夏は大忙し―デルフ編―
501 転移と移動とお昼寝の後の再会
受け入れ態勢が整ったとの連絡を通信で受け、シウたちはデルフの国境に近いリッテド領のとある山中に「転移」した。
これも第一級宮廷魔術師であるベルヘルト作の簡易転移陣を使ったものだ。試作品という名目でもらってきたという。ただし、簡易であることや試作品であるという理由から、運べる分量が限られている。
アドリアナ国から移動した際もシウと希少獣たちだけ別に転移した。今回も同じだ。
それを、同行者にバレないよう同時に転移する。
本来ならば目印となる転移陣がなければ、同じ場所になど転移できない。ただ、キリクは空間魔法がどういうものか知らないし、シウが気軽にアドリアナから転移してきたのを見ている。だからできると思ったのだろう。
目印がなければ正確な座標、あるいは一度行った場所にしか転移はできない。しかも周辺に何もないか事前に調整が必要だ。
だからこそ、安全に転移するために転移門が用いられる。
シウはキリクに「こういうのは僕しかできないと思った方がいいからね」と念押ししておいた。
リッテド領でキリクを待っていた飛竜の一団は、合流するやすぐに出発の準備を始めた。
ルーナやソールといった群れの上位ではないが、よく訓練された忍耐強い個体ばかりだ。強行軍に慣れている飛竜らはデルフに入ってからも休まず飛び続けた。
本来ならシュタイバーンの王都ロワルからだと三日はかかるところ、転移で距離を稼いだとはいえ一日で駆け抜けた。
ちなみに最短で飛ぼうと思えば二日もかからずに行けるのがオスカリウスだ。ルーナならもっと早く着く。
ともあれ、シウたちは「これも訓練のうち」と言うキリクや竜騎士らに任せ、空の旅を楽しんだ。
そうして木の日の昼を大きく過ぎた頃、シウたちはデルフの王都に到着した。
以前も泊まったノイハイムの宿に入って、まずは休む。なにしろ深夜も飛び続けたのだ。特にフェレスとブランカは飛竜の上ではしゃぎすぎた。よろよろしているので、ククールスに頼んで先に部屋に入ってもらう。
クロと一緒にアントレーネも皆の後を追った。彼女は昨日、アンナに着せ替え人形として遊ばれてしまい今日も疲れが残っているようだ。丁寧に編み込まれた髪の毛をぐしゃぐしゃに崩しながら歩いている。
シウだけは、挨拶のために玄関まで出ていたカスパルと話を続けた。といっても二、三の打ち合わせをしただけで終わったが。
ちなみにレオンは「一人だけ大部屋にいるのも可哀想だから」と、現在はカスパルの従者部屋に入っているらしい。ちょうどエアストとジルヴァーが寝てしまったところで、カスパルが気遣って部屋での待機を命じたそうだ。
実はオスカリウス家の方も、主であるキリクの出迎えとしては数が少なかった。皆、慌ただしいデルフ国入りで右往左往している。キリクもイェルドも気にせず、さっさと自室に向かった。
それを横目に、カスパルがシウの背に手を置く。
「疲れたろう? 先にお休み。ジルが起きたら連れて行くように言っておくからね」
「うん、そうする。カスパル、いろいろありがとう」
「どういたしまして」
ジルヴァーが気になるけれど、シウもさすがに疲れてしまった。寝ているところを起こすのも可哀想だから来てくれるのを待とうと、シウは有り難い提案を受け入れた。
きっとお昼寝の終わる数時間後には大騒ぎになるだろう。
ジルヴァーがというよりも、フェレスたちのお腹が空く頃合いだからだ。シウはワイワイ騒がしい様子を想像しながら早々とベッドに潜り込んだ。
夜、パチッと目の覚めたシウの横にジルヴァーがいた。小さな手でシウの服をぎゅうぎゅうと掴んでいる。心なしか表情が悲しそうに見えた。寂しかったのだろうか。いや、寂しかったに違いない。
幼獣の間は特に、希少獣は主と離れたがらない。常に一緒にいるものだ。
それなのに危険だからと一週間もレオンに預けてしまった。
「ジル、ごめんね」
指で額を撫でると、徐々に表情が和らいでいく。
「聞こえてるのかな?」
「ぷ……」
「寝言? ふふ、可愛いなあ」
優しく頭を撫で、シウはジルヴァーを抱いたまま静かに体を起こした。
