496 万能ポーションと出発
なんだかんだと騒がしかったが、皆の就寝は早かった。
寝ずの番以外はスッキリとした目覚めだ。夕飯におかしなものを食べたせいではない。
さて、起きてすぐにシウがやるのはストレッチである。
体の凝りを解していると、いつぞやのようにオスカーがやってきた。
「早いですね、シウ殿」
「習慣なんです。これでも以前より遅く起きるようになったんですよ」
「そうなんですか?」
「オスカー殿はお仕事ですか」
「いえ。迷宮に興奮したせいでしょうね、目が冴えてしまってどうにもならず諦めました。歩き回っていれば疲れて眠れるかとも期待したのですが」
「睡眠導入剤を用意しましょうか?」
とは言ったものの、あと二時間ほどで出発する。
後処理を行う一部隊を残し、キリク率いる本隊がアドリアナ国の王都に向かうのだ。そのメンバーの中にはオスカーも入っていた。他にシャイターンからは対魔獣討伐団の隊長を含めた少数が交ざっている。残りの対魔獣討伐団と魔法師団はシャイターンへ戻る予定だ。
オスカーも当然この後の予定を知っているから、シウの申し出を断った。
「止めておきます。移動の間に多少休めるでしょう」
深く寝てしまうのを恐れて薬を断る気持ちは分かる。特に飛竜での移動だ。突発的な問題が起こった時に眠気の残ったまま対応するのは難しい。
「良ければポーションを飲みますか?」
二日酔いにも効いて体力回復にも使える万能ポーションだ。普段なら勧めないが、昨日の今日で一切寝ていないというのが気にかかる。顔色も悪かった。年齢的には三十を超えたところらしいので、まだまだ若く体力もあるだろう。しかし、魔法使いとしては慣れない強行軍のはずだ。それなのに最前線に付いてきた。
その心配が伝わったらしい。オスカーは疑うことなく頷いた。シウが取り出したポーション瓶を見て「綺麗ですね」と感想を漏らし、特に気にする様子もなく飲み干す。
「……おや」
「体に悪いものは入ってませんよ。僕は味見でしか飲まないけど、仲間は二日酔いにいいと好んで飲んでます」
ミントも入って頭がスッキリするポーションだ。アントレーネとククールスのお気に入りでもあった。
するとオスカーは目を見開いた。
「これ、もしかして」
「レスレクティオやミントに、ちょっとした体力回復用の薬草や素材を入れただけです。妊婦さんでも飲めるものなので安心してください」
「それは疑ってないよ。ただ効き目が――」
シウの作るポーション類は魔力の練り合わせが上手いらしく、同じように作られたものより効能が高い。オスカーが驚くのもそのあたりだろう。シウは笑って手で制し、それから「少しでも休んでいてください」と告げた。
アドリアナの王都まで、またも急峻な山々をすり抜けて飛ぶのだ。距離は短いが危険なルートだという。体力温存のためにも体を休ませておいた方がいい。
オスカーも了承し、何か言いたそうだった口を噤んでテントに戻った。
ちなみにシウ特製万能ポーションは、何故かロトスがよく見付けるために溜まり続ける虹石を使って作ったものだ。薬師ギルドにも提出しているが、あまりに多いと「虹石鉱山でもあるのか?」と変に疑いをもたれると注意され、納品頻度を控えている。ちなみに虹石は偶然の産物であり、鉱山など存在しない。だからギルド側も本気で言っているわけではなかった。ただ世の中には「桃源郷を見付けた」などと言う法螺吹きもいる。余計な問題に巻き込まれないため、納品を調整しているというわけだ。
その余った虹石をシウが買い取り、月光花の精油作りで出た精製水や栄養価の高いレスレクティオを合わせてポーションにしている。気力体力が回復して、ミントのおかげで頭もスッキリする。
