497 アドリアナの王都フエナに到着
イェルドが聞き出したところによると、冒険者たちはアドリアナ側から「なるべく時間を掛けて王都に来るよう」指示されたらしい。
まさかこれほど早く迷宮を制覇するとは思っていなかったようだ。迎え入れる準備が整わないと考え、できるだけ時間をかけて戻ってくるように指示した。
とはいえ、当初の打ち合わせや連絡で「生まれたばかりの迷宮なら一日で踏破も可能だ」とオスカリウスは最短時間についての問いに答えている。
「ですから、早めに参ります。よろしいですね?」
「は、はい」
イェルドに睨まれた人間が逆らえるはずもない。
一行は休憩の後、前半とは打って変わった速さで王都まで進んだ。
アドリアナの王都フエナは夏だというのに寒々しい雰囲気だった。
建物のほとんどが岩で出来ているからだろうか。あるいは昼なのに薄暗いせいかもしれない。
合図で誘導されたフエナの外壁近くに飛竜が降り立つと、バタバタした様子のアドリアナ兵が集まった。
受け入れ準備が整っていないのは見ていて分かる。イェルドは説明を始めようとする担当者を制し、先手を打った。
「我々も時間がないので、ここでは挨拶だけとしましょう。細々とした打ち合わせや取引に関する内容については実務者を置いていきます。本日参ったのは『ぜひお越しください』との言葉に従ったまでのこと。挨拶が済み次第、我々本隊はシュタイバーンに戻ります」
「あ、はい。えっ?」
「それまでの間、この飛竜発着場に陣を張らせてもらってもよろしいでしょうか」
「は、はい。それはもちろん、構いません。ですが、我が君がお目にかかりたいと申しておりまして、お休みいただくよう離宮を開きますので――」
「いえ、結構です。我らの主はせっかちでしてね。こちらで支度を調えた後に王宮へ参じようと思います。案内をお願いできますか」
と、ペースが完全にイェルドだった。
彼が「陣を張らせてもらってもいいか」と聞いて「もちろん」と返ってきた瞬間から、皆が動き始めている。大型テントが張られ、飛竜たちの世話や騎獣を専用テントに入れるなど、いつもの光景とはいえすごい。
アドリアナ側もチラチラ気にしながら、イェルドと面談についての打ち合わせを始めた。
シウたちは手伝いを断られて暇になり、かといってフエナ王都に入って観光をする時間もないから、話し合いだ。
「待ってる間、どうする?」
「飯テロやるかなー」
「僕はキリクに付いていくよ。報償の話が出たら鑑定しないといけないし」
「おー、行ってこいよ。ここは俺に任せろ」
自信満々に拳を握って言う。そこにククールスが来て口を挟んだ。
「調子に乗ってるな、ロトス。お前、昨日のたこ焼きロシアンルーレットでキリク様に怒られたばっかりだろ?」
「でも、他の奴等には大受けだったじゃん」
「懲りないなぁ、お前」
「兄貴だって喜んでただろ。ハズレ引いてるのに喜ぶとか、ヤバいって」
「あんたたち、まとめてヤバいんだよ。あたしのに入ってたら拳骨するところだったね」
「レーネってば、こういう時だけ当たりを引くんだよなー。一人だけハズレから逃れてさ」
楽しそうな話題になって、シウは肩を竦めて彼等のしたいように任せた。
必要な調理器具や材料をロトスに預け、まだ呼ばれていないが早めに準備しておこうとシウもテントに入って着替えた。そろそろ装備変更の魔道具に礼服も入れておいた方がいいかもしれない。
出てくると、フェレスやブランカ、クロがやってきて「かっこいい」と褒めてくれる。
「みんな、ありがと。褒めてくれるのは希少獣たちだけだなあ」
「おや、そうなんですか?」
とはオスカーだ。どうしたのかと思えば、イェルドの使いだった。
「そろそろ集まってほしいそうです。着替えのためだと思いますがね」
でももう終わったようだと、シウの格好を上から下まで眺めて言う。それにしてもイェルドは他国の魔法使いまでこき使うようだ。従者もいるけれど、なにしろやることが多い。手が足りないのなら他国の魔法使いでも、というイェルドには呆れてしまう。
そんな気持ちを飲み込んで、シウはオスカーに問いかけた。
「アレンカさんも一緒に?」
姿の見えないアレンカの名を出すと、笑みが返ってくる。
「ええ。わたしの秘書兼副官として連れて行きます。さすがに一人で、というわけにもね」
「そう言えば貴族でいらっしゃいましたね」
