499 礼品の鱗の正体と裏技またしても
イェルドがぎぎぎと音がしそうな動きでシウの肩を掴んだ。
「鱗と比べたら雲泥の差ですね?」
「価値の話なら、まあ、そうでしょうか。一応、鱗になったかもしれない固めの皮膚なので?」
たぶんなれなかったと思うが、可能性はゼロではないのでそう答える。すると、イェルドが半眼になった。
「今から鱗になれるなら構いませんが」
「なりませんよ」
「当たり前でしょう。真面目に返されては困ります」
「あ、はい」
シウは黙った。
黙っている間にイェルドが次の一手を決めたらしい。拳を握って何やら燃えてる風だ。
「よろしいでしょう。時間がないという制約も、今のわたしを冷静にさせるのにちょうどいい」
「あ、あの、イェルドさん」
「なんでしょう」
「お手柔らかに……」
「ははっ、まさか。ここまで虚仮にされて、わたしが手を緩めるとお思いですか」
完全に火が付いた。キリクは無関係を装っているし、シウでは止められない。
諦めて、完全鑑定の結果を書記魔法にて書き出した書類をイェルドに提出した。
ちなみに他の礼品は本物だった。心底ホッとしたシウである。
現在アドリアナにまで付いてきた文官はブラジェイ一人しかおらず、残りはシャイターンにいる会計担当のリベラータたちを待つしかない。
よって、ここにも飛竜隊の一部を残すことになった。それ以外は迷宮近くの前線に張った陣へ戻って合流し、そのままシュタイバーンへ向かう。シャイターンに残っているオスカリウスの人たちも取引が終わり次第、アドリアナ行きと領地行きに別れる。
大移動の始まりだ。
この大移動に紛れて、ある作戦が決行されようとしていた。
「えっ、デルフに行くの?」
シウはもう諦めていたのに最後の最後までキリクは諦めていなかった。
「おうよ、行くぞ。というか、宰相と直に会う必要が出てきた。どうせ行くなら闘技大会に合わせたい」
「でももう大会は始まっているのに……」
「最悪、決勝戦だけでも見られたらいい。だが、できれば準決勝戦だって見たいだろう?」
「う、うん。まあ?」
「よし。答えたな。お前も連れて行く。というか、あっちももう飛び立っているからな」
「は?」
シウの知らない間に計画が進んでいたようだ。すでにカスパルやレオンたちを招待し、王都ロワルからデルフ国へ出発しているという。シウが断ったらどうするつもりだったのだろう。
そして、この後のキリクの行動はといえば――。
「ベルヘルトの爺さんに簡易転移陣の魔道具をもらった。運用可能だそうだ。試作品として回してもらった分だから足も付かない」
ここに残る飛竜隊のテントから、まとめて転移するらしい。イェルドも一緒に行くという。
キリクの身代わりを務めるのはスパーロの隊の部下で、一緒に乗り込む従者が竜騎士役となる。ルーナに頼み込んだので大丈夫だと言うが、何もかも無茶苦茶だ。しかも。
「人数的に厳しいかもしれんから、お前だけでも自前で飛んでもらえると助かる」
「ぼ、僕だけ?」
「あとは希少獣だな。大きいから厳しい。人間はこっちで運べる」
他の人には「複数の簡易転移陣を時間差で使う」と前々から匂わせているので、シウが空間魔法持ちだとはバレない。
「そういう意味かあ。分かった。でも、デルフまでって距離的に大丈夫?」
有り得ない距離だ。いくら使い切りで魔力を盛り込んだ魔道具だとしても、それにしたって距離がありすぎる。
しかし、その対策もできていた。
「無理に決まってるだろ。だから、領地に一度戻って、次はスヴェンの手を借りて王都に入る。王都からはまた転移陣だ。その後、飛竜を使って強行軍になる。本当はベルヘルト爺さんの簡易転移門の稼働実験に協力して、ボルナ王都にこっそり対の転移門を運ぼうと思っていたが、さすがに今のデルフは揉めまくっていて突くのはまずい」
「バレたら大変なことになりそうだもんね。ていうか、そこまでして行くんだ」
「俺は頑張ったと思わんか?」
誰もいないテントの前で語る。
