498 アドリアナとのやりとり
アドリアナの王宮は崖を一部削り取り、沿うように作られていた。つまり王宮の片面が崖になる。天然の要塞とも言える岩山を背後に、全体として無骨な雰囲気だ。案内人が「昔の神殿跡地を再利用したんですよ」と教えてくれる。
シウが今までに見てきた王宮の中では一番小ぶりだ。装飾もない。まるで前線にある城砦のようだった。
ともあれ、小さい王宮だから、あっという間に玉座の間に辿り着く。
そう、真っ先に玉座の間へ案内された。普通は一度、控え室に入るものだ。びっくりしたけれど、シウは顔には出さずにキリクの斜め後ろを続いた。
シウの後ろにはイェルド、それからオスカーとアレンカだ。キリクは颯爽と進むが、一応騎士隊隊長のスパーロが案内人との間に立っていた。さすがに騎士を連れないで歩くというのはない。
玉座の間に入れば騎士は端に寄る。最後尾にいた騎士もザッと脇に避けて立った。
御前に立つのはキリクとイェルド、従者の顔をしたシウや、オスカーたちシャイターンの上位者のみ。彼等についてきた護衛騎士は後方に下がって並んだ。
国王の名はアルヌルフ=ツィーゲといい、黒髪黒目のがっしり体型をしていた。ドワーフを大きくしたような風貌だ。といっても、ドワーフほど横にも大きいわけではない。
目鼻立ちはシャイターン人、特に西側の人と近いようだ。鼻が高く、シウのような低めの鼻ではない。「北国に住む人の鼻は低い」と思い込んでいたが、やはりシャイターンと同じくあまり関係ないようだ。
そんな風にぼんやり考え事をするのは、国王とキリクの挨拶が終わったとみるや、イェルドが交渉を始めたからである。
実務者同士の打ち合わせは後ですると聞いていたが、もしかすると最初に大まかな取り決めが必要なのかもしれない。
シウだけでなく他の人も――特にキリクがつまらなそうな顔で――イェルドの話を聞き流している。
退屈な時間は十分ほどで終わった。国王が苦笑しながら昼餐に招いてくれたのだ。全員が大広間に案内され席に着いた。
本来なら食事時に仕事の話題や大声で話すのはマナー違反になるが、アドリアナはそのあたりは問題ないらしい。彼等からの質問が矢継ぎ早に飛んで、シャイターン側も含めた会議ランチとなった。
シウは内心で呆気にとられながらも黙って皆の話を聞いた。
食事が終われば今度こそ鑑定の時間だと思ったが、残念ながらそうはいかなかった。迷宮が本当に制覇されたのか、迷宮核が本物なのかを確認したいと言われる。それもそうだ。
ただ、ストレートな質問だっただけにキリクがムッとした。対魔獣討伐団の隊長もだ。彼自身は迷宮に入っていないため疑っても良さそうなのに、何故かイラッとしたらしい。
「応援に駆け付けた我々を疑うのですか!」
などと言ってしまった。そうなれば相手側だって怯みながらも言い返したくなる。防衛大臣が声を張り上げた。
「こちらとて証拠がないと国民に発表できないのだ! 我が兵だけでなく冒険者も命を落としているのですよ!」
「それとこれとは話が違うだろう!」
食後のお茶が供されたところだったので、テーブルをドンと叩く音に混じって食器類が嫌な音を立てた。
二人を宥めたのはオスカーだ。
「まあまあ、落ち着いて。お見せしないだなんて誰も申しておりません。お互いに落ち着きましょう」
国王も大臣を止めた。それから申し訳なさそうにこう言った。
「失礼な物言いで申し訳ない。ですが、失敗したとはいえ迷宮制覇を冒険者に依頼した手前、その討伐証明部位を拝見しないことには我々も示しが付かないのです。お礼の品の譲渡にも支障が出ます」
アドリアナは率直に話すのを好むらしい。その言い方がまずいだろうことは、対魔獣討伐団隊長の表情を見れば分かる。嫌悪が隠しきれずに、宥めていたオスカーも苦笑いだ。
一般的に貴族は迂遠な物言いを好むという。幸いにして、キリクはハッキリ話す性質だ。全く気にする様子もなく、返した。
「俺たちも長居はできない。さっさと証拠を見せて、依頼料をいただき帰路に就きたい」