「あれ、名乗りましたか。そうです。曲がりなりにも貴族の端くれでして。親に与えられただけのものですから、いずれは家に返す予定です」
何故と聞いてしまえば深い話になる。なので、シウは「そうですか」と話を終わらせた。
肩透かしにあったオスカーが一瞬困惑していたけれど、すぐにまた笑顔を見せる。
「それに魔法師団から一人しか出ないと、対魔獣討伐団に何を言われるか分かりません」
「ああ、なんだか張り切ってらっしゃる隊長がいましたね」
「ははは。そうです。奴がうるさいので、こちらも第四方面部隊隊長と、ランクは下ですが出ないわけにもいかず」
「いろいろ、大変なんですね」
話をしているうちにテントに着いた。中から従者が顔を出し、シウを呼び寄せる。
「もう着替えられたんですね。一応お召し物の確認をさせてください」
「はい」
「最終的にはイェルド様の確認が入りますのでご安心を」
「それが一番怖いです」
「ははっ、分かります。ですよね、っと」
慌てて口を噤んだのは奥からイェルドとキリクが出てきたからだ。彼等も着替えを済ませている。
イェルドが近付いてきてチラリとシウを見る。それから従者にも視線を向けた。たったそれだけなのにビクッとしてしまう。従者だけでなくシウもだ。
それを見ていたキリクが小声で言った。
「シウまで怯えさせるとか、あいつどんだけ――」
「キリク様」
「お、おう!」
「先ほども申し上げた通り、必ずシウ殿を傍に置いてください。刺客はないと思いますが、アドリアナとの交渉はシャイターンとは別の緊張感が必要です」
「分かってるさ」
「シウ殿」
「はい!」
「鑑定物が贋作であっても、表情に出しませんように」
「はい! ……でも、詳細についてどうやって知らせたら?」
「あなたは確か、念話が使えたのでは?」
「はい」
「では、わたしに。返事は視線で返します。よろしいですか」
「はい!」
何故か直立不動で答えたシウである。
王宮までは地竜が引く馬車で向かった。アドリアナには馬があまりいないらしい。寒さのせいで外で飼えないのだとか。餌の飼い葉を用意するのも難しい。地竜の場合は魔獣の肉で済む。量はともかく、馬よりは飼いやすいとか。
馬車の仕様も頑丈さを求めるためか、無骨だ。スプリングは効いておらず道路の悪さもあってガンガンと尻に響く。冬になれば雪や氷を掻き分け進むのだろう。
窓から外を眺めると、景色はどこも灰色だった。頑丈な石造りが余計に寒々しく見える。岩を刳り貫いて作った建物も多い。
窓にガラスはなく、ほとんどが木製の扉だ。窓枠にヘコみなどの細工がしてあり、冬になれば外側から戸板を嵌めるのだろう。
ラトリシアのように雪が深いわけではないらしいが、それでも北に位置する国だ。降り積もる。風も強いと聞く。一際高い山が奥に見え、そこから風が落ちるように吹いてくると思われた。だからだろう、風に当たらないような配置で家々が作られているようだった。
シウはなんとなく寂しい気持ちになって空を見上げた。昼間でも灰色だ。
アドリアナの国民のほとんどが王都に住む気持ちが分かる気がした。寂しいのだ。
もちろん仕事や生活する上での段取り、危険を考えてのことだろう。けれど、根本的なところは寂しいからではないか。そんな気がした。
この灰色の世界で生きるのなら、大勢で、皆と一緒がいい。
家族と言える仲間が増えた今のシウは、そう思う。
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お知らせです
当シリーズの「魔法使いで引きこもり?」11巻が12月25日に発売します
いよいよクロの誕生で、ここまできたのかと思うと感慨深いものがあります
これも応援してくださる皆様のおかげです!本当にありがとうございます!!
詳細はOKが出次第、お知らせします
どうぞよろしくお願い申し上げます♥
魔法使いで引きこもり?11 ~モフモフと旅する秘境の地~
イラスト : 戸部淑先生
ISBN-13 : 978-4047369054
書き下ろしのタイトルは「なんでもない一日」です
あとたぶんすでに書影が出ている頃かと思うのですが、よろしければカバーイラストぜひご覧ください…クロとブランカ最高すぎる……
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