実はキリクはもう役に立たないと王宮から早々に追い出されたいた。残っていたら、やれ晩餐会だなんだと誘われるし、相手も誘うしかない。そのため唖然とするアドリアナ側のフォローもせずに出てきた。
キリクと一緒に下がった面々はバタバタ走り回っている。キリクだけが暇で、それに付き合わされているのがシウだ。
「頑張った俺に、ご褒美があってもいいはずだ」
「そ、そうだね」
「俺はドラゴンの爪の皮をもらうために頑張ったわけじゃない」
「それは後付けのような?」
「誰かが問題を大きくするし」
「ええっ、鱗の件は僕じゃない――」
「竜苔の方だ」
「あー」
「迷宮が小さかったから旨味もなかったしな」
「それは、確かに。あ、迷宮核はそっちに渡すから」
「いいのか?」
「だってそういう話だったし、そもそも要らない。海竜の死骸もそっちに移すよ。他にも迷宮で狩った魔物が多かったんで、半分は譲るね」
「いや、ダメだ。お前、タダ働きになってるだろうが」
「うーん。そうでもない。新しい発見もあって、こういう機会でもなければアドリアナには来られなかったから。迷宮制覇もキリクの知識があってこそだと思うし」
「おい、止めろよ」
照れたらしいキリクが片手で顔を覆う。珍しい姿にシウは笑った。
「海の魔獣も結構狩ったし、たぶん取り分を考えたらもらいすぎだと思うよ」
「そうか?」
「うん。あー、今だから言うけど、クロッソプテルギイの群れを狩った」
「お前まさかまた無茶をして――」
「ちゃんと安全を確保してからやりました!」
慌てて被せるように言い訳すると、シウは迷宮核や魔獣が入った魔法袋をさっさと渡した。
「竜苔の方は僕が持ってる。一部そっちに入れておくよ。念のため、取り出せるのはキリクだけにしておく。使用者権限を付けて、と」
「相変わらず、なんでもないように魔法を使いやがって」
肩を竦めるキリクに、シウも同じように返した。
さて、シウが王宮に行っている間、ロトスたちは楽しい時間を過ごしていたようだ。
通りすがる騎士や兵が口々に「美味しかったぞー」「俺はハズレだった」とシウに報告してくる。
肝心のロトスは片付けをしているようだ。アントレーネは騎士の手伝いに、ククールスは希少獣たちを引き連れて飛竜を見に行っている。騎獣隊の方に連れて行くと一緒に遊ぼうとして邪魔になるから、そう判断したのだろう。
シウはキリクと打ち合わせを詰め、彼のテントの細工を手伝うなどして過ごした。
代役の部下も来て明朝の出発時にどう動くかを細かく打ち合わせる。
夕食を済ませてもイェルドは帰ってこなかった。
シウは心配になるが、キリクも他の面々も誰も心配していない。
「巻き上げようと必死に頑張ってるんじゃないか」
「イェルド様だからなー」
と暢気な答えだった。
そのイェルドがテントに戻ったのは深夜だ。シウたちのテントはキリクの横に張っていたため、気になって外に出た。
イェルドは小さく頭を下げながらも、シウに近付いて本日の成果について語った。
「結論として、どうやらアドリアナ国も騙されていたようです。しかも大昔から」
「それは……」
絶句したシウに、イェルドは苦笑で続けた。
「珍しいドラゴンの幼獣時代の鱗だと言われて献上されたものだとか」
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応援してくださる皆様のおかげで「魔法使いで引きこもり?」も11巻に!
12月25日に発売です
どうぞよろしくお願い申し上げます
魔法使いで引きこもり?11 ~モフモフと旅する秘境の地~
イラスト : 戸部淑先生
ISBN-13 : 978-4047369054
書き下ろし「なんでもない一日」
本編が厳しい感じだったので日常のほのぼの回にしました
毎回イラストが最高すぎるって騒いでますが今回もよきです
クロが生まれたシーン、ククールスと居酒屋で楽しそうにするシウ、郷愁を感じる美しい狩人の里などなど
そして、背中に猫の鞄を背負うフェレス(笑)
ぜひ、お手に取ってみてください~!
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