500 イェルドの取引と出立、解体作業
アドリアナ国も自分たちの持つ宝が何なのか、もちろん最初に鑑定はしてある。だからドラゴンの素材だというのは分かっていた。
ところが鑑定魔法とは、レベルによって計れる深度が違う。情報量とでも言えばいいのだろうか。たとえばドラゴン自体を知らずとも、それに匹敵するだけの知識、あるいは裏付けが出来るだけの情報があれば「ドラゴンの鑑定結果」が正確に表示される。
1+1=2を知っていれば、その足し算だけではなく、引き算についてまでの答えが出る。鑑定魔法とはそういうものだった。
「それで、薄くてペラペラだけど鱗だと思ったんですね」
「ええ。もう一つの秘宝とされる鱗は『本物』のようでした。シウ殿に鑑定してほしそうではありましたが、国王は『止めておこう』と窘めてましたよ」
「それは何故でしょう?」
「やぶ蛇になってはいけないと思ったのでしょうね」
なるほどと、シウは納得して頷いた。もしも古代竜の鱗でなかったら、アドリアナが受ける衝撃は少なくない。長年、秘宝として大事にしてきたのだ。
「こちらとしては別の品をいただきたいところですが、無い袖は振れないのでしょう」
「どうやって帳尻を合わせたんですか。あ、聞いてもいいのかな」
「構いません」
イェルドはにっこり微笑んだ。彼が要求したのは鉱物の優先的な契約だ。シャイターンに回している分を割いて、オスカリウスと直接やりとりしてほしいと捻じ込んだらしい。
シャイターンに助けられているアドリアナは当初渋っていたが、イェルドが「もしかすると食糧支援の際のレートが高いかもしれません」と囁いた。交渉担当の実務者がいたので一例を出したところ、イェルドの言葉通りだったと知ってショックを受けたようだ。
もちろん彼等だってシャイターンだけに頼ってなどいない。数年に一度は他国へ大がかりな買い出しに向かう。しかし、その際の価格は「穀倉地帯ゆえの安さ」だと思っていたようだ。
そもそも市場調査をしようにもアドリアナには人員が足りない。
イェルドはブラジェイに書類を出させて説明させ、シャイターンでの相場がどうなっているかを教えた。
「我々は以前、大型迷宮が突如現れたせいで領地の半分をボロボロにされました。その経験から、食糧の確保にはとても力を入れております。シュタイバーンの中央ほどではありませんが、それなりの麦畑を有しておりますよ。毎年多くの余剰品を生み出しているそれを、適正価格で融通しようと提案しているのです」
その言葉でアドリアナは完全に落ちたそうだ。
シウは、転んでもただでは起きないイェルドにおののきながら頷いた。
「相手にも利益を与えてこその取引ですからね」
「さすがですね」
「いえ。それだけだと慈善事業です」
ニヤリと笑ったイェルドは、次々と要求した案をシウに話して聞かせた。何故部外者なのにと思ったが、どうやらテントの中にいる彼の主はこの手の話を真面目に聞かないようだ。
自分がどれほど頑張ったのかを、誰でもいいから聞いてほしかったのだろう。
シウは外を覗いた自分の行動を後悔した。
ただ、イェルドの話の中で一つ気になることがあった。「ヴィルゴーカルケルへの自由な出入り」権をもらったというのだ。
「ついでです。あそこは誰でも行ける場所じゃない。こういう時に通行権をもらっておくと後に役立つんですよ」
最北に位置する神殿に行く用事があるのだろうか。シウは首を傾げたが、それ以上話を広げる真似はしなかった。
明朝、予定通りに飛竜の一団がアドリアナを出立した。
オスカーたちも対魔獣討伐団の飛竜に乗ってシャイターンに帰る。彼はシウに「もう少し話がしたかった」と告げ、本気で残念がった。けれど、またすぐに会うだろうとの予感がある。
オスカーは迷宮の中にあった祭壇跡を研究したいと話していた。成果を発表するのならラトリシアの学会が一番だ。予感は確信に近い。シウは笑顔でオスカーらを見送った。
飛び立つ集団もあれば残る者もいる。オスカリウスの騎士たちが影武者のキリクに手を振って見送るのを、シウはテントの中から覗いた。ちゃんと飛び立ったのを確認してから《転移》する。
一足先にキリクたちは転移した。シウはフェレスたち希少獣組と後を追う形だ。
まずはオスカリウス領の館近くにある転移専用の建物内へ飛び、スヴェンがいる一番大きな転移門の部屋へ集まる。
ここには自前の設置型転移門があり、オスカリウス家で囲っている空間魔法持ちのスヴェンがあちこちに届けてくれる。随分とレベルを上げたようで、必要な魔力を補助する魔道具も増えていた。
主要メンバーを確認すると次はロワル王都の屋敷へと転移だ。
シウはこの転移門が苦手だった。ほんの少しの転移酔いを味わい、皆と共に屋敷へと到着した。
