502 二手に分かれ、本屋巡り




 翌朝、アントレーネが起きた時から一人そわそわしている。

「本当に本当に、シウ様は行かないのかい?」

「僕はやりたいことがあるし、イェルドさんにも呼ばれてるから。レーネは行っておいで」

「もう、そのやりとり何度目だよ。レーネ、シウを主だと思うんなら煩わせるなっての。尻尾の方が素直なんだからな~」

「うっ、うるさいね! あたしだってね、本当は――」

「はいはい。とにかくシウが遊んでおいでって言ってんだ。素直に行こうぜ。レオンが穴場を知ってるってよ」

「ぎゃぅ!」

「へいへい、お前も楽しみなのね。クロー、ブランカの見張り頼むな」

「きゅぃ」

「フェレスもこっちだろ。シウの方は地味だぞ。闘技大会見る方が断然面白いもんな」

「にゃー」

 チラチラとシウを気にしつつもフェレスはさっさとロトスの方に向かった。成獣になると、こんな感じだ。もちろん、シウを主として大事に思ってくれているが、それと楽しい遊びは別なのだ。

 というわけで、闘技大会にはデジレとレオンが案内役を買って出てくれ、ロトスたちは朝一番に出ていった。

 ククールスは準決勝戦の始まる明日からでもいいと、のんびりしている。当然スウェイも一緒だ。お子様組のように騒ぐことはない。

 ジルヴァーはシウにくっついて離れないので必然的に一緒の行動となる。


 シウがやりたいのは古書集めだった。

 実はカスパルたちが一度下見に行ったが、随分と足下を見られたらしい。しかも治安が良くないという。せっかく先乗りしてデルフに来たのにと残念がっていた。

 それならと一緒に付いていくことにしたのだ。シウも買い集めたかったのでちょうどいい。

 念のため、玄関前で待機していた騎士たちにも話を聞く。

「シウがデルフに来たのは数年前だろ? あれからかなり悪化してるぞ」

 と、顔を顰める。出歩くのならオスカリウスの騎士を最低一人は連れて行けとも注意された。ただ、すぐに意見を翻す。

「あー、でも、シウなら問題ないか。何かあってもデルフの王族と知り合いですーって言えるもんな。ははは! あ、待てよ。じゃあ、俺たち要らないよな。お客人もシウがいれば安心だろうし。んー。よし、だったら試合を観てくるわ!」

 軽い調子で笑うと、騎士たちは宿を出て行ってしまった。残っているのは立ち番の兵だけだ。

 ホールで話していたシウは唖然として、ソファに座るカスパルを見下ろした。

「えーと、僕がいるから騎士はいなくてもいい、のかな?」

「君が一緒なら安心だ。ルフィノもそれでいいね?」

「仕方ありません。しかし、くれぐれも無茶はなさらないでくださいよ」

「もちろんだとも」

 爽やかに笑うカスパルの後ろで、ダンが苦笑いだ。

「俺たち、ロランドとサビーネから言い付けられてるんだ」

 と、シウにこそっと教えてくれる。

「カスパル様が羽目を外さないよう『しっかり見張りを』ってね」

「そう言えば二人はいないんだね」

「さすがにずっと付き合わせているから可哀想だと、旦那様が長期休暇をくださったんだ」

 とはいえ、メイドたちは宿下がりといっても王都に実家がある者が大半だ。真夏の時期に長期休暇をもらっても困る。むしろ、お屋敷にいる方が何かと楽らしい。特に涼しいという意味で。だから赤子三人の面倒を見るという体で、交代で働いているとか。実家には日帰りで顔を出すそうだ。

「俺は別にやることもないし、カスパル様と一緒だとこうして旅も出来る。ルフィノたち護衛も同じでさ。独身組だけ、こっちに来たってわけ」

「カスパル様の護衛は基本的には楽ですからね。交代で休みも取れますし」

 その理由がどちらも分かって、シウはカスパルをまた見下ろした。彼は自身が話題に上っているというのに平然としている。

 カスパルは普段は出歩きもせず「基本的には楽」な護衛対象者である。ただし、本を自身で買い漁りに行くとなると大変だ。本屋の中で長時間動かなくなるからだ。特に図書館は鬼門だった。その代わり、自室で本を読んでいる分には問題ない。その間は護衛たちも交代で休みを取れる。