虹石は他にも使い途が多々あって、組み合わせを考えるのも楽しい。その結果、こうして万能ポーションができてしまう。使う人がいないと空間庫の肥やしになるだけなので、飲んでもらえればシウとしては嬉しいのだった。
慌ただしい朝の支度が終わると、アドリアナ側の案内人を先頭に飛竜の一団が飛び立つ。
オスカリウスの後方支援部隊と一部の飛竜や騎獣隊が見送ってくれる。シャイターンの対魔獣討伐団は自国に戻った。
編成をやり直して飛び立った一団は、急峻な山並みに気を付けながら進んでいく。上空を飛ぶのは危険だからと山の間を縫うように飛ぶしかない。しかし、それはそれで風の向きが予測できず難しい。
飛竜の操者は緊張を強いられているはずだと思ったが、オスカリウスの竜騎士は他とは違った。というよりシウの予想を上回っていた。
「(聞いてくれよ、シウ。サナエルの奴、俺に操者をやれって言うんだぜ。おかしいだろ?)」
通信が届き「シウからも何とか言って」と頼まれたが、その時すでにシウも飛竜の操縦中だった。
「(ごめん、僕も交代してるところなんだ)」
「(マジかよ……)」
「(なんか、疲れたんだって)」
「(俺んとこは『こんな滅多にない訓練場所、逃す手はない』って言い張られてさー。本当は自分がやりたいぐらいだとか言ってんの。絶対に丸め込もうとしてるよな?)」
「(全く同じ台詞をキリクに言われた)」
「(やべぇな、オスカリウス)」
「(だね)」
「(しようがねぇ、諦めるわ。万が一落ちても俺は助かる。レーネにはブランカの近くにいるよう言っておけばいいだろ。クロはプロだしな)」
「(頑張って-)」
と返して通信を終えた。
ククールスとスウェイは今回、ルーナの上にいる。フェレスも一緒だ。人数が減ったのでこちらに来た。イェルドは別の飛竜に乗っており、他にルーナに乗っているのはオスカーとアレンカ、従者の一人だけだ。
ククールスたちに来てもらったのはオスカーが寝不足だと聞いたからでもある。キリクも眠そうだったし、飛竜が落ちないまでも体勢を崩した時に何があるか分からない。そのため、万が一を考えてフェレス以外にもスウェイがいればいいと呼んだ。《落下用安全球材》を付けていても、急峻な山の中に一人落ちるのは危険だ。いわばフェレスたちは、大型船に取り付けられた安全ボートである。
ククールスやシウは飛行板に乗り慣れているから問題ない。
もっと言えば、飛行板がなくても二人とも風属性魔法の扱いに長けている。狩人の技も使えるため落下しても助かる自信があった。
似たような不安を感じたのだろう、編成を変えるよう指示したのはキリクとイェルドだった。彼等は飛竜と騎獣を組み合わせて乗せていた。
途中で休憩を取ったが忙しない。なにしろ飛竜が下りられるような場所がないのだ。交代で川の畔の平地に下りるという慌ただしい休憩となった。
そんな調子で進むぐらいなら、多少危険でもスピードを上げたいと言い出したのは竜騎士たちだ。
意見をまとめたイェルドは、アドリアナの担当者でもある冒険者に話を通して半ば無理矢理行程を早めた。
ルート取りが難しいという冒険者の意見もあったが、それを潰したのはシウだ。
「王都までの地理や高低なら頭に叩き込んだので、よほどの難所や魔獣の生息地がなければ最短ルートは分かります」
それを聞いたキリクが再度、アドリアナ側に確認した。
「難所はあるのか? 避けるべき場所もだ」
「いえ……。ここからだったら、遠回りしなければ大丈夫かと」
「ならば、うちのが先導して進んでもいいな? 到着の際に連絡は必要か?」
「あ、いえ。もう向かっていると連絡は入れているので……」
その割には様子が変で、イェルドが半眼になった。彼はアドリアナ側から寄越された冒険者たちを集めた。
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