そのまますぐに移動を始めるのかと思っていたが、王都の面々はそう簡単にキリクを素通りさせなかった。急ぎの書類にサインするなど、仕事が山ほどあってシリルが鬼のような顔をしている。
それにまだ準備が整っていないらしい。
昼には出立できるからと足止めされ、キリクが連れていかれた。イェルドもこれ幸いと中途半端になっている仕事を済ますそうだ。
おかげでシウたちは時間がぽっかり空いてしまった。かといって転移してきているため、辻褄が合わなくなるから外に遊びに行くわけにもいかない。
仕方ないので何をやろうか考え「そうだ解体だ」と思い立った。オスカリウス家には飛竜や騎獣に与えるための餌を用意するので大きな解体部屋があるのだ。
ロトスは希少獣組を連れて獣舎に遊びに行った。アントレーネは世話焼きのメイド長に掴まった。話し相手か、あるいは身嗜みを整えられるだろう。
ククールスは逃げて、騎士たちとどこかに向かった。昼間から飲むとは思えないが、さてどうなるか。彼等を見送り、シウは解体部屋に直行した。
シウが最初に解体を始めたのは迷宮の奥にあった巨大湖の中の魚だ。
「脂がすごいな~」
古書を検索しつつ《鑑定》するとオレウムピスキスと出た。帝国時代にもいた魔獣だ。
「脂はワックス剤に使えるかな。毒があるから解毒処理が必要かも。その後に、精製してと」
ぶつぶつ呟きながら、その場で幾つか実験してみる。すると高品質のワックス剤になった。試しに板へ塗ってみると艶が美しい。《鑑定》すれば「最高級」と出る。板以外にも使えそうなので、また後ほど試してみよう。シウはウキウキしながら解体を続けた。
この脂たっぷりのオレウムピスキスは別名「油魚」とも呼ばれているようだ。人間は食べられない。その身に毒もある上、人間の体ではこの脂が消化できないからだ。
処理方法を変えると油にもなるようだった。
「あれ? これ、変異種のスライムを作ったのはオレウムピスキスだったんだ」
迷宮に入ってすぐ、黒い油を吸って変色したスライムがいた。地面の下からも油が滲み出していた。そう言えば空間庫に保存していたと、シウは取り出して《完全鑑定》してみた。
「やっぱりオレウムピスキスの堆積物だったんだ」
こんなものでもスライムは飲み込んだ。そして変異してしまった。
「竜苔あり、堆積物あり。海竜の死骸もあって、なんだかすごい迷宮だったなあ」
帝国時代の研究者が迷宮核を起動させようと魔獣呼子を床に設置した。魔獣を呼び寄せるためだ。そうして迷宮核を起動させ、動力としての糧を与える。生贄に利用しようとしたのは人間だろうか。
今回、何らかの衝撃で中途半端に起動して迷宮核が稼働した。起動が曖昧であったこと、動力となる糧が不完全だったために小規模で済んだ。
もしも研究者が望んだ通りに動いていたら、あるいは迷宮ができたことに誰も気付かなかったら。オスカリウス領にあるアルウスのようになっていただろう。押さえ込むだけで半年もかかった大型迷宮アルウスと同じ轍を踏むところだった。
たった少しの違いで未来が変わる。
ふと、若かりし頃のキリクを想像した。筆舌に尽くしがたい苦労を抱えた青年を、爺様が守ったという。
「……過去を悔いても仕方ないし、未来がどう転ぶかなんて分からない。だよね、爺様」
シウはまた解体を始めた。作業を続けながら、小さな災厄の芽を見付けたら刈り取ろうと思った。爺様が人生の終盤にイオタ山脈を選んでそうしていたように。
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500話!!
応援してくださる皆様のおかげでここまで参りました
ありがとうございます~✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。
さて、本日12月25日に「魔法使いで引きこもり?」11巻が発売です
書籍の方もよろしくお願い申し上げます
魔法使いで引きこもり?11 ~モフモフと旅する秘境の地~
イラスト : 戸部淑先生
ISBN-13 : 978-4047369054
書き下ろし「なんでもない一日」
本編が真面目な感じで続くので、ほのぼのです
SS特典もございます
詳細は近況ノートにて(Twitterでも)!
イラストについて一枚一枚語りたいぐらい今回もよきです~♥
発売記念としてSSを上げる予定です(明日あたり)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884453794
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