相手側以上に率直な物言いで、別室に移動となった。わざわざ移動するのはもちろん理由がある。キリクが、迷宮核だけでなく魔獣も取り出せとシウに囁いたからだ。
シウたちはアドリアナの騎士団が使う訓練場に案内された。そこに迷宮核と海竜の死骸、トロールなどを取り出す。
唖然とした様子で眺めていた国王は丁寧に謝罪し、幾つかの魔獣を買い取りたいと交渉してきた。
「残念ながら、このほとんどは俺の友人でもある冒険者が狩ったものでな。本人が置いていっていいと答えたら構わん。だが一緒に戻る予定だ。交渉は手短にしてやってくれ」
と言って、シウを見る。
大臣も騎士団も目を剥いてシウを凝視した。
とりあえず交渉に乗り出した大臣と騎士団団長二人を相手にシウが話す間、国王はお礼の品を用意すると一旦姿を消した。
シウの横にはイェルドがいる。無表情を取り繕っているがウキウキしているのが分かった。隠しようのないほど目が輝いているのだ。
その後ろには対魔獣討伐団のルーカス=クロンヘイム隊長がいて、覗いている。シウが魔獣を取り出すたびに「おお」と大げさに驚くので面白い。隊長である彼は後方にいて現場を見ていないし、その部下の多くが第一から第二班に振り分けられていた。迷宮内の様子を知っている部下は少ない。しかも先陣を切ったシウたちのパーティーがほとんどを倒している。だから仕方ないとは思うが、先ほどアドリアナの大臣とやり合ったのにと思うとおかしくてたまらない。
シウは笑わないようにしながら「これはダメ」「こっちは譲っても」と分けていった。
できれば海の魔獣も欲しいと頼まれたが、シウが倒したのは最後の大物一匹だけだ。迷宮周辺に溢れていた魔獣を倒したのはオスカリウス家を中心とした討伐隊である。交渉はイェルドとバトンタッチだ。
話が終わる頃、国王が文官を引き連れて戻ってきた。
いよいよ鑑定の時間だ。アドリアナからも鑑定魔法持ちがきて、迷宮核を確認している。震えていたのは大きいからだろう。とても欲しそうだったが、購えるだけの費用がないと諦めていた。
「こちらが通信でお話していたドラゴンの鱗です。我が国の秘宝の一部になります」
「ほう。青が美しいな」
チラッとキリクがシウを見る。シウは頷いて《鑑定》した。
間違いなく古代竜のものだと表示される。ただ、その秘宝は一センチメートル四方の小さなものだ。しかも薄い。あまりにペラペラしているので、シウは《完全鑑定》で確認し直した。
すると更に哀しい事実が判明した。
カエルラマリスの爪の近くにある薄皮だと分かったのだ。鱗ではなかった。
ひょっとしたら鱗になれたのだろうか。けれど掻いていたらポロポロ落ちてしまう皮膚のようなもの。よくぞ今代まで残っていたと思うが、死骸になればある程度固まるし、保存状態も良かったのだろう。今も丁寧に保管されている。
ただ、これに価値があるのかどうか。シウが考え込んだせいでキリクが眉を顰めた。屈んで耳元に口を寄せる。
「紛い物だったのか?」
「ううん。一応、本物だった。ただ――」
シウは失礼だと思いつつも念話で告げた。聞かれない方がいいだろう。
(爪の近くにある皮膚だった。成長したら鱗になった、かも?)
キリクが無言でシウを見下ろした。
シウはどういう表情を返せばいいのか分からなくて、曖昧に笑った。
(古代竜のものであるのは間違いないよ。綺麗だし、飾るのならいい、のかな? ただ、こんな小さいのをどう加工するのか分からないけど。宝飾品にするにしてもペラペラだよねえ)
キリクは目を閉じた。それを見ていたイェルドが険しい表情になる。しかもシウを睨むような目付きだ。シウは慌てて彼に近寄り、こそっと同じ台詞を告げた。同じといっても簡単にまとめたが。
「古代竜の、鱗じゃなくて爪の表皮でした」
ひゅっと息を引き込む音がして、シウまでひゅっとなってしまった。
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