を考えた素材にすべきだ。手に入りやすく安価な素材にする。そんなことを考えるのも楽しい。
シウが作ろうとしているのは排泄物除去の魔道具だ。
海上からの魔獣討伐戦において、シウはその必要性を強く感じた。
特に女性は簡易トイレがあったとしても、使用には気を遣うのではないかと思った。なにしろ飛竜の上という限られたスペースだ。同乗者だっている。
男性も同様だ。シウの周囲にはたまたま恥じらうタイプの人間がいなかったけれど、それを当たり前だと思ってはいけない。特にトイレ問題は微妙である。慎重に考えなくてはならない。
というわけで、その微妙な問題を指輪型の魔道具で解消する。
まずは安価な銀で少々太い指輪を作った。幅は一センチメートルほどだろうか。邪魔にならない手の甲の側に角を削った容れ物を取り付ける。もちろん一体型で、多少盛り上がった程度にしか見えない。
スライドさせるよりも開く形がいいだろう。極小の蝶番を作るのも楽しい。パカパカと開閉してみて、シウは満足げに微笑んだ。
「土台に術式を付与する必要があるから、ここに極薄の魔核を貼り付けてと。圧縮した術式を付与」
上手くいったので、次に動力となる魔核や魔石の余り物を更に砕いて容れ物にセットした。開け放していた蓋部分をカチリと閉じれば完成だ。
指輪に取り付けた小さな容れ物には、動力となる屑石を入れる。加工中にどうしても半端物が出てくるそれは、一山幾らで売られているものばかりだ。とにかく安くしようと、こういう形にした。
シウは早速、発動させてみた。
下腹部に手を当てて、ごくごく軽い魔力を通すと――。
「んー、できたかな」
あくまでも排泄物にだけ特化した除去魔法が完成した。古代にも運用されていたと知って、シウも安心だ。実は体内の排泄物を除去といっても、人体を損なう可能性がないわけではないと考えた。けれども単純な術式ならば、そもそも人体に影響はしない。浄化魔法もレベル1だと水洗い程度でしかなかった。レベルが上がってもお風呂に入ったさっぱり感で、体を守る潤いまでは消えてなくならない。
たぶん、元から備わる魔力が無意識に体を守っているのだろう。
ちなみに浄化のレベルが上がると、幻惑であったり悪魔付きだったりを排除できるようになる。決して「綺麗にしすぎる」ことはない。もちろん、あえてイメージしない限りは、との注釈が付く。シウのような前世の記憶があり、かつ強いイメージを保ったまま使うのであれば無菌状態にできるだろう。
ともあれ、作った魔道具を鑑定魔法で確認し、問題ないと分かれば次々と種類を増やす。
一番安価な指輪から、シンプルな細い指輪型まで幅広く。細いものはミスリル製だ。裏側に術式を付与しており、動力となる魔力が要らない。少なく見積もっても十年は使える計算である。
安い指輪の方は耐久性の問題もあるので五年だろうか。
実験を繰り返しながら、シウは存分に物づくりを楽しんだ。
ちなみにこの魔道具はロトスが《ホワイト君》と命名した。シウが最初に付けようとしたのが「排泄物除去」とそのままだったため、大反対にあったのだ。直球過ぎると怒られた。ギリギリのところで、ふんわりと匂わす程度が良いらしい。
どこがふんわりと分かる名前なんだろうと思いはしたが、誰も反対しなかったので決定してしまった。ククールスは「ふーん」と、どうでもいい様子だし、アントレーネは「シウ様がいいならどんな名前でも問題ないのでは?」だ。レオンはずっと微妙な顔をしていた。
シウがイェルドに呼ばれたのは夕方のことだ。
その直前に帰ってきていたロトスたちと宿の食堂へ行こうとしたところだった。仕方ないので皆と別れてキリクの部屋に行くと食事の準備がされていた。
「申し訳ありませんが、こちらで一緒にお願いします」
他にもサラや文官などが部屋にいる。当然だが、キリクも奥の席に座っていた。シャツ姿になっているが、明らかに王城からの帰りだろうと思われる格好だった。
シウが見ていることに気付いたキリクが眉をひょいと上げた。
「行きたくねぇが、行くしかなくてな。偽金問題の決着、と言っていいのか? まあ、その報告を受けてきた。本命は領土問題に関してだが、お前には関係ない話だからな。聞きたいなら教えてやるが」
「あ、いいです」
「だろうな。俺も上手く話せる自信がない。もう何年も揉めてるんだぜ。毎回条件やら境界線が変わるから俺も覚えてられん」
「キリク様?」
「分かった、ちゃんと読んでおく」
イェルドに書類をバサバサ振って見せ、キリクは大きな溜息を吐いた。
「俺がスタンピード問題を解決したのは十何年も前の話だぞ。一体いつまで引きずるつもりだ。面倒くさい」
本来担当すべきは隣接する領主か、もしくは国になるのだろう。それを「英雄だから」という理由でキリクにお願いしているらしい。キリクは押しつけられていると思っているようだった。
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