どうやら、シウはすっかり寝入ってしまったようだ。ジルヴァーがベッドに入ったことさえ気付かなかった。部屋には他に誰もおらず、開け放たれた扉の向こうの居間にも姿は見えない。部屋の配置図を思い浮かべながら《全方位探索》を改めて認識すると、各自が部屋で休んでいるのが分かった。
レオンも自室に入っている。カスパルの従者部屋から越してきたのだろう。近くにエアストもいる。同じベッドで寝ているようだ。
「ぷぎゅ」
「あ、起きちゃった?」
「……ぴゅ!」
ジルヴァーは寝ぼけていたのかキョロキョロしたあと、もう一度シウを見て目を見開いた。
「ぴゅ、ぷぎゅっ!」
「うんうん、シウだよ。ただいま」
「ぷっ、ぷ……」
「ああ、ジル、ごめんね。寂しかったね」
普段は静かなジルヴァーが声を上げて意思表示する。怖かった、寂しかったときゅんきゅん鳴くのだ。彼女は幼獣だけどシウの言葉をなんとなく理解している節があって、地頭がいい。けれど、それとこれとは別だ。むしろ頭が良いからこそ「考えた」のかもしれなかった。
いきなり離れ離れになったのだから不安にもなっただろう。
シウはしばらくの間、ジルヴァーを目一杯甘やかそうと決めた。
そうして密かに遊んでいると、シウが予想したとおり「腹減った-」とまずはロトスが起き出し、次いで「にゃーっ」「ぎゃぅぎゃぅ!」「きゅぃ」と希少獣組が騒がしくなった。ククールスとスウェイは出てこない。もしかしたら途中で起きて軽食を摘まんだのかもしれなかった。
少し遅れてアントレーネと、それからレオンも個室から出てきた。レオンの後ろには大欠伸のエアストが付いてくる。
「レオン、長い間ありがとう」
「いや、別に。ていうか長くねぇよ。うちなんか子供の預かりに一月なんて普通にあるぞ。半年や一年ってのも珍しくない」
「それは、すごいね」
「まあ、そうしてくれた方がいいんだけどな。親が無理して抱え込むと結局は子供に皺寄せが行くからさ。うちは寄付が多い方だし、だから食事もまともだ。預けてもらう方が断然いい。そりゃ、最初は寂しがるけどよ。よくよく言い聞かせたら案外すぐ慣れるもんだ」
養護施設を卒業したレオンは子供の扱いに慣れている。シウもジルヴァーを安心して任せられた。
「まあでも、ガキどもにとったら親が一番だ。迎えに来た時の様子を見たらな。だから、ジルもシウと再会して嬉しいんだろ」
いまだにシウの服をぎゅうぎゅう掴んでいるジルヴァーを見て、レオンが笑う。ほんの少し寂しそうだ。
養護施設でもそうだったのだろう。弟妹のように大事に育て可愛がっていたのに、親には敵わない。当たり前だけど、若い頃ならショックもあったのではないか。
それに彼自身には親がいない。どこの誰かも分かっていない。親の元へ戻れる子供たちに複雑な思いもあったのではないだろうか。
レオンは以前、シウに心の内のを明かしてくれたことがある。
誰かに聞いてもらいたかったという彼の話を静かに聞いたシウは、レオンが少しずつ乗り越えているのを知った。
「ジル、良かったな。俺が言ったとおりだろ? シウはちゃんと帰ってきたし、無事だった」
「ぴゅ」
「ジルが良い子にしてたからだな。エアストと仲良く遊んだし、子供たちとも遊んでもらったもんな」
「ぷぎゅ」
「楽しかっただろ?」
ジルヴァーはシウの服を掴みながらもレオンの言葉を聞こうと一生懸命だ。理解しているのかどうかは不明だけれど、レオンがずっと面倒を見てくれたのは覚えている。だからお礼の意味だったのか。ジルヴァーは片方の手を伸ばしてレオンの手を取った。その指をきゅっと握る。
「俺も楽しかったよ。ま、俺は親戚のお兄さんってところかな」
レオンは優しい目でジルヴァーに笑いかけた。
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おめでとうございます~꒰ ∩´∇ `∩꒱
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書き下ろし「なんでもない一日」ほのぼの回です~
今年もよろしくお願い申し上げます!
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