「じゃあ、そろそろ行こうか。馬車を呼ぶほどじゃないので歩いて行くけど、いいよね?」

「構わないよ。たまには歩かないとね」

「カスパルは運動しないもんねえ」

 シウがからかうと、カスパルは気にした風もなく「夜会でダンスは踊るよ」と答えた。

「二曲か三曲だけだろ。あんなの運動って言わないぞ」

「そうかな?」

 ほんわかとした笑みでダンに答えながら、カスパルはゆっくりと歩き始めた。

 シウが先を進むと、後ろではダンがまだ小言を続けている。といってもロランドやサビーネと比べたら柔らかい。だからだろう、カスパルは全く堪えていなかった。



 宿は大通りに面している。本通りや出店が並ぶ通りは大通りを曲がったところにあり、歩いた方が断然早い。

 周辺はいわば、王都ボルナにとって第二の中心地になる。第一は王城から続く中央通りだろうか。貴族街があり大図書館や国立の学校に一流の店が立ち並ぶ。その先に闘技会場もあるため、第二といってもほぼ同じ「中心地」と言っていい。

 その中心地は以前と違って見える。建物が変わっただとか、悪人がいるというわけではない。大通りの割には閉まっている店がチラホラあるのだ。掃除も行き届いていない。

 本通りを曲がれば、不安は更に増した。

「前と雰囲気が違うなあ」

「そうなのかい?」

「うん。街灯の錆とか道路の汚れ具合がちょっと」

 保守整備の手が回っていないようだ。雑多な様子は変わりない。多くの人が本屋に出入りしている。

「でもまあ、この辺りは見た目ほど危険はないよ。さっさと見ていこう」

 お勧めの店もまだ営業していた。シウは《探知》と《全方位探索》に《鑑定》を掛け合わせて、どの店が古書を多く抱えているのか調べ回った。

「カスパルが好きそうな本を多く取り扱っているのは、あの店だね。あと、一つ隣の店も穴場だよ。残りは出店を当たった方がいいかな」

「ふうん、そうかい。分かった。ダン、荷物持ちをよろしくね」

「はいはい。ここは入り口だけ押さえてもらったら大丈夫かな? ルフィノさん、頼む」

 ルフィノが頷くのを見て、シウはカスパルたちに声を掛けた。

「僕は周辺の店を回ってくるね。数冊だけ買って戻る。いいかな?」

「ああ、いいけど」

 ダンは何故シウがそこまで断定して言えるのか不思議そうだが「まあいいか」とカスパルの後を追った。

 カスパルはシウがどうやって調べているのか、詳細は知らないのに分かっているようだ。ニコニコと手を振って書店に入っていった。


 カスパル向けの本とは別に、シウも気になる本を見付けては購入する。どんどんと買い漁るシウに店主が目を剥くが、もっとひどい買い方をする男が向かいの店にいるのだと教えてあげたい。そんな暇があればカスパルのお供をした方がいいので、シウはさっさと店を出ては次の店でまた買い物を進めた。

 そしてカスパルのところへ戻ったのだが、彼はまだ最初の店で吟味していた。

「とりあえず買っておいたらいいのに」

「うん、僕もそう思うのだけどね。ダンが『選んで買うように』と言うものだから」

「あー、最初の段階で違うのか。僕はタイトルで大体選別するんだけどな」

「ところがね、とんでもない題名の本の中にもお宝が潜んでいる場合もあるんだ」

「……そうだよね。うん、否定できないや」

「シウ、そこは頑張ってくれよ」

 ダンが横から口を挟む。けれど、シウも「ゲテモノ料理のススメ」という本で古代帝国時代の巨大魔獣について情報を得たのだ。

 他にも勇者が書いたと思しき小説みたいな本もあった。作者の夢と希望を詰め込んだ、半分フィクションの内容だ。それでも当時の文化が見て取れた。大事な情報源となってくれたのだ。

 だからカスパルの悩みも理解できる。





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発売から二週間です

引き続き11巻の宣伝を…🙇


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ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047369054

書き下ろし「なんでもない一日」


どうぞよろしくお願い申し上げます!!



更に、当方の別作品、

「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」の4巻が1月28日に発売となります

こちらもよろしければご覧になっていただけると幸いです🙇

参考までに→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